26.平民の友達ができました

 ゲーム内で主人公が喫茶店を開いているなんて聞いたことがないし、記憶にも一切存在しない。


 そんな設定があるならイベントにあるはずだ。


 斬新で美味しい設定じゃないか。


 イケメンどものたまり場になって、何故か大人気喫茶店になっててもおかしくはない。


 そしてコーヒーが貴族の間でも浸透し……てちゃダメだな、安くコーヒーが買えなくなるのでそれだけはNGだ。


「冷やかしですか? って、アリシアじゃないですか」


「来たわよ、マリアナ」


 店の前で固まっていると、ドアを開けてマリアナが顔を出した。


 姓が同じなだけで、さすがに元主人公がやってる店じゃないよな、なんて思っていたら普通にマリアナ・オーシャンが出てきた。


 二人は呼び捨てで名前を呼び合っている。


 堂々としたマリアナの姿は、教室にいた時とは大きく違っていた。


 貴族を前に、行き過ぎるくらいにへりくだっていたマリアナとは天と地ほどの差に少しだけ違和感があった。


「そちらの方が、例のコーヒーが大好きな方ですか?」


「そう、ラグナよ」


 どうやら俺の紹介は先に済んでいたようで、普通に話が進む。


「ラグナです、どうも」


「どうも……って、んー? え、同じクラスの方ですよね?」


 メガネのフレームを指でつまみ、クイクイと動かしながら目を細めて俺の顔をマジマジと見つめるマリアナ。


「そうだったの? 意外な繋がりね」


「うん、話したことはないけど」


 アリシアの言葉に頷くと、目の前にいるマリアナは急に顔を真っ青にしておどおどし始めた。


「し、ししし失礼しました! まさか貴族の方と来られるなんて!」


「え?」


 いきなりの言葉に、アリシアは目を丸くする。


「こ、こここ、ここにはお口にお会いする物があるかどうか……」


 取り乱す姿を見て、アリシアは俺を睨んでいた。


「ラグナ、何したの」


「えっ」


 何もしてないのだが?


 したことと言えば、ジーっと観察したくらいだ。


 バレないように。


「何故アリシアが貴族の方と一緒に……」


「え、貴族だからよ……? 彼は私の婚約者だし」


 と、アリシアがそう答えた瞬間。


「き、貴族!? ひえええ!! すいませんすいません!!」


 マリアナは土下座していた。


 床に頭をぐりぐりと擦りつけて、綺麗な土下座である。


「ええっ!?」


「すいませんすいません貴族の方とは知らずに!」


「ちょ、ちょっと! やめて! 恥ずかしいから!」


「あうあうあうあう、すいませんすいません!」


「ねえ! ちょっと! 顔を上げてよお願いだから!」


「完全に同じ立場だと勘違いしてましたすいませんすいません」


「ラグナ何とかして!」


「無理だよ」


 何が原因なのか知らないが、彼女は、マリアナ・オーシャンは貴族に対してとことんへりくだる人間なのである。


 落ち着くまで待つしかない。


 なんだか教室と様子が違うなと思っていたのだが、単純にアリシアのことを貴族だと認識していなかったのか。


「ふ、不敬罪ですか? 罪ですか? 処されますか? あああ、お父さんお母さん、私も今すぐそっちへ逝きます」


「処さないから! そんなことするわけないから! ちょっと、白目を剥いてないで帰ってきなさい! ねえってば!」


「ぶくぶくぶくぶく」


「ラグナー! 泡吹いてる! ど、どうすれば!?」


 ハハ、カオス。


「マリアナ死なない!? 大丈夫これ!?」


「それくらいじゃ死にはしないから大丈夫だよ」




 それから、マリアナは目覚めては気絶を繰り返した。


 貴族が苦手というか、貴族アレルギーと言っても差し支えないレベルである。


 明らかに異常だ。


 ゲームの世界でこんなことはまずありえないし、何故こうも残念になってしまったんだ、元主人公よ。




「取り乱してしまって申し訳ありません」


 ようやく事態は落ち着いて、マリアナは俺の淹れたコーヒーを片手に恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「こちらこそごめんなさい、まさかこうなるなんて思わなくて」


「アリシアは悪くないです、勝手に私が勘違いしただけなので」


 聞けば、予想していた通りのことだった。


「今年は賢者の子弟が二人いると聞いていましたので、図書館でコーヒーを片手に一人で勉強するアリシアを見て、私と同じだと完全に勘違いしていました」


 アリシアがブレイブ領に来て初めてコーヒーを飲んだように、この世界では貴族はコーヒーを飲まない。


 貴族が楽しむべきものは紅茶であり、コーヒーは平民の飲み物なのだ。


 そうした側面から、マリアナは同じ賢者の子弟だろうと勘違いをして声をかけたのである。


 また、図書館で一人勉強していたことも勘違いに拍車をかけていた。


 当然ながら学園の貴族は、図書館の片隅で一人コーヒーを飲みながら勉強なんてしない。


 たいていが誰かとつるんでいる。


 特別クラスともなれば、使用人や取り巻きも含めて常に大所帯であり、お菓子や紅茶が並んでいるもんだ。


「私は学園で悪目立ちしてるから、いつも一人で行動しているの……てっきり事情を知ってるものだとばかり思っていたのよね……ごめんなさい、何も言わなくて」


「気にしないでください。アリシアのことを聞く前にベラベラとコーヒーについて語ってしまったのは私なんですから……初めて友達ができるんじゃないかなって浮かれてました……」


「私も今はラグナしかいないから……他の生徒に話しかけられて、彼の好きなコーヒーについてたくさん話してもらえて……浮かれてた……」


 この二人は、こうしてずーっと互いに謝り合っている。


 勘違いさせてしまってごめんなさいと、勘違いしてしまってごめんなさいのエンドレスリピートには、苦笑いするしかなかった。


 もう相性バッチリだな?


 なんだか嫉妬してしまうよ。


 今の俺は空気である。


「マリアナ、誤解は解けたってことで良いのよね?」


「はい。コーヒーが好きな人に悪い人はいないと教えられて育ったので、もう取り乱したりはしません」


 恐る恐るアリシアが尋ねると、マリアナは笑顔を作る。


「でも私と同じ賢者の子弟が、まさかそんな事件を起こしてしまうなんて……例え賢者の子弟であっても、許されているのは学園に通うことのみだというのに……」


 アリシアから婚約破棄騒動のことを聞いたマリアナは、笑顔から一転して悲痛な表情になる。


 何故あんな大騒動を知らなかったのか、それは彼女が学園に通うために使っていた乗り合い馬車が、何故か王都の外に向かって出発してしまったかららしい。


「元々方向音痴ではあったんですが、乗合馬車を間違えるなんて思いもしませんでした。いつも同じ乗合馬車を使っているのに、度々間違えてしまうんですよねぇ……?」


 首を傾げるマリアナだが、何者かの策略にしか思えない。


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