20.学園長【ヴォルゼア・グラン・カスケード】

「ラグナ・ヴェル・ブレイブ」


 不様に白目を剥いた試験官を見ていると後方から声が聞こえた。


 目を向けると、体育館の入口に初老の男が立っていた。


 すっかりキューティクルの抜けてしまった灰褐色パーマの髪に、鷹の様な鋭い目つき、長く伸びた髭を胸の辺りで束ねている。


 くすんだ色だが細部に装飾をあしらった上質なローブに身を包んだ人物に、俺は見覚えがあった。


 その名は、【ヴォルゼア・グラン・カスケード】。


 エーテル学園の学園長であり、賢者の称号を持つ男の一人である。


「騒がしいと思えば、お主の仕業か」


「ええ、まあ」


 この国において、ミドルネームのグランは公爵家の証。


 カスケード家は、エーテルダムに三つある公爵家の一つである。


 そしてヴォルゼアは、ゲームにもよく登場していたので覚えていた。


 偉大なる賢者の創立した学園内に置いて、いかなる貴族も平民も皆同じ賢者の学徒であり平等であると宣言できるほどにできた人間として描かれていた。


 このゲームは貴族と平民の恋物語。


 身分の差によって悩む主人公たちを学園内でさりげなく助ける、そんなキャラクターである。


 だったら特別クラスとか一般クラスとか、わけるなって話だよな?


 ま、色んな貴族の思惑が渦巻いているのだろうし、そういう特別感が貴族の中では大切なのである。


「ふむ」


 粉々になった黒い的と大きく風穴の空いた壁、失禁して白目を剥く教師と芯に鉄を入れた木剣に鋭く全てを見透かすような視線を向けて、ヴォルゼアは短く告げた。


「合格」


「ありがとうございます」


 素直にお礼を言っておく。


 ヴォルゼアは主人公サイドの登場人物なのだが、差別を良しとしない立場にある。


 仮に俺がブレイブ家であってもフラットな目線を持っているようでありがたかった。


「お主に一つ尋ねたい」


「なんでしょうか」


「使える魔術は?」


「全部です」


 この魔術の大国でもっともポピュラーとされている火水風土の四元素も、氷雷などの亜種元素も、光闇聖邪正負の双極も、覚えて使えるものならば全て使える。


「その中で一番得意なものは?」


「障壁です。――だから全部覚えました」


 必要だから、全部なんだ。


 ブレイブで生きていくには、運命に抗うためには。


 一つでも欠けてはいけない。


 正直に答えると、ヴォルゼアは髭を少しだけ撫でて何かを考えたような仕草を取って言った。


「ならば学科も免除でいいだろう」


「良いんですか?」


「その言葉に嘘偽りがないのなら、愚か者の物差しでお主は測れん」


 愚か者とは、白目を剥く試験官のことか。


 それとも表層にしか見ることのできないアホ共か。


 はたまた権利の上に胡坐をかく腐った奴らか。


 ヴォルゼアの言葉には、色んな意味が含まれてそうだった。


「お主の血にとって、一般も特別もさして違いはない」


「はあ」


「それでも特別クラスに入りたいか?」


 別に入りたくはなかった。


 この試験官を務めた教師とまではいかなくても、王都から送り込まれてきた刺客たちのように、ブレイブ家は差別の対象である。


 面倒ごとは少ないので一般クラスで別に良く、いち生徒に混ざって慎ましやかに学園生活を送ることができればよかったのだ。


 当初は、そこで頭を下げて慈悲を乞うつもりだったのだけど、今はそうも言ってはいられない。


「そこに守るべき人がいますので」


 運命に翻弄された俺の婚約者。


「今年の学園は騒がしくなるぞ。多数の運命が交錯して複雑に絡み合い、時には狂うこともある」


 そう話した上で、ヴォルゼアはもう一度俺に問いかけた。


「それでも特別クラスに踏み入るか?」


「逃げるつもりはないです」


「良かろう」


 俺の目をジッと見据えたヴォルゼアは、少し雰囲気を柔らかくさせると告げた。


「学園長の権限でお主の特別クラス入りを認める」


「が、学園長!」


 タイミングよく目を覚ました試験官が、ヴォルゼアの言葉を聞いて慌てふためく。


「捨て地産まれですよ!? それに婚約者である元公爵令嬢はとんでもない事件を起こしています!! 入学はおろか特別クラスへの編入を認めてしまえば必ず学園の平穏を乱します!!」


「愚か者!!」


 一喝。


 ヴォルゼアの張り上げた声に合わせて、身体からまるで滝のような勢いで魔力が漏れていた。


「ひっ」


 顔を真っ青にしながら圧に怯える試験官にヴォルゼアは告げる。


「この学園の敷地内で、貴様は誰だ? 貴族ならば今すぐ出ていけ」


「……教師です」


 そう言って下を向く試験官の顔から汗がポタポタと垂れていく。


 とんでもない圧力だった。


「ならば教師らしく振舞うことだ。問題が起きると思うのならば、起こらないように道を指し示せ、二度と起こさないように道を示せ」


「は、はい……失礼しました……」


「ならすぐに壁を直すよう手配しておけ」


「はい……」


 試験官は逃げるようにして体育館を後にした。


 その後ろ姿を見届けて、俺は改めてヴォルゼアに頭を下げる。


「ありがとうございます」


「わしは賢者の名のもとに生徒の身分による差別を良しとしないが、それ以外の要因で起こった問題には関与せん。身の振り方を勘違いして疎まれることは自己責任だ」


 なんだか小難しく言っているが、つまり普通に日頃の態度が悪くて嫌われてる部分は自分で改善しろってことだろう。


 でもこの言葉、勘違いするやつ多そうだな……?


 もっとわかりやすくした方が良いんじゃないか?


 人の気持ちを考えた行動をしましょう、みたいに。


「心得てますよ。ブレイブ領では、力の上に胡坐をかいた奴から死にますから……でも振りかざすべきだと感じた時には、戦うべきだと思った時には手を抜きません」


 それがブレイブだ。


「……好きにせよ」


 それだけ言って、ヴォルゼアも体育館を後にする。


 これはあれかな?


 我慢の限界を迎えるようなことが起これば、やっちゃっていいってことですか?


 まあ暴れ散らかすつもりはない。


 アリシアと楽しい学園ライフを送ることができればよいのだから。


「ラグナ・ヴェル・ブレイブ、伝え忘れていたことがある」


 学園長がスタスタと戻って来た。


 せっかく格好よく立ち去ったのに。


「置かれる状況を加味して特例であの家を使わせてはいるが、お主らはあくまで学生の身分である。健全な交際を心掛けよ」


「あっはい」


 鋭い視線の渋い声色から放たれた言葉がそれか。


 心得ました学園長。


 俺はブレイブのケダモノにはなるつもりはないぞ。


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