22.主人公【マリアナ・オーシャン】

 さっそく次の日から授業がスタートした。


 残念ながらクラス分けに無理を押し通すことはできずに、俺とアリシアは別のクラスになってしまった。


 ここで言うクラスは1組2組みたいな感じである。


 特別クラスの生徒をさらに細分化した形だ。


 公爵家の威光もさすがにここまでは届かない。


 アリシアは引き続き主人公の攻略対象である王子様と同じSクラスで、俺はそれ以外のモブクラスである。


 1組2組とかじゃなくて、S・A・B・Cとかで分けられてるのが謎だった。


 王子様がいるクラスはSクラス。


 特別感でも表現したかったのか?


 非常に謎だが、尋ねても古の賢者が決めたことだとかなんとかで済ませられてしまうんだろうな?


 解せぬ。


 さて、ゲームにおいて授業中の描写なんてなかったからいったいどんなものなのか気になってはいたのだが、普通の授業だった。


 教壇に立つ教師が手腕を振るう姿は前世のものとなんら変わらない。


 ただ、一つ誤算がある。


 なんと俺の所属するモブクラスに、ゲームの主人公【マリアナ・オーシャン】がいたのだった。


 そうだよな、イベントの進行は基本的に教室以外で行われる。


 教師の目の届かない教室以外の場所で酷い差別を受ける主人公の元に、颯爽と王子様たち攻略対象メンバーが現れて問題を解決するのだ。


 クラスが一緒じゃ、常日頃から主人公の騎士たちがいるようなもんだし、そんなイベント起こらないもんな?


 さもありなん。


 そんな主人公であるマリアナは、眩い金髪と王子様から『マリアナ、君の瞳はこの雲一つない青空の様に美しい』と絶賛されるほどに綺麗な青い瞳を持つ美少女だ。


 名前がマリアナ・オーシャンなのになんで空で称えたんだろうな?


 素朴な疑問を感じた記憶が彼女を見ていると浮かび上がってくる。


 だがしかし、そんな記憶とは裏腹に教室での彼女はなんだか思っていたイメージとは違っていた。


「賢者のもっとも得意とした魔術は四元素ですが、その中でも特に使用頻度の高かった魔術は何か、この問題がわかる方は挙手を」


「はい!」


「マリアナ・オーシャン、どうぞ」


「無属性です! 全ての魔術を極めた賢者は、その真理根底を辿り無の極致に至ったからです!」


「正解です。引っかけに惑わされないとは、さすが賢者の子弟ですね」


 教師の問いかけに真っ先にシュバッと手を上げて答えると、彼女は満足そうに座って「むふふ」と口元を綻ばせながら瓶底メガネをクイッとしていた。


 ……アレが主人公なのか?


 ……本当にアレが主人公で良いのか?


 学園ラブロマンスとは程遠いガリ勉っぷりに衝撃を受ける。


 仮に俺が王子様だったとして、あれに魅力を感じるか?


 瓶底メガネの度が強過ぎて、せっかくの綺麗な瞳が台無しである。


 何をもって、王子様は彼女の目を『青空』と評したのだろうか。


 そうかギャップか、ギャップなのか?


 実はメガネを取るととんでもなく美しい瞳が出現し、そのギャップに攻略対象たちはトキメキを感じてしまったのだろう。


「あっ、メ、メガネが……っ」


 瓶底メガネは相当ぼろかったようで、何度もクイッとした結果フレームがポキッと折れて落下した。


 ――ッッ!?


 またもや俺は衝撃を受けてしまう。


 なんとメガネを外したマリアナの目は、数字の『3』みたいだった。


「ど、どうしよう高いのに……紐で縛ればまだ使えますかね……?」


 ド近眼中のド近眼。


 ギャグマンガの世界でしか見れないと思っていた。


 こんなの乙女ゲームの世界で許される設定じゃない。


「またメガネ壊してる……」


「もう何度目だ? 三日に一回ペースだぞ?」


「さすがに可哀想よね、誰か買ってあげなさいよ」


「断られたらしいぞ、受け取れないって」


 周りの貴族からそんな声が聞こえてくる。


 三日に一回ペースでメガネを壊す主人公って、さすがに属性マシマシ過ぎてよくわかんねぇなと呆れていると、違和感に気が付いた。


 主人公であるマリアナは、基本的には周りから無視される存在だ。


 平民であり、公爵令嬢を蹴落として王子様たちこの世界で地位を持つ攻略対象メンバーと親しい女性。


 そりゃ、腫れものである。


 物語が進んで、いじめを良しとしないそれなりに平民に理解のある貴族と友達になるまでは孤独だったのだが……何故か周りから同情を買っていた。


 腫れものは腫れものでも、嫉妬の対象ではなく同情の対象。


 いったいどういうことなのか、頭を抱えそうになった。


 今すぐにでも机に頭を打ち付けたいのだが、教室の机は脆いから我慢である。


「あ、レンズに傷が……こんなことなら視力を理由に、席を前にしてもらえばよかった……」


「ねえ、席変えてあげよっか?」


 優しそうな雰囲気の生徒が、苦笑いしながらマリアナに提案した。


「だ、大丈夫です!」


 マリアナは首を横に振る。


「ご厚意ありがとうございます! っですがこの学園内においては施していただかなくても大丈夫です! 自分で何とかできますので! お気になさらないでください!」


 それはもうブンブンと過剰に横に振るので、瓶底メガネがポーンと飛んで行った。


「は、はあ……貴方がいいのならいいけど……」


 慈悲を見せた優しそうな貴族も困惑している。


 貴族の慈悲を断るのかと厭味ったらしいことを言うのではなく、困惑が圧倒的に勝っていた。


「マリアナ・オーシャン、メガネを拾いなさい。そして次の席替えにて貴方の席は教壇の目の前とします。それでいいでしょう?」


「は、はひ! すいません! すいません!」


 ダ、ダメだ。


 マリアナを見れば見るほど、俺の記憶の中にあった主人公のイメージと乖離していく。


 これは今日帰ったらアリシアに聞かないといけない気がした。


 アリシア、君はいったい誰と戦ったんだ?


 あと、俺の後ろの席でずーっとノートを細かくちぎって丸めて後頭部に投げてくる馬鹿貴族。


 お前の顔と名前覚えたからな?


 貴族がそんなみみっちい嫌がらせをするな。



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