25.城下町で若者のデートといえば喫茶店

「城下町に行きましょう、私が貴方を案内するわ」


 偽物の動向を監視しつつ慎ましやかな学園生活を送り始めてから初めての休日である。


 リビングでコーヒーを飲みながら課題をこなす俺の前に仁王立ちしたアリシアが突然そんなことを言い出したのだった。


「ついでに、ガーデニングと家庭菜園用の種を買うのよ」


「つまり、それはデートですか?」


「そうよ」


 仁王立ちで頷く姿は勇ましく、ブレイブ領に始めて訪れた当時の儚さはもうない。


 それに俺とのデートがついでではなく、アリシアの用事がついでであるとはっきり言ってもらえてすごく嬉しかった。


 無理してるのか耳が赤いところが可愛いポイントであり、勇ましさと可愛さを兼ね備えた最強の存在である。






 さっそく午前中から城下町へとやって来た。


「やっぱり人通りすごいなぁ」


「来月には夏季休暇なんだし、今の内に楽しんでおきましょ」


「そうだね」


 そんな会話を挟みながら休日で賑わう大通りを二人で歩く。


 学園に来た時はすでに3か月ほど経過したころだった。


 もう初夏だ。


 8月には夏季休暇が始まり、俺たちはブレイブ領に戻ることを決めているので、実は王都で過ごす時間は少ないのである。


 乙女ゲームの世界は、中世ヨーロッパ風ファンタジーの異世界だが、王都では古の賢者によって定められた暦に従って人々は動いていた。


 1月から12月までで1年、一週間は月曜から日曜日までの七日間で、ちゃんとカレンダーが存在するぞ。


 お判りかと思うが、古の賢者はゲームの製作陣だ。


 曜日によって街で起こるイベントに変化が生まれて、フラグの進みが大きく変わる仕組みを売りにしていたので、例え世界観をぶち壊してでも取り入れたのだろう。


 お忍びでも何でもなく身分の高い貴族連中が都合よく堂々と街にいるのは笑える話だが、主人公の実家が城下町なのでみんな偶然の出会いを装うために足繁く町に通うのだ。


 ふらつく姿を想像するとクソうける。


 ちなみに13日の金曜日に街に向かうと、ジェイソンの仮面を着けた謎の人物と遭遇しかなり危ない目に合って、それを乗り越えるとラブメーターが一気に進んで特殊イラストが貰えるぞ。


「ラグナ、貴方が食べたそうにしてた屋台の位置も調べてあるから、それは帰りに寄りましょ?」


「いいの?」


「今日は私が貴方を案内する番だから、任せて。ブレイブ領と比べて人混みにうんざりすると思うけど」


「そんなことないよ。夜襲された時なんてもう周りにいる連中が味方だか敵兵だか死体だか、わからないくらい混雑してたから」


 それに比べたら日中の人混みなんて、大したことない。


 人で溢れているとみんな無関心だし、害意とか敵意にも気が付き易く学園にいる時よりも守りやすかった。


「あ、うん、そうよね」


 軽く流された、だと!?


 アリシアは、ブレイブジョークに耐性を持ち始めていた。


 衝撃を受けているとアリシアは俺にジト目を向ける。


「私以外に言わないようにしなさいよ」


 俺の唯一のユーモアなのに、なんてこった。


 でも私以外に言うなって言葉がよくわからないけど心地よかった。


 わんわん。


「ここを真っ直ぐ行って路地に入ると美味しいコーヒーを出してるお店があるらしいから、昼食をそこで食べて色々と見て回りましょ?」


「ほう」


 それは興味深い。


 学園にコーヒーは置いてなかったので、持ち込んだ分が尽きてしまったらどうしようか悩んでいたのだ。


 城下町まで探しに行けばあるだろうとは思っていたのだが、まさかアリシアが探していてくれたなんて感無量。


「アリシア、いったいどこでそんな情報を?」


「友達が教えてくれたのよ」


 な、なんだと……!?


 俺とアリシアの置かれる状況は、うら若き学生に取って深刻な問題だった。


 でもまあボッチでも別に関係ないよね、普通に授業を受けてテストをこなして卒業するだけなんだから、と周りの視線なんて気にしない方向で過ごしていたのだが、まさか友達を作っているとは。


 さすがは才女である。


 俺は未だにボッチだというのに、やはり格が違うか?


 マリアナと友達というか、知り合いくらいにはなっておかなきゃいけないのに、声のかけ方すらわからなかった。


 嫉妬なんかしていないぞ?


 むしろ誇らしい。


 あとで相手にどんな裏があるのかチェックをさせてもらうけどね。


「お昼に図書館で持ち込んだコーヒーを飲んで一人で勉強してたら声をかけられて、その子も学園にコーヒーがないことを憂いてて、そこから仲良くなって教えてもらったの」


「へー」


 物好きがいたもんだ、色んな意味で。


 コーヒーが好きなんですか、と尋ねられたアリシアは、意外と美味しいのよねと言葉を返すと、あれよあれよと言う間に友達になり、城下町にあるおすすめのお店を紹介されたらしい。


「コーヒー問題は重要だから渡りに船よね」


「もう俺はコーヒーがないと始まらないよ」


 立派なカフェイン中毒者である。


「ちなみに女の子よ? だから心配ないからね?」


「心配してないよ。むしろ逆に心配ないからね?」


 そんなことを二人で言い合って、それで思わず二人で吹き出す。


 平和だ。


「ここね」


 大通りから細い脇道へと入り、アリシアは一つの建物を指差した。


 3階建ての家屋。


 1階を喫茶店にしており、2階より上は居住スペースのようだった。


 看板を読む。


「ええと……コーヒー専門店・オーシャン……?」


 あっ。


 えっ?


「へー、余り気にしてなかったけど、コーヒーって結構種類があるのね? どうしたのラグナ? 突っ立ってないで早く入りましょ?」


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