29.元悪役と元主人公が出会ってしまった場合
アリシアとマリアナ。
この二人の女性は、ゲームの世界にて悪役と主人公という対極に位置する存在だった。
公爵令嬢と平民。
決して混ざり合うことのない二人であるが、学園という舞台にて混ざり合い、そして拒絶反応を起こす。
物語の中では、どちらかが破滅するまで戦い続ける運命にあったのだが現実は違っていた。
「アリシアもお弁当派だったんですね」
「ラグナがそうだから、一緒に作っちゃった方が良いでしょ?」
「そのミックスサンド美味しそうですね」
「一ついる?」
「いいんですか? いただきます。では代わりに私のおやつであるスコーンを献上しましょう」
図書館の裏手にあるベンチに座り、二人は仲良く弁当を食べている。
何故こうなってしまったのか?
それは今頃広い中庭の中央を陣取って、イケメンパラダイスに興じる偽物パトリシアのせいである。
9割くらいはパトリシアのせいで、残りの1割が俺。
本来であれば、復讐心に取りつかれこの国に厄災を振りまく悪役になるはずだったアリシアを元に戻したのだ。
でもまあ、それは仕方ないよな?
そうしないと俺の生まれ育ったブレイブ領という辺境の領地が、魔物にのまれて消滅するんだから仕方ない。
だが偽物は別だ。
本来、マリアナ・オーシャンというアリシアの作ったサンドイッチを絶賛している人物が主人公ポジションにいるはずだった。
それをどうやったのか、追い出して逆ハーレムを築く始末。
マリアナと王子様に順調に恋路を歩んでもらい、起こるだろう厄災も対処させて、後はブレイブ領で平穏に暮らしていく計画が破綻だよ。
そんなわけで、何の因果か悪役ルートと主人公ルートからあぶれてしまった二人が何故か友達になっているのが今の現状である。
「ラグナさんはどこへ? いつも二人で食べてたんじゃ?」
「食べないわよ? 貴方こそクラスが同じなのに知らないの?」
「さあ? いつも休み時間には姿を消しますので」
「ちゃんと授業受けてるの……?」
「はい、授業中は教室にいて真面目に受けてます」
「はあ、どこで何をしているのよ……?」
俺が何をしてるかって?
図書館の屋根の上からこの光景を微笑ましく眺めている。
守るのは別に傍にいなくても十分なのだ。
学園内で一緒にいた場合、彼女に向けられる悪口が増えるからね。
公爵家にまで捨てられた傷物、と言われるのだ。
婚約者が悪口を言われている状況で黙って見過ごすなんてブレイブ家の名が廃る。
だが正面切って守りに行くとアリシアに止められる可能性があったので単独行動で動いているのだった。
元悪役と元主人公。
何の因果だろうな?
彼女たちの出会いは、運命が何とか歪んでしまった物を戻そうと必死になっているように思えなくもない。
二人が一緒になってしまって、何も起こるはずもなく。
彼女たちの周りを取り巻く動きは、より一層怪しさを増していた。
「ふん、雲隠れの上手な傷物ね。臭い平民とつるんでまで学園に残るだなんてしぶとい女。あの平民と一緒に退学になってくれないかしら?」
「私もそう思いますエカテリーナ様!」
「でしょう? ここは貴族のための学園。あの忌々しいパトリシアとかいう小娘も私自ら追い出して差し上げましてよ? ほーっほっほ!」
「さすがですエカテリーナ様!」
本日もやってきました、嫌がらせ貴族のメンバー。
アリシアが大人しく一人で過ごしていた時は、何もアクションが無かったのだが、マリアナと絡むようになってからすぐにこうして嫌がらせを行うために周囲を嗅ぎまわるのだ。
「しょうもないなあ」
何が気に入らないのか、そっとしておくことを考えないものか。
俺とマリアナのいるクラスは、そんな気を起こすことはない。
マリアナの位置づけがすっかり奇妙な小動物みたいな感じだからだ。
分をわきまえ過ぎた結果、そんなに過剰にならなくても……みたいな心理が働いている。
「あの傷物に幸せなんて訪れるはずないのよ! 行くわよ」
数人の取り巻きを引き連れて、アリシアの元へ向かい始めたエカテリーナとやらの足元に小さな障壁を展開する。
「へぶっ!?」
「エカテリーナ様!? 大丈夫ですか!?」
「いたた……何かに躓いてしまいまし……ひゃっ、冷たい!?」
裏庭にある花壇に水をやるための水道の一つに障壁をぶつけて壊すと、ちょうどエカテリーナが転んだ辺りに水が飛び散った。
「エ、エカテリーナ様……大丈夫ですか……?」
「見てわからないの!? 大丈夫なわけないでしょう!!」
「痛っ」
「ふん! もう興ざめですわ!」
ずぶぬれになったエカテリーナは、心配そうに近寄る取り巻きの一人の頬を叩くと憤慨しながら元来た道を戻って行った。
「新たな悪役にしては小物過ぎる……」
エカテリーナはもともとアリシアの取り巻きだった女である。
取り巻きモブから悪役に昇進か。
こんな感じで、もともと物語に存在していなかった俺は、その立場を利用して裏から火の粉を払う役目をまっとうしている。
正面切って抵抗するよりずっと楽な作業だった。
「関心せんな」
エカテリーナたちの後姿を見送っていると、背後から声がした。
「ですよね? 嫌がらせは良くないと思います」
「設備を壊すお主の行為もだ」
ヴォルゼアだった。
図書館の屋根はかなり高いのだが、良く登ってこれたもんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます