15.お前が魔虫を飛ばしていたのか
「私の贈り物で、さらに美しくなられましたか?」
ぼとぼと。
「辛く苦悶の表情で毎日を過ごしているのでしょう?」
ぼとぼとぼとぼと。
「クククククク」
魔術師の男が口を動かす度に、その口から魔虫が溢れ出す。
「才女と呼ばれたアリシア嬢が、クヒヒ」
見れば見るほど気持ち悪い光景だった。
「一つの綻びから堕ちていく姿を想像すると、クククク」
落ちた魔虫がもぞもぞと大量に足元で蠢いている。
「居ても立っても居られませんでしたね、エエ、エエ、エエ」
「……お前か」
「ええ、私ですとも。でもさすがに辺境伯様には影響が無――」
顔を紅潮させた魔術師が喋り終える前に。
――ドンッ!
と、強烈な音が響いた。
「お前かああああああああああああああああああああああ!」
音の正体は、俺の踏み込みによって床板が弾ける音である。
足裏で魔術を使い一気に肉薄した俺は、ニタニタと笑いながら魔虫を溢す口の中に持っていた剣を問答無用で突き刺した。
「ふぎっ!?」
頸椎を貫く感触はない。
間一髪のところで、魔術師は顔を横に振って躱していた。
チッ、惜しい。
頬を壁に縫い付けられ、顔が横向きとなり動けなくなった魔術師の耳に大きな声で叫ぶ。
「おい! 毎日毎日毎日毎日毎日!」
来る日も来る日も来る日も来る日も。
「大量の魔虫をうちに送り付けて来た野郎はお前だったのか!」
クソ迷惑なことをしてくれやがって!
アリシアの魔虫を全て払ったとしてもウチの窓にはびっしりだ。
外ではカメムシみたいに壁に大量に張り付いて。
家の中ではゴキブリみたいにそこかしこを徘徊しやがって。
「いい加減うんざりしてたんだよな!」
アリシアには見えないが、俺にはびっしりと見えている。
たまにポトリと天井からコーヒーの中に落ちてしまった日には、そして気付かず飲み干してコップの底に魔虫がいた日には、それはもうその日一日が最悪な気分だった。
別に食っても飲んでも俺に害はないが気分の問題である。
あの時、元を辿って呪いの主を殺しに行こうと言ったのは嘘ではなく、見つけ次第本当に殺してしまうことを考えていた。
「な、なな、なんの話……」
俺のいきなりのぶちギレ具合に慄く魔術師。
「ほんっとうに、クソみたいに、はた迷惑な野郎だ」
「ぐ、ぐぎ、ぐ、い痛い、剣抜いで」
「おまけに趣味も悪い」
才女が落ちぶれていく姿を想像して恍惚の表情を作るなんて変態か?
変態だな、変態である。
うちのアリシアにそんな感情を向けることは断じて許さない。
殺す。
「そうだ、お前に教えておいてやるよ?」
「あぎぃぃぃ! ぐぎぎ、ぎぐ」
突き刺した剣をぐりぐりと動かして言い放つ。
「アリシアはもう立ち直って元気にうちの仕事を手伝ってくれてるぞ? 才女だから俺より仕事ができて、俺より屋敷の人に好かれて、笑顔で伸び伸び暮らしてる」
そう告げると、魔術師はぎょろりと目を剥いて俺を睨みつけていた。
「お前の想像とは全く逆だ。残念だったな?」
「あああああああああ! ぐぎぎぎぎぎ――がみぎりむじ!」
無理やり喋った結果、魔術師の頬がぶちりと裂けた。
拘束を破った魔術師が口を大きく開ける。
すると中から鋭利な顎を持った虫がずるりと這いだして、壁に突き刺さっていた剣をバツンと両断する。
これか。
これが冒険者の腕を斬り落とした魔術の正体か。
おそらく目の前の変態は呪い専門の魔術師であり、生半可な魔術師ですら呪いをしっかり視認することはできない。
だから、気付いたら腕が落ちていたのだろう。
風属性系の魔術にも同じような現象を起こせる風刃という魔術があるのだが、それは動体視力が良ければわりとくっきり見えるので、ブレイブ領の冒険者が見逃すはずもないのだ。
「グ、クヒ、ヒ? ……笑顔だと?」
魔術師はフラフラとしながら呟く。
裂けてしまっていた口元は、魔虫が寄り集まってカサブタみたいになり治っていた。
