14.いきなり突入
『――太刀筋が全く見えなかった。いや、そもそも剣すら持ってなかった。でも気が付いたら右腕がやけに軽くて、見たら地面に俺の腕が落ちてたんだ。バカやっちまった』
真夜中の街道を歩きながら、件の片腕を斬り落とされた冒険者の言葉を思い返していた。
剣すら抜いてない状況で片腕を斬り落とすような芸当は、確実に魔術によるものだと断定できる。
この世界には、前世には存在しなかった魔素というものが大気中に満ちていて、それが個々の体内に蓄積されたものを魔力と言うのだ。
そんな魔力を意のままに操る術を魔術と呼ぶ。
「面倒だなぁ」
溜息が出た。
魔素は世界に満ち溢れているが、魔術自体は万人がすべて等しく使えるという万能な代物でもない。
しかし、使いこなせた場合はとことん厄介な相手となる。
ブレイブ領に置いて、兵士や建造物に一番被害を受けているのが、敵国の魔術師を相手にした時だった。
馬鹿の話を聞いただけでも無詠唱で魔術を使える戦術級の魔術師であることがわかる。
そこまで至れば一騎当千クラスだと言っても差し支えはないのだが、何故そのレベルの手合いがブレイブ領へ送られてきたのだろうか。
「よっぽど消したいみたいだな、アリシアを」
何が不都合なのか、それともシナリオがそうさせるのか。
細かい話はわからないが、とにかく彼女をこの世から消し去りたいのは目に見えている。
それとも狙いは俺か?
忠実、ゲーム内でのストーリーに置いて、アリシアがブレイブ家を乗っ取らない状況になったのは俺の存在が大きい。
状況を元に戻すための強制力でも働いたのか?
もしくは。
アリシアが悪魔に取りつかれてしまう原因が、魔虫ではなくこうして後からくっ付いてきた連中によるものなのだろうか?
「まあ、聞けばわかるか」
露払いにまどろっこしいことは無しだ。
さっさと蹴散らして誰に何を頼まれたのか尋問するのが一番である。
「ほい、どーん」
ドガッ!
新しくできたばかりの商会の扉を蹴破ると、薄暗い部屋の中に4人ほどが固まって何やら話をしているところだった。
「っ!?」
「な、何者だ!」
慌てて立ち上がる男たちの中で、一人だけ座ったままで落ち着いた様子の男がいる。
フードを被ったままで顔つきは見えないが、その身からにじみ出る魔力を見るに魔術師だろう。
「お前は、ラグナ・ヴェル・ブレイブ!」
「こんなところに何をしに来た!」
「何って先に手を出したのはそっちだろうに」
腕を斬り落とされる大怪我を負わされたのはブレイブ領の冒険者。
もっとも盗みに入るような馬鹿な真似をしたので、自業自得としか言えないのだが、まだ何も盗んじゃいない。
未遂だ。
つまるところ歴然たる暴行であり、そんな危険人物たちを取り締まるのは当たり前。
「手を出した? はて、何の話か?」
「我々は強盗に襲われたに過ぎないのですが?」
彼らは一貫して襲われたと言い張るようだ。
まあ俺も馬鹿な冒険者の言葉をすべて信じるつもりは毛頭ない。
彼らを手間なくひっ捕らえて話を聞けるだけの理由があれば良いのだ。
「まあ、そもそもどっちがどうとかはどうでもいいんです。藪蛇したそいつが馬鹿なだけだったんですから」
そう告げながら冒険者の片腕を投げつける。
「とりあえず、件の騒ぎの重要参考人として御同行をお願いします」
でもって、本題はこうだ。
「ついでに何やらこそこそうちの周りを嗅ぎまわっているようですが、その理由を教えていただければ手荒な真似は致しません」
微笑むと、俺が何をしに来たのか察したのか全員の目つきが変わった。
全員が懐から手早く武器を取り出して構えだす。
うーむ、悪いことを企てているので確定だ。
「領主の前で武装ですか?」
一応忠告をしておいたのだが、彼らは依然としてニタニタとした笑みを浮かべたままだった。
彼らは言う。
「確かに不敬かもしれませんが、身に覚えのない事件をでっち上げられて、はいそうですかとはいきますまい?」
「それに我々の後ろ盾には王都の貴族がいる。捨て地の貴族と王都の貴族、法はどちらの意見を信じますかな?」
「もっとも、我々が武器を持ったとバレなければ……その口を封じてしまえば何の問題もありません――がっ!」
魔術師以外の3人は、それぞれ話しながら目配せすると武器を構えて襲い掛かって来た。
「こうなるともう言い逃れのしようがないが?」
減らず口でごまかしてくるタイプは言い包めるのが大変で面倒くさいと思っていたのだが、こうもあっさり力業で来てくれるとは大助かりだった。
「関係ない!」
「ラグナ・ヴェル・ブレイブは始末対象だ!」
「丸腰で来るとは、世間知らずの3男坊め!」
へえ……?
「死ね、捨て地の死に損な――ぶべっ」
とりあえず一番近かった男の剣を避けて顔面を殴りつけた。
グシャッと潰れる音が響いて辺りに折れた歯が飛び散る。
気絶した男の手元から離れた剣を掴むと、そのまま他二人の武器を持つ手を手首ごと斬り落とした。
「ぐ、ぐぁぁぁぁああぁぁあああああ!」
「ひ、ひひ、ひぃぃぃいいいいいいい!」
悲鳴を上げながら手首を抑えて蹲る男の前髪を掴み上げる。
「……誰が始末対象だって?」
「ひ、ひひ、ひ」
痛みと恐怖でまともな受け答えができなくなってしまっていた。
これが王都の工作員か、なんとも情けない。
ブレイブの冒険者は片腕を斬り落とされてもこうはならないのに。
「こいつらへの尋問は後回しだな」
こうして必死に腕を抑えていれば、失血多量で死ぬことはないだろう。
俺は改めて魔術師の方を向くと、魔術師は立ち上がってパチパチと手を叩いていた。
「まだ15歳という若さで素晴らしい!」
「はあ……」
敵から思いもよらない言葉を受けて、そんな声が漏れる。
「で、あんたはどこの誰に雇われた魔術師?」
護衛の魔術師かと思っていたが、今の戦闘で微動だにしなかった。
こういうタイプは雇われ先が違うか、仮に同じ雇われ先だったとしても雑魚三人とは別の目的で動いている可能性がある。
つまり、より深い事情を知っている本命だ。
そうじゃなかったとしても、なんだか強者の余裕っぽいのが見え隠れしていていかにもって感じがプンプンする。
うん、ブレイブの勘が告げる、本命だ。
「ククク、聞かれても答えるわけがないでしょう?」
「それもそうか」
俺だって答えないだろうし普通に納得する。
答えてくれたらラッキーだが、答えられても呆れるだろうな?
王都の魔術師は馬鹿なのかって。
「一つお聞きしたいことがあるのですが」
魔術師は、丁寧な物腰で俺に問いかける。
「聞かれても答えるわけないって言った奴が、逆に聞くの?」
「ククク、では聞き流していただいても構いません」
「やだ、断る」
はっきり拒否しているのに、魔術師は続ける。
「アリシア嬢の様子はいかがですかな?」
「……どういう意味だ」
敵とくだらない押し問答をするつもりはなかったのだが、アリシアの名前が出てしまったため思わず聞き返すと、魔術師はニタリと歯をむき出しにして笑いながら言った。
「私の贈り物で、さらに美しくなられましたか? 辛く苦悶の表情で毎日を過ごしているのでしょう? クククククク」
その口からはボタボタと魔虫が溢れ出して垂れている。
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