30.シリアスクソジジイ

 図書館の屋根の上に、俺とヴォルゼア。


 互いに裏から舞台の登場人物に手を差し伸べる者って感じか。


「学園長様は、設備と生徒の安寧を天秤にかけているんですか?」


「修理費用はブレイブ家に請求する」


「それはオールドウッド公爵家にお願いします」


「アリシアの預かりはブレイブではないのか?」


「はい、以後気を付けます」


 それを言われてしまったら元も子もない。


 設備を故意に破壊するのはやめておこう。


「でもその場にいたら確実に拗れますよ?」


「で、あろうな」


 で、あろうな、じゃないんだが?


 拗れるとわかっていて、最前線に立つつもりはない。


「仮に目の前にいたとして、俺に何ができますか?」


 ここは俺の戦場ではないのだ。


 アリシアの戦場であり、俺は舞台袖で充分である。


 そんな舞台に、返り血に染まった身体で出てどうするんだ。


「だったら裏方で良いです」


 もともといない存在だったのだから、それでいい。


 最初から分けておかないと。


 混ざってしまえば取り返しがつかないのだ。


「お主は学園の生徒だ。青春を謳歌する権利がある」


「はあ」


 今でも十分、青春してるけどな。


「最初から諦めて入学したのか?」


「……」


 見透かすようなヴォルゼアの言葉に、思わず殺気が出た。


 諦めて入学をしたのか、だと?


