21.ラグナの魔術
「ただいまー」
無事に合格を果たして家に戻ると、制服姿のアリシアが迎えてくれた。
制服姿のアリシアは、それはそれはもう可憐で美しくて、玄関を開けたらここは天国なのかと見間違うほどだった。
生足ではなく黒いタイツを履いているのだが、うーんそれもそれで点数高いよね?
満点!
「ラグナ! 大丈夫だった? 変なこと言われなかった?」
「大丈夫大丈夫」
そんなことを真剣に考えている俺の元へ駆け寄ってきて、まるで過保護なお母さんである。
「ここの学生って私も含めて親の影響で特に差別がひどいし、それを容認する教師も多いから」
「そうだね」
元々この学園にいて、取り巻きたちから差別主義者の筆頭に祭り上げられていたアリシアは、とにかく心配だったそうだ。
でもまあアリシアのは仕方がない。
ただの区別だ。
仮に学園内であっても平民が公爵家の婚約者を差し置いて王子様とイチャイチャしていいわけがない。
俺だって平民の冒険者と結婚なんて許されないんだぞ?
貴族が貴族と結婚するのは、特権を使える格や周りの貴族とつながりを保ち、家を長く存続させていくために必要なことなのだ。
入学早々行われたアリシアの一件は、そういった当たり前から生まれてしまった悲しき事件だとしておこう。
他の奴らが過剰に反応する気持ちもわからんでもないし。
っていうか、事の発端の王子様も周りが過剰に反応するってなんでわからないかな?
今の彼女と別れるために他の女を使うのは、現代日本でもクズな男のやることである。
心配していたアリシアを安心させるために言っておく。
「魔術の実技は余裕で合格。学科は免除になったよ」
「ラグナならあり得るわね、何をどうしたの?」
「試験官はどうしても俺を合格させたくなかったみたいだけど、ボコボコにしたら学園長が合格にしてくれた」
「……いや本当に何したの」
怪訝な表情を向けられるのだが、話したままなのである。
「学園長は割とできた人だね?」
「そうね。昔の私なら煙たがってたかもしれないけど、今なら生徒のことを第一に考えた人格者だってわかる」
学園長がいなければ、話はもっと拗れていただろうな。
あまり騒ぎを起こすのもアリシアに悪い気がするので、上手くまとまってなによりである。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど」
「うん?」
「ラグナの魔術ってどういうものなの?」
「別に普通だよ? 全部できるけど障壁が得意って感じ」
その障壁だって、適正が無くても簡単に使える魔術だ。
聖属性のうちの一つ。
あらゆるものを防ぐ透明の壁を作り出すことができる。
王都を覆うドームと同じ。
「いや、障壁が得意ってだけで学科が免除になるほど、魔術大国で一番大きな学園は甘くないわよ? それに竜と引き分けるって、正直あり得ない。本当に障壁?」
「うーん、みんなが思ってる障壁とは違うかもね」
あまり自分の得意とする魔術に関して人に教えることはしたくないのだが、アリシアには話しておくか。
アリシアが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、彼女の目の前に障壁を展開する。
「みんなの想像する障壁って、こんな感じで壁じゃん?」
「そうね。無詠唱で出せることの方が驚きだけど……と、とりあえずラグナだってことでそこは納得しておくから、続けて」
口元をひくひくとさせながらも笑顔で話を続けさせるアリシアは、もうかなりブレイブ家に染まって来たなと思わせられた。
ラグナだってことで納得するって、若干俺に失礼では?
まあいいか。
「無詠唱だと、壁だけじゃなくていろんな形にできるんだ」
「えっ」
普通は『聖なる女神の名のもとに守護の壁を生み出さん』とかなんとか長ったらしい詠唱が必要なのだが、それだと壁にしかならない。
無詠唱だと、長方形の壁じゃなくてドーム状とか円柱状とか、それ以外にもいろんな形にできる。
それを証明するように、俺はコップ状にした障壁を作り出してそこに持っていたコップからコーヒーを流し込んだ。
「わっわっ」
宙に浮かぶ黒い液体を見ながらアリシアは慌てていた。
可愛い。
「障壁ってこんなことができるの……?」
「良く考えてみてよ、王都を覆う障壁とか良い例だよ」
「ああ、確かに」
そう告げると、アリシアは納得していた。
アレだって立派な障壁でありドーム状だ。
「他にも普通の障壁と王都の障壁では違うことがあるよね?」
「……通すものを選択できる?」
「その通り」
さすがは才女、話が早い。
「高度な障壁は、形だけじゃなくて何を通して何を弾くかも自由に決めることができる」
王都の障壁は人を通すが魔術は通さない。
それも障壁の外からの魔術は弾き、中から外に向かっての魔術は通すという馬鹿げた代物だった。
王都全域をカバーするには、相当な魔力が必要になるのだが、どうやって賄っているのかはわからない。
「ってことは、つまり王都の障壁みたいなことがラグナにはできるっていうこと?」
「もっと細かいことまでできるよ」
余りにも巨大な王都の障壁と違って、俺の用いる障壁は範囲を限定的にしているからコスパが良いのだ。
通すものや通さないものを事細かに指定できるのである。
「こんな感じで……っと」
コップ状の障壁に収まったコーヒーを下からすくい上げるようにして元のコップに戻す。
これは陶器のコップのみを透過するようにしたのだ。
「これは、確かに実技で一発合格クラスね……」
「万能かって言われたらまあそれに近いけど、できないこともある」
アリシアのコップの中にある砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを砂糖とミルクとコーヒーに分けることはできない。
金貨の中に混ざる銀貨とか、草にへばりつく虫とか、そういったものならばいけるのだが、混ざりあってしまった物は無理なのである。
「で、どうやってこれで竜と引き分けるの?」
ぐいっと顔を近付けるアリシア。
「えっと……」
通す通さない以外にも、複雑な要素が絡んでくるのだが、それを話す前にお腹が鳴ってしまった。
ぐぅぅぅぅぅ~。
ちなみにアリシアのお腹の音である。
「ゆ、夕食にしましょう! せっかく作れるようになったんだから私に任せて!」
「あ、うんありがとう」
顔を赤くしてパタパタとキッチンへ走って行くアリシアの背中を見送った。
そこで疑問が頭に浮かぶ。
そういえば彼女は何故制服だったんだ?
授業に出るのは明日からで、俺みたいに試験もなかったアリシアは、別に制服を着る必要がなかったんだが……まあ、眼福だったしそんなことはどうでも良いか?
明日着ていくもんなのだから、事前にサイズ感とか諸々をチェックしていたのだろう。
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