28.優しいけど、えげつないのが回復魔術
「ねえ、賢者の子弟と言われるくらいだし、魔術がすごいの?」
アリシアの物凄くアバウトな質問。
俺の時もそうだが魔術関連のことを尋ねる時、結構目を輝かせて質問しているように思える。
魔術大国と呼ばれる国の公爵家ともなればそんなもんか。
「それなりに、です。得意なのは回復魔術ですかね」
「回復魔術が得意なケースって相当レアよね?」
「っすね」
弾む二人の話を隣で黙って聞いている俺。
セバスみたいになっていた。
乙女の話にイエスマンでいることは、モテ要素じゃないか。
古今東西、そうじゃないか。
真面目な話に戻る。
回復魔術は、実のところ誰でも使える魔術の一つ。
人間に元から備わった機能である治癒力がそうだ。
魔力量に多少の差異はあれど、魔力は人の身体に必ず備わっているものであり、それを前提とした体の作りとなっている。
魔術なんて使えないと思っていた冒険者が、魔物と戦って鍛えられていくうちにすごく丈夫な体を形成していった例もあった。
だが、それはあくまで初歩的な回復魔術の話である。
治癒力由来の回復魔術は、あくまで自分自身にしか作用しない。
得意と言える基準。
賢者の子弟として学園に入学できる基準。
それは他人を治療することができるかどうか。
この世界においてかなり珍しいものだった。
聖女とまで言われるようになったマリアナは、あらゆる病魔を打ち消して四肢欠損すら元に戻すことができるので、その状態になればもはや戦闘パートは王子様たちのゾンビアタックが可能となる。
大きな弊害エンドを迎えるが、それくらいやべぇ存在だ。
「当時の私は、病気の親を助けることができなくて、もしまた大切な存在ができた時は救えるようになりなさいって両親に言われて、それで学園への入学を決めたんです」
「マリアナ、あなたってば……うっ」
「アリシア!? そんな、泣かないでください!」
「うう、いい話だあ……」
感極まるアリシアに合わせて、俺もノリで泣いておいた。
「そういえばラグナ、貴方も他人を治療できるわよね?」
「うん、でも特殊だから参考にならないよ」
「そ? まあラグナだしそっか」
アリシアに探られそうになったので、さらっと受け流してもらう。
回復魔術は優しい力だと思いきや、そうではない。
特殊な事例というか、逆に一般事例というか。
他人を治療する域に至る一つの方法として、人体構造を熟知して各個人の魔力の流れを視覚的に見て理解するというものがある。
部位欠損を治したり、傷を跡形もなく治したりはできないが、内臓に関わる重大なダメージを治したり、すごく綺麗な断面であれば腐る前ならくっ付けられるようになる。
どうやって訓練するのか?
解剖だ。
生きてる状態だとなお良しという、修羅の道である。
無論学園でそんなことできるはずもない。
レアケースでの回復魔術が得意なタイプは、色んな魔術を勉強し魔力を鍛えていくことで無条件で色んなもの回復できるようになる。
故に聖女!
聖女専用の魔力を増幅してくれるアイテムもあって、そこまで来ればもうマリアナは無敵の存在にも近い。
ああ、偽物よ。
お前もそういう特殊事例だったらいいのだけど?
果たしてどうなんだろうな?
「それにしても他にお客さんが来ないわね?」
だらだらと話をしていても未だにお客さんは俺とアリシアのみ。
その状況を不思議そうにするアリシアだが、それは俺のせい。
「あ、ごめん。最初にわちゃわちゃしてたからクローズにしてた」
「ラグナ……」
首輪ッ!
でもそんな状況で接客ができるはずもなく、一旦店を閉めておくだろ。
だからこそこうして深い話ができたんだ、これは俺の英断である。
「すぐに開けないと営業妨害よ! 開けなさい!」
「わんわん!」
「え、わんわん……? いやもう開けなくて大丈夫です。学校がある日は開けてませんし、最近は学業に集中したいので土日も。今日はもしかしたらアリシアが来てくれるかなと思って開けていたので」
両親を失った身で、学業と店の平行なんて無理な話だ。
貴族じゃないので使用人に任せることもできないだろう。
バイトを雇えば、と思ったのだが、それをしていない以上何か理由があろうのだろうな?
学園に通えるほどの支援を誰かに貰っているとか?
真面目で優しい彼女のことだ、それは学園に通う費用なのでお店の経営に使うつもりはないのだろう。
「だったら学園に通う生活費はどうしてるの?」
ナチュラルにアリシアが聞いていた。
「学費も学園内の費用も免除でしょう? だったら入寮した方が早かったんじゃないかしら?」
「この家が良いんだよアリシア。通えない距離じゃないし、学園にはコーヒーがないから俺だって入寮を選ばないよ」
「確かにそうね。ごめんなさいブレイブ家だとわからないことはすぐに聞いてと言われていたから、はっきり聞く癖がついちゃってるの」
「あはは、わかりやすいのは好きですよ。ラグナさんの言う通り、平民の身なので入寮は辞退させてもらってこの家から通っています」
そしてマリアナは笑いながら告げた。
「生活費は、学園長様が優秀な成績を残すことを条件にと入寮費の分を回してくださったので、なんとか切り詰めてやっていますね」
なら安心か。
イグナイト家が生活の支援をしてくれている、なんて言われたらどうしようかと思ったのだが杞憂だった。
学園内において、ヴォルゼアは人格者である。
主人公と王子様の恋路を陰ながら助ける役割を背負っていたのだが、その辺の正規ルートはしっかり機能しているらしい。
「そろそろ時間ね……すごく名残惜しいけど、今日はこの辺にしておきましょ」
時計を見ながらアリシアは立ち上がる。
それなりに長い時間、マリアナの店に居座っていた。
この後色々な買い出しが控えているので、そろそろ店を出なければいけない時間である。
「コーヒーも美味しかったし、また来てもいい?」
「アリシアならいつ来てもウェルカムです!」
「ラグナ、了承を得たわよ! 土日は通いましょうここに!」
「そ、そうだね」
あまり迷惑にならない範疇でなら良いんじゃないだろうか?
俺も上手いコーヒーに舌鼓を打ちつつ、マリアナの動向やその周りに目を光らせることができるので一石二鳥である。
「アリシアも学園で何かあればいつでも言ってください! 頼りないかもしれないけど、友達は助けなさいと言われて育ちましたから!」
「ふふっ、その言葉だけでも十分よ、ありがとう」
「はわっ、笑顔が眩し過ぎてつらい!」
「わかるよその気持ち」
すごくわかる。
「ラグナさん、私にアリシアをください」
「断固拒否」
天と地がひっくり返っても、厄災で世界が滅んでも、それだけは絶対に無理だし例え王子様にだって渡さない。
敵対するぞ。
「いきなり何を言い出してるのよ……」
そうして俺たちはマリアナの店を後にした。
この平穏が3年間続けばいいな、と心の底から思った。
しかし、ヴォルゼアの言っていたように。
複雑に絡み合った運命は平穏を望まない。
一度狂えば、元に戻ろうとする力が働く。
どこかで帳尻を合わせようとする。
歪な波の力は強い。
力を持たない者は飲み込まれる。
だから得たんじゃないか、俺は――
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