13.さっそく尻に敷かれている
アリシアが仕事を手伝うようになってから驚くほどに捗った。
俺が1日かけて終わらせていた量をなんと午前中で終えてしまい、午後からは一緒に過ごす時間が増えた。
仕事と言っても重要過ぎることはセバスが担当してくれているので、俺やアリシアは書類の細かい数字の確認などである。
俺はブレイブ家でもそう言った細かい数字を見る作業が得意な方だと自負していたのだが、アリシアはもっと得意だった。
井の中の蛙である。
現代知識の敗北の瞬間である。
この世界を作ったスタッフがいるのならば言ってやりたい、現代知識でもっと無双できる世界にしておけよ、と。
家のヒエラルキーはセバス、アリシア、俺の順番だよ最早。
納得いかないのならアリシアよりも書類仕事を早く終わらせろという話なのだが、勝てないので甘んじて尻に敷かれようと思う。
「じゃ、そのまま屋敷の人の掃除でも手伝ってくる」
作業着を腕まくりした姿は、とても公爵令嬢とは思えない。
そんな様子を見送りながらセバスは呟く。
「実に有能ですな、才女と呼ばれていたのも頷けます」
「そりゃね」
これは幼少期から施された英才教育の賜物ではない。
厳しい英才教育に耐えきれるほど、元々の彼女が努力家だっただけなのだ。
一度意識を切り替えてしまえば、どこでだってやっていける。
元からそのポテンシャルは秘めていたのだ。
ゲーム内でだってブレイブ家を乗っ取り悪魔と契約してまで主人公たちの恋路の邪魔をするのである。
「良かったですな坊っちゃん?」
「ああ、本当に良かった……!」
セバスの一言に心の底から同意する。
終わらない書類との戦いは、正直言って敵兵を殺すよりも辛かった。
行動力が良い形で発揮されて、本当に良かった。
破滅回避ルート、一先ず達成ということか?
「今までの夫人様方は手伝ってはくださらなかったので使用人一同戸惑っておりますが、みんな悪い気はしておらずむしろ坊っちゃんよりも慕っているレベルでございますよ」
「……俺よりってつける意味ある?」
「さあ、信頼を取り戻すために坊っちゃんも頑張りましょう。私自ら坊っちゃんにさぼらせないために心を鬼にして仕事の一部を取り置いておりますので」
「本当に鬼だな? あ、なんかこの武具屋の価格設定やけに高くないか?」
溜息を吐きながら書類を見ていると、新しくできた武具屋の開店報告書があって、他の武具屋に比べるとやけに値段が高かった。
まったくブレイブ領でぼったくり店とか、そんなことをすれば命がいくらあっても足りないというのに、こいつは新参者か。
「ふむ、ちょうどアリシア様が来られた日に町に来て武具屋を開いておりますな?」
髭を撫でるセバスの言葉。
アリシアが来た日に?
きな臭過ぎる。
「どうせどこから来たか調べはついてるんだろ?」
「ええ、王都から来た方々ですな」
「やっぱりね」
詳しく聞けば、町で殿様商売を繰り広げているらしい。
こんな辺境には無い王都の良いものだ、という触れ込みで。
それが本当に良い物だったら良いのだが、金の動きを見るに別に大したことないようにも思える。
戦いの多いこの土地で、魔物相手のプロフェッショナルが多数いるこの土地で、そもそも剣の質なんてあんまり関係ない。
消耗品だからな?
どっちかと言えば毎日手入れすることの方が大事なのである。
剣とか、毎日使って毎日研いでると擦り減って使い物にならなくなるのが当たり前だから中古を大量に仕入れているというのに、そんな上級向けっぽいサービスをしても上手くいかんぞ。
「人の多い王都からわざわざブレイブ領に商売しに来る意味がわからん。そいつらの目的ってアリシアの監視? こちらに危害を加えるつもりはあるのか?」
「夜中にこそこそしてるのを冒険者が目撃しておりますな? 殿様商売に腹が立って金目の物を盗もうと夜中に付近をうろついていたらこそこそ辺りを嗅ぎまわっているのを目撃したそうです」
「行動早過ぎて笑うわ」
……どっちもとんでもないな?
まあ顰蹙を買えばこうなるのは仕方がない。
特別善人というわけでもないのだから、この地の冒険者は。
ブレイブ家は率先して前に出る危険な役目を担う。
そんな背景があるからこそ荒くれたちにリスペクトされているのだ。
「彼らの目的はわかりませんが、彼らの中に腕の立つ者が一人いるらしく報告をくれた冒険者の一人は片腕を斬り落とされたそうです」
「へえ……」
ろくでもないことに行動を移す冒険者は基本的に雑魚だが、それでも他の地にいる冒険者より強い。
ブレイブ領で冒険者をやって生き残るということはそういうこと。
それを殺さずに腕を斬り落として退かせるとは、かなり余裕のある行動だった。
「どうしますか?」
セバスは俺にそう問いかけた。
いつもなら俺が先に言葉をかけてそれを制すのがセバスの役目だったりするのだが、こうして問いかけてくるのは何をしても良いのでお好きなようにしてくださいってことだ。
「摘んでおく」
仮に目的が物騒な害意ではなくただの監視だったとしても今の彼女はブレイブ家の身内なので嗅ぎまわる奴は消しておく。
「では、夜までに動向を調べておきます」
「任せた」
「報告をくれた冒険者には何か施しますか?」
「それは自業自得だろ?」
迂闊に藪をつついて蛇に噛まれた冒険者に救いはない。
生き残った思い上がりか?
いずれは死ぬだろうに、何かを施しても無駄だ。
「承知致しました」
「そうだセバス、一つ頼みがあるんだが」
「なんでしょうか坊っちゃん」
「学園に行った時、何とかアリシアを近い場所に置いとけないか?」
もう少しすれば彼女と共にブレイブ領を離れて王都の学園へと行かなければならない。
全寮制となっており、彼女も俺も例外なく入寮することになるのだが、そうなるとどうしても守れない場面が出てくるかもしれない。
「それは一つ屋根の下ということでしょうか? 私は別に気にしてはおりませんが学生の内で身重となるのは学業と子育ての両立が厳しいとは思います」
「ち、違うよ! そういうことじゃない!」
何を言い出すかと思えば、それは俺達にはまだ早い。
俺はブレイブのケダモノにはなりたくない。
「ただ守れる範囲内に置いておきたいだけ! ただでさえ狙われてる可能性もあるんだし何かあってからじゃ遅いだろ?」
「学園の警備は……まあバッチリとは言えませんが、人の目がたくさんありますし、目立つようなことを企てる輩はいらっしゃらないとは思いますが?」
「念のためだよ。まあどうしようもないならそれでいい」
女子寮と男子寮は敷地が分かれていて、さらに上級貴族ともなれば専用の大きな敷地が用意されているのだが、アリシアはブレイブ家に来ているとはいえ公爵家の血筋。
上級貴族専用になってしまった場合、警備が厳しくなる。
ちなみにブレイブ家も爵位自体は公爵家と結婚も一応可能な程度に高いのだが、まあ差別というか普通に下級貴族と同じ扱いなのである。
世知辛い世の中だが、そういう設定なんだよな?
「まあ、それより先に王都の奴らか」
学園に行く前に、露払いと行こうか。
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