27.妖怪コーヒー舌鼓

「元々方向音痴ではあったんですが、乗合馬車を間違えるなんて思いもしませんでした。いつも同じ乗合馬車を使っているのに、度々間違えてしまうんですよねぇ……?」


 首を傾げるマリアナだが、何者かの策略にしか思えない。


 そう、パトリシアだ。


 重要なイベントごとに参加させないために、彼女がそう仕向けているようにしか思えなかった。


「意外と抜けてるのね? 賢者の子弟だから、すごい天才なんじゃないかと思っていたのだけど」


「魔術は得意です! が、両親からは魔術に全振りして、それ以外はポンコツだから周りに助けを求めなさいと良く言われてましたね……」


 主人公は、話の都合上少しポンコツに作られているもんだ。


 変なところで感が良いくせに、何故か重要なセリフを聞き逃したり、方向音痴が極まって逆にとんでもない場面に遭遇してしまったりする。


 本来であれば主人公であるマリアナもそうした主人公属性の様なものをしっかり持っていた。


 何でがり勉チックな見た目になって、喫茶店を開いているのかわわからないがな?


 貴族に異常にへりくだるのも謎である。


「そういえばご両親は?」


 何となく気になっていたので、俺もそろそろ二人の会話に混ざる。


「私の両親は……その、1年前に病気で……」


「ラグナ、彼女が取り乱した時に言ってたじゃないの……」


 目を伏せるマリアナとジト目で首輪を構えるアリシアだった。


 えっ、アリシアっていつもその首輪を持ってるわけ?


 少し戦慄してしまった。


「配慮不足だった、すいません」


「いや、いいんです。今の私があるのは、両親のおかげなので」


 素直に謝るとマリアナは立ち上がってカウンターの方へ向かう。


 そこでお菓子をお皿に準備しながら彼女は言葉を続けた。


「お二方ともコーヒーのお替わりはいかがですか? 元々私がご招待したのに、ラグナさんに作らせてしまってすいません」


「いただいてもいい? お代はちゃんと払うから」


「あ、貰います。お願いします」


 そうして出てきたマリアナが淹れたコーヒーと手作りのケーキ。


「わっ! 美味しい!」


「俺のと何が違うんだ……?」


 同じ豆を使ってるはずなのに、軽く衝撃を受けた。


 なんだ、このまろみ。


 俺の淹れたコーヒーは、よくセバスにエグいと言われていた。


 坊っちゃんの人生を表す暗示ですかな、と。


 たくさん練習してミルクや砂糖を入れれば緩和されるようになったが、それでもブラックはエグいそうだ。


 そりゃアリシアも初めて飲んだ時に咳き込むか。


 対するマリアナのはまるで聖母の様に包み込むまろみがあった。


 何を言ってるのかわからないと思うが、そう表現するしかない。


「ラグナが淹れてくれたのと大違いね! マリアナすごい!」


「えっ」


 俺と比べる必要ある?


 マリアナは専門店を営業するプロだぞ、なんで比べるの?


 本当に、ブレイブ家の人に似たよなアリシアは。


「ラグナさんのコーヒーはまだまだです! エグいです!」


「えっ」


 まだまだって、コーヒーの道のプロは目指してないけど?


 あとエグいって、セバスみたいなことを言うなよな。


「コーヒーの神髄を知りましょう、ラグナ。これは由々しき事態よ」


「まあそうだなあ」


 アリシアにそう提案されたので乗っておく。


 シナリオ的に、マリアナは必要になってくる存在なのだから是が非にでも仲良くなって起きたかったのだ。


 俺は嫌われる貴族だし、マリアナは貴族アレルギー。


 マイナススタートかつハードルが高い状況で、それをすっ飛ばしてくれたアリシアには感謝である。


「じゃあ師匠と呼ばせていただきますね、師匠」


「えっ、いやそんな、これはノリで言ったのでそんなに真剣に……」


「あ、ラグナもノリみたいなものだから真剣に受け止めなくいいのよ」


「ええっ!? そうなんですか!?」


「ハハハ」


 笑って返しておく。


 師匠という言質を貰ったからな、ノリでも師匠と言い張るぞ。


 コーヒーを学ぶ絶好の機会かもしれないし?


 そうすれば彼女と絡む機会も増えて、その後の対処がし易くなる。


「それにしても不思議です、二人が怖くないなんて」


 マリアナはコーヒーを飲みながら語る。


「朧げな記憶なんですけど……昔、近所の子に言われたんです。貴族はそれはもう怖い存在で逆らうと殺されてしまうって。本当に漠然とした記憶なんですが、ずっとそう思ってました」


 あながち間違いじゃないけどな……。


 実際にその手の者がブレイブ領に来たからね。


 マリアナは続ける。


「実際に小さい頃、不注意で貴族の乗った馬車の前に飛び出してしまい撥ねられたことがあったのですが、その子の言った通り助けてはもらえませんでした。馬車を止めることもなかったです」


 アリシアは黙って聞いていた。


 その表情から察するに、恐らく過去の自分も無視するだろうと考えさせられているのだろう。


 まあ、そんなもんだ。


 こんな歪な世界なのに、そういった悲しい事故は良くある。


 ブレイブ領でも自分の手だしできない領分に踏み入って返り討ちに会った奴は、踏み入った奴が悪い扱いになるのだ。


「あ、でも二人は貴族だとしても怖くないです! コーヒーが好きな人は良い人なので、私よりも過酷な状況なのに尊敬してます!」


 コーヒーをよく飲むブレイブ領の冒険者は別に善良じゃないのだが、いったい誰が彼女にそんなことを教えたのだろうね?


 気になるところだった。


「不注意だとしても酷い話よ。私が代表して謝る、ごめんなさい」


「アリシア、謝らないでください! その時の怪我で視力を悪くしてしまったんですけど、おかげでコーヒーと出会えました」


 怪我の影響ですっかり視力が弱くなってしまい、それで彼女は分厚い瓶底メガネをかけているそうだ。


 コーヒーは、目が良くなるという噂を両親がどこかで聞きつけて来て、それから良く飲むようになったらしい。


「いつの間にかお店を出してしまうほど、一家でコーヒー狂いになってしまうとは思いもしませんでしたが……うへへ、このまろみ、このまろみ、うへへへへ」


 こ、怖い。


 瓶底メガネを怪しく輝かせてコーヒーを味わうマリアナの姿は、もう主人公ではなく妖怪コーヒー舌鼓って感じだった。


「ラグナが良くまろいまろい言って、実際何がまろいのかわからなかったのだけど、マリアナのを飲んだら差がよくわかるわね? これがまろみってやつかしら?」


 アリシアは、そんなマリアナの様子を見て普通に過ごしている。


 ブレイブ領で色んなことを受け止めれるように、結構過剰にブレイブの常識を教えてはいたのだが、ちょっと教育が行き過ぎた気がした。


 受け入れ過ぎだぞ?


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