7.公爵令嬢との誓い

 どういう決断だったのかを聞くのは無粋だ。


 きっと学園での出来事を言っているんだろう。


「時が解決するって回答は……綺麗ごとかな?」


「……」


 アリシアは黙って聞いているようなので続ける。


「何かを決断したらもう一方は無くなるのは当たり前のことで、恨みを晴らしても選んだ結果なんだから無くなった物は戻ってこないよ」


 前の人生然り、死んでしまった家族然り。


 どうしようもないものは、どうしようもない。


 家族が戦死したと聞かされたあと、俺は必死で敵将を追いかけて、圧倒的不利な状況で兵に犠牲が出ても喰らいついて殺した。


 戦死は誇りを胸に戦った名誉あるもので、状況が不利な場合は次に備えるために馬鹿みたいに追いかけちゃいけない。


 そう言われていたし、止められていたし、めちゃくちゃ使用人とかその辺が少ないのは正直言って俺の責任だったりする。


 だったとしても、それでも今まで一緒に過ごしてきた家族が亡くなったのはやるせなかった――


「――どれだけ当たり前だと教育されてたとしても後悔はするんだよ。でも、そう思えるほどに愛して育ててくれた周りの人には感謝してて、その時、まだ残ったみんながいることに気が付いた」


 ブレイブ領を見下ろしながら言葉を続ける。


「何もなくなったわけじゃないし、まだ残ったものがたくさんある。だから俺はなりたくもない貴族を頑張ろうと思うし、行きたくもない学園に行こうと思ってるんだよね」


 シナリオ的に、この国は色んな厄災や戦火に見舞われる。


 戦いの場になったり、魔物の災害の舞台になっているというのに、ブレイブ領は聞いたこともない領地で脇役以下の扱いだ。


 抗いたい、この運命に。


 愛した家族が、第二の故郷が、クソみたいな展開の踏み台にされしまうのを何とかしたいのが俺の胸の内にしまっていた大事な決意だった。


 まっ、言わないけど!


 世間体的にはブレイブ領を守るためってことにしてあるので、恐らく領民たちにとって俺の株は上がりまくりだろうほくほく。


「……何も残ってなかったとしたら?」


 俺の話を聞いて、アリシアは言う。


「生まれてからずっと自分が成すべきことだって教えられてきて、でももう二度と叶わないものだったとしたらどうするわけ?」


「死んでないなら残ってるよ」


 感情的になって少しだけヒートアップするアリシアにそう言っておく。


 彼女の心の中には、まだ元婚約者である王子様が残ってるらしい。


 王子と婚約してから人生の全てをそこに費やしてきたようなもんだし、状況をどう受け入れようとも簡単に振り払えるものではないんだ。


 これは予想だが、そういった強い使命感とか恋心とかが魔虫で暴走して、とんでも悪役令嬢は