 そんなわけがない。


 俺はこの2度目のクソみたいな人生を諦めたわけじゃない。


 長い尺の中で、たった3年だ。


 たった3年を平穏に過ごすことができればそれでいいのだ。


「お主の守りたい存在は今、それほど弱くもなかろう」


「見透かすように言うのやめてもらえます?」


「見透かしとるわけではない。だが、せき止めてどうする」


 もうシリアスだった。


 目の前の爺からシリアス成分が駄々洩れで、茶化しなんか一切無効。


 セバス成分を注入してあげたいくらいである。


「お主がせき止めた流れがやがて決壊してしまえば、その濁流にのみ込まれるのは守ろうとした存在であろう」


「言いたいことがあるならはっきりどうぞ、それがブレイブです」


 決壊する前に、水を枯らしてしまえばそれでいい。


 もう壊れそうなダムから逃げる選択肢だって存在する。


 柔軟な選択が大事なのだ、こういう時は。


「王都に来て、ブレイブの誇りを忘れたか――」


「――迂闊に俺を焚きつけない方が良い」


 ヴォルゼアの顔の前で拳を止める。


 ドンッ、と彼の後ろに衝撃が駆け抜けていった。


 瞬き一つせずにジッと俺を見据えるヴォルゼアに言っておく。


「これが望んでいる状況だからそうしているだけで、もしアリシアに危害が及ぶようなことがあれば容赦なんてない。あんたの箱庭の中でも関係ない」


「お主がそれを望むならば、やってみせろ」


「さっきから何なんだ、本当に。言いたいことがあるならばはっきり言ってくださいよ。ないなら聞きたいことがあるので教えてください」


「ほう、聞きたいこととは?」


 呑気に髭を撫でる姿、少しだけシリアス成分が抜けていた。


 意味深お爺さんキャラやめてください。


 困惑してしまいます。


「賢者の子弟【パトリシア・キンドレッド】に関して、彼女の両親、過去、交友関係、得意な魔術、全てです」


 学園内での彼女の動向を監視して、得られた情報は名前くらいだった。


 クラスは俺とは違うモブクラス。


 教室では、基本的に大人しく過ごしていて、周りの貴族たちからの嫌味などは完全に無視して聞こえていないようだった。


 授業が終われば、エドワードと一緒にいるか、それ以外の攻略対象キャラたちと過ごしているかのいずれかである。


 エドワードを多少優先してはいるが、時間を見つけては律儀に他のイケメンたちとも友好を深めている主人公っぷり。


 町へ繰り出すイベントも網羅しているので、ほぼ確実に俺と同じ転生者であり、彼女が目指しているのは逆ハーレムエンドである。


 だが、それ以外は本当に謎の存在だった。


 キンドレッド家なんて俺の記憶の中には存在せず、人口百万を超える王都で彼女の実家を見つけ出すのは至難の業である。


 彼女はマリアナと違って入寮してるから仕方がない。


 だからこそ、学園長ヴォルゼアならば生徒の個人情報くらいは知りえているだろうと試しに尋ねてみたのだ。


 隠すならば、場合によっては敵となる。


「多過ぎるな、聞きたいことは一つにまとめた方が良い」


「……何が望みですか?」


 ええい、回りくどいなあ。


「ふむ、マリアナ・オーシャンもお主の守る対象とするならば、一つだけ応えてやろう。カスケードの誇りにかけて嘘偽りはない」


 なんだそんなことか。


 マリアナは、アリシアにとって重要な友達である。


 そして今後のシナリオにも関わってくるキーマンだ。


 守るに決まっている。


「良いですけど、何でも答えてくれるんですか?」


 例えばアリシアのスリーサイズとかも?


 それを知っているならば、普通に敵認定するぞ。


「早くしろ」


 せっかちなジジイだ。


 素直に従って、パトリシア・キンドレッドのことについて尋ねるのが馬鹿らしくなってくるな。


 何でも知ってるお助けキャラ感満載だが、本当に何者なんだ?


 正直に言えば、パトリシアのことは情報として知っておきたかっただけで、彼女自体にさして興味はない。


 先日のマリアナの話から察するに、どうせイグナイト家の支援の元にこうしてこの学園に来たのだろう。


 ゲームでのイベントと思われる状況下で、マリアナが学園にいない状況が故意に作り出されていたことからそれは明らかだ。


 いつも使っている乗合馬車をたまたまイベント時期に間違うなんて、ポンコツ属性があったとしても奇跡過ぎるし、馬車のすり替えなんて平民には無理である。


 ブレイブ領に来た連中がイグナイト公爵家の手の者だったことを踏まえて、十中八九、彼女はイグナイト家の支援を受けている。


 娘のいないイグナイト家だ。


 エドワードを落とせますよ、支援してと言えば利害の一致で支援しそうなもんだし、実際に支援されている。


 ただ、一つだけ疑問点。


 どうやって平民が貴族に渡りをつけたのかがわからなかった。


 主人公とエドワードの出会いは子供の頃に遡るから、その頃からあーだこーだ工作をしたとしても、子供の戯言として扱われるだろう。


 万が一にも鵜呑みにしたとして、裏で色々と良くないことをしつつも今まで続いてきたイグナイト家は狡猾で、逆ハーレムを形成させるほどに自由を与えるものか?


 何かあった時に立場が悪くなるのはイグナイトだ。


 目的は、そこじゃない……と想像してはいるが、それが何かは未だにわからなかった。


「無いのか?」


「あーはいはい」


 せっかちだな。


 急かされたので聞いておくか。


「イグナイト家の本当の目的はなんですか?」


「そんなもん知らん」


「おい」


 何でも知ってそうな雰囲気を出しておいて、なんだこのジジイ。


 思わず図書館の屋根から滑り落ちそうになった。


「お主が聞きたかったのは、パトリシア・キンドレッドのことではないのか? 何を勘ぐっとるのか知らんが、彼女は試験を経て認めらたが故に裏工作をして入学したわけではない」


「はあ」


 本当に誰の味方なんだ?


「質問は以上か?」


「答えになってないので、まだ問いかけはしてない扱いです」


「ならば早くしろ。昼休みも直に終わる。授業をさぼることは許さん。時折さぼっとるようだが、学生の本分を忘れるな」


「はいはい」


 普通に教師として色々言ってるだけなのだろうか、このジジイ。


 当たり前だが、知ってることしか言えないらしいので、知ってそうなことで気になっていることを聞くことにした。


「じゃ、何故マリアナを支援して入学させたんですか?」


 そしてその上で守れと何故俺に約束させた。


 運命がどうこう言うのならば、ここが物語の渦中ならば、舞台からつま弾きにされた彼女を、何故わざわざ舞台の上に連れ戻したのか。


 俺の質問に、ヴォルゼアは一瞬だが眉間にしわを寄せた。


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