「アリシア嬢が? 私の想いをあれだけ贈り届けたのに……?」
「そんなキモイもんを届かせるわけないだろ」
ブレイブ家に到着した瞬間にブロックだ。
オニクスの残り香もあるから二度と届くことはない。
万が一にも届いたとしても潰すだけである。
「もう届かないよ、残念だったな」
「そんなの嘘だ!」
「嘘じゃない、真ね」
はっきり告げると魔術師は露骨に取り乱す。
「彼女の心はズタボロで今頃美しくなってるんだ! 色んなものを恨むようにたくさん想いを込めたんだから! 学園で、か、かき集めて!」
聞けば聞くほど、とんでもない狂気だった。
しかし朗報だ。
どうやら魔虫の犯人はこいつ一人だけっぽいのである。
「信じない! そ、そうだ! なら直接見に行けばいい? 今すぐ屋敷に行ってそして直接想いを伝えるんだ」
魔術師の叫び声に合わせて口の中から身体を伸ばした虫が、俺を両断しようと大きな顎を広げる。
「行かせるわけないだろ」
「ぉぼろろっ!?」
鉄製の剣をいとも簡単に両断した虫の顎を片手で掴み、魔術師の口の中から引きずり出す。
「そもそもの話だが、お前のこのキモイ虫を俺がはっきり視認できて、こうして掴めてるって状況だけでお察しだろ?」
「な、なんで斬れない!? 鉄だって簡単に斬れるのに!!」
どれだけ呪いをアリシアに向けても見えた端から物理的に潰して払っていけることを指すのだが、この魔術師はそれどころじゃないようだ。
驚く魔術師を前に、掴んだ虫を握り潰しながら言う。
「それがわからない内は、お前がどれだけ呪いを飛ばそうが無理だぞ。一匹残らず叩き潰してやる」
もっとも、二度と飛ばすことはできないがな?
もういい、こんな奴に構ってる暇はない。
俺は敵兵を相手にする時の様に、魔術師を見据えた。
「ひっ」
さっさと蹴りを着けよう。
「まず、これはうちの冒険者の分」
床に落ちていた剣を拾って魔術師の右腕を斬り落とした。
悲鳴が上がるが関係ない。
「次にうちに大量にクソ虫を送り付けた分」
シュッシュッと魔虫でくっつかないように素早く手足を切断していく。
勢いに押された魔術師は壊れた人形のように椅子の上に乗っかった。
「く、狂ってる! 狂ってる! どうしてこんな、ああああああ!」
短い手足をバタつかせながら叫ぶのだが、否定はしない。
疑いようのない事実なのだから。
「誰の差し金か言えば、命だけは助けてやる」
「言う、言う! イグナイト、イグナイト!」
なるほど、この国の公爵家の一つであるイグナイト家の差し金か。
「ありがとう。じゃ、最後にこれはアリシアに嫌がらせをした分」
「え――」
首を刎ねた。
魔術師の目に僅かばかりに映った希望の色が、絶望に染まる。
ゴトリと重たい音ともに床に落ちた魔術師の首が俺を向いた。
口元がわずかに動く。
――呪ってやる呪ってやる呪ってやる。
僅かな声でそう言っていた。
「もう呪われてるよ」
嘲笑うように微笑みを返すと、そのまま目から光は消えていった。
いつの間にか、手首を斬り落とした雑魚たちは息絶えている。
まあ欲しい情報は得たことだし、どうでもいいか。
「終わりましたかな、坊っちゃん」
血だまりの中で立っていると、いつの間にかセバスが後ろにいた。
「終わった。後処理を頼む」
「かしこまりました」
ここまで手酷くやったのは、家族の仇を取った時以来か。
情報を吐かせるために敢えて過剰にやった部分もあるが。
それにしても……。
いつからだろう?
心が何も感じなくなってしまったのは。
環境的に仕方がない。
そう理解しているのだが、やはり一般的に見て俺はおかしい部類に入るんだろうな?
どれが普通の自分なのか、時折わからなくなる。
これは狂っていると言っても差し支えはないはずだ。
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