23.昼食イベント! えっ、誰だお前……?

「うーむ……」


 昼下がり、建物の屋根の上で俺は一人悩んでいた。


「難しい問題だ……」


 冷静に考えれば、の話である。


 決闘の相手はマリアナじゃないのか、じゃあ誰と戦ったんだ、とアリシアに直接聞けるわけがなかった。


 彼女のトラウマをほじくり返すなんてしたくないのである。


 では有名な事件だから誰か当時を知る人に聞けば教えてくれるんじゃないかと思ったのだが、避けられてるので無理だった。


 今日は学園生活初日。


 予想していた通り、俺とアリシアは他の貴族たちからとにかく避けられていた。


 まあ、それは良い。


 危害を加えられず避けられるのが、一番平穏であると俺もアリシアも理解しているのだから。


 アリシアが起こした騒ぎは事実であり、それによって好奇や軽蔑など色んな目で見られるのは仕方ない。


 扱いはおかしい、と声を荒げる必要はないのだ。


 彼女が現状を受け入れて粛々と過ごすのならば、どこまでも俺は付き合おう。


 地獄でも、どこへでも、傍にいるのだ。


 話を戻そう。


 教室で発見したマリアナは主人公だが、主人公っぽくない。


 その真偽を確かめるべく、俺は記憶の中にあるイベントを追っていた。


 学園の在籍期間は3年だが、ゲームはその1年間を描いている。


 平民主人公とイケメン貴族の織り成す濃密な1年間だ。


 各攻略対象キャラクターとの出会いイベントは、入学して早々に終わり、そこから王子様とのフラグを進めると簡単に婚約破棄イベントが起こる。


 そして、悪役令嬢との邪魔を攻略対象キャラクターたちと協力して躱しながらどんどん絆を深めていく流れだ。


 今思えば、初手婚約破棄ってだいぶ攻めたゲームだよな?


 でもまあそのくらいしないとありふれた展開扱いされて売れなかったりするのだろうかね。


「主人公は明らかに王子様とのフラグを立てている。婚約破棄イベントはそうじゃないと起こらない」


 声に出して呟きながら、記憶の中の情報を整理する。


 その場合、主人公と王子様は食堂ではなく、中庭の木陰で昼食を共にすることになる。


 平民にとって貴族の食堂は居心地が悪い。


 食べ方の所作一つ一つに嫌味を言ってくるからだ。


 主人公は弁当を持ち込んで独り中庭で食べるようになり、そこに王子様がやってきて二人で一緒に中庭で昼食を取るのが恒例になっていく。


 他のキャラとのフラグを進めていれば、そこには王子様以外の攻略対象キャラクターが勝手にやってくる。


 全部のフラグを進めると、そこそこ大所帯になる。


 クリア後にみんなで楽しそうに過ごすイラストを見ることができるのだが、そのイラストのタイトルは『昼食ハーレム01』だ。


 適当にも程がある。


 物語が始まって3か月ともなれば、ほぼ確実にその昼食イベントを推し進めている。


 だからこそ、この見晴らしの良い位置でこの国の王子であり、攻略対象キャラクターランキング堂々たる1位の【エドワード・グラン・エーテルダム】を見つければ、自ずと誰が主人公枠なのかがわかるのだ。


 王子は、まさに王道と呼ばれている。


 ちょろいからだ。


 主人公との馴れ初めは、学園に入学する前に遡る。


 お忍びであの密集した城下町へ向かった際に平民の生活を教えてくれた主人公に、王子様は淡い憧れを抱く。


 月日が経ち、主人公との学園での再会はまさに運命的で、それはもう王子様をちょろくさせた。


 ダンジョンパートでも、魔族襲来パートでも、他国との戦争パートでも、王子様の基礎能力は高く楽にクリアまで行けてしまう。


 まあまずはこいつを攻略しろよ、と製作陣が言っているかのような、そんなチュートリアル王子様なのだった。


「待たせてしまってすまない!」


「私も今来たところですよ、殿下」


「ハハハ、レディを待たせるなんて王族失格だよ? あと、ここでこうして君の弁当を食べている時は、殿下ではなくエドワードと呼んでほしい。君には地位ではなく名前を呼ばれていたいんだ」


 来た、来たぞイケメンだ。


 金髪のイケメンが中庭にやってきて、歯の浮くようなセリフを口にしている。


 そして、エドワードの正面にいる女性はマリアナではなかった。


「そんな、恐れ多いです……」


「パトリシア、昔はエドワードと何も気にせず呼んでくれたじゃないか」


「そ、それは殿下が王族だって知らなくて……」


「お願いだパトリシア。君の前では王族ではなくただのエドワードでいさせて欲しい。君に名前を呼ばれると力が湧いてくるんだ」


「じゃ、じゃあ……エドワード……は、恥ずかしいですぅ」


 目の前で繰り広げられる桃色空間。


 エドワードの正面にいるのは、金髪に青い瞳を持っているが似ても似つかない別の女性だった。


 誰だ、誰なんだ。


 どれだけ記憶を探っても、パトリシアという生徒は存在しない。


 身体強化でよく目を凝らすと、髪の根元は黒かった。


 明らかに染めている。


 マリアナではない誰かが、偽物が、主人公ポジションに居座っていた。


「おいおいエドワード、俺たちがいることを忘れてんじゃねえよ?」


「そうですよ。一人で抜け駆けしようとしてもそうは行きません」


「殿下、昼食はみんなで食べた方が美味しいですよね?」


「もはやこの中庭が私たちの食堂と化してしまうとは、まったく私たち全員の胃袋を掴むなんてパトリシアは悪いお方だ」


「でも美味しい。食堂や寮で食べるより、ここでみんなとパトリシアの作ってくれた弁当を食べる方が何倍も。不思議だ」


「楽しそうだね? 僕も混ぜてもらえるかな、ふふふ」


「あはは、皆さん勢ぞろいですぅ。大丈夫ですよ、そう言うと思っていつも多めに作ってきてますからみんなで食べましょ?」


「まったくお前たちと来たら……パトリシアも大変だろうからお前たち少しは自嘲しないか?」


「良いんですエドワード、私はぜんぜん大丈夫だから」


「パトリシアはまったくもう天然さんだな……まあそこが君の素敵なところなんだが……」


 ハ、ハーレム01だ!


 主人公ポジションに居座って、ハーレム01を形成している。


 その瞬間確信した。


 このパトリシアというマリアナに偽装した女は、俺と同じような存在であるということを。


 いや、普通の感性を持っていたらハーレムなんて作らないだろ?

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