24.偽物【パトリシア】と懸念点

 乙女ゲーには、全てのフラグを立ててイベントを進めると、全員と仲睦まじい最期を迎えるハーレムエンドが存在する。


 果たしてリアルでそんなことはあり得るのだろうか?


 否、あり得ない。


 貴族は正妻以外に妾を取ることも珍しくはないのだが、それは恋愛結婚ではなく地位による結婚によってもたらされた弊害のようなもの。


 平民の若い女が、自分よりも格上である王家や公爵家や侯爵家の血筋で逆ハーレムを作り出すなんてありえない。


 教室でのマリアナの腰の低さというか、対応を見ただろう?


 多少過剰かもしれないが、あんな感じで普通だ。


「何だ、あの女……? 死にたいのか……?」


 家督を継ぐ立場にある存在は、エドワードとアリシアのように幼少期から婚約者が決まっていることが多い。


 婚約を決めた段階から家同士のつながりは深くなり、それを前提として色々な話を進めていくものだ。


 エドワード一人ならばまだしもその周り攻略対象で逆ハーレムを作るだなんて殺されてもおかしくない。


 学生の領分だからと見過ごされているだろうが、実際に婚約破棄騒動も起こったので卒業後に謎の変死を遂げてもおかしくはないんだ。


 マリアナは、在学中に聖女の力をその身に宿していることが発覚して、王族と結婚できる資格を得たから大丈夫だったのである。


 記憶の中に存在しない、パトリシアという女。


 どこかの貴族のご息女でもなく、平民の女。


「どうなっても知らんぞ……?」


 まあ、放置で良いか。


 仮に同じ転生者だったとしても、だからと言って助けるつもりはない。


 もうブレイブ家のラグナとして生きてるし、ブレイブが好きだから。


 偽物が現れたおかげで、アリシアが聖女となったマリアナと比べられてしまうと言うちょっと心に突き刺さりそうなエピソードは消えた。


 そこに関してはむしろお礼を述べておこう。


 もう関わらないと決めたら特に残りの攻略対象キャラクターのイケメンどもを見ておく必要もないが、ただ一人だけ気にするべき奴がいた。


 その名は、【ジェラシス・グラン・イグナイト】。


 魔虫の魔術師を嗾けたイグナイト家の次男である。


 燃えるような深紅の赤い髪に、黒い瞳。


 色んな物語の中で赤の印象は勝気でイケイケオラオラタイプだと思われるのだが、この乙女ゲーでは真逆に描かれていた。


『でも美味しい。食堂や寮で食べるより、ここでみんなとパトリシアの作ってくれた弁当を食べる方が何倍も。不思議だ』


 このセリフの持ち主であり、皆と談笑している間も、飯を食べている間も、話しかけられた時も、一切表情が動かない。


 そんな何を考えているのかわからない、寡黙な不思議ちゃんだ。


 えーと、確かイグナイト家で妾の子だったっけな?


 イグナイトの家督を継ぐ長男はすでにいて、あくまでその保険として徹底的に教え込まれ育てられて来た男である。


 ジェラシスルートでは、主人公がいつもみんなの輪から少し離れた位置に一歩引いていた彼を気にかけて積極的に声をかけるようになっていきそこから色んなイベントへと発展していく。


 彼の家は裏で色々な問題を抱えており、その狭間での苦悩を主人公がみんなの協力を経て解決へと導き、徐々に笑顔を取り戻していく中々に闇が深く骨太なストーリー展開だ。


 滅多に笑うことがないという設定のため、物語の最期にのみ笑顔イラストが存在しており、クリアだと純真無垢な笑顔、失敗時だと嫉妬に狂ったとんでもない笑顔となる。


 わざと失敗する特殊な人も多かったんだとかなんとか……。


 イグナイト家に狙われている関係上、火の粉を払い続ければ自ずとその先で交わりそうなもんだが、どうしよう。


 偽物がその辺のルートをどう対処しているのかわからんが、あの状況は確実に全てのフラグを処理しているからこそだった


 助けてくれる騎士様たちが周りを囲うならば、複雑な家庭問題に対処するためのパズルのピースは全て揃っているので、来るものを全て蹴散らしていれば俺の敵も勝手に自滅してくれるだろう。


 多少気にするべきだが、放置だな放置。


 俺がやるべきことは、アリシアと平穏な学園生活をこなしながら物語の最期に訪れるであろう波乱に対処すること。


 それだけだ。


 ともすればマリアナを放置しておくことはできないため、何とか仲良くなる必要があるのだが……うーん、面倒くさい。


 通常通りのルートだったらいいのに、偽物め、本当に自分のしでかした状況をわかっているのか?


 アリシアは悪役破滅ルートに乗っていないから厄災の事の発端になることはないが、何かが歪めばどこかに必ずしわ寄せが行く。


 王都の障壁と城下町、そしてブレイブ領が良い例じゃないか。


 魔物の軍勢に飲み込まれるブレイブ領の動乱は、俺が責任をもって対処するつもりだが、それ以外はどうするつもりなのか。


 王都を覆う障壁は壊される。


 ゲーム内では悪魔と混ざってしまったアリシアが破壊していた。


 恐らく誰かの入れ知恵によるもので、アリシアじゃなくても破壊することが可能だってことは、確実に破壊されるだろうと予測する。


 その時に必要になるのが聖女の力だ。


 なんとか事前に対処出来ればいいが保険は必要なのである。


「パトリシアの料理は本当に素晴らしい!」


「力が出るよな? 不思議だぜ」


「小さい頃から料理してきたから……えへへ……」


「毎日食べていたいくらいだよ、パトリシア」


「俺も俺も!」


「私も毎日食べたいので、毎日ここにお邪魔しますね殿下?」


「お前たち、たまには空気を読んでくれ」


「中庭の空気は城下町と比べて澄んでいて美味しいですね」


 呑気なもんだ。


 ハーレム01を見ながら、俺はそう呟いた。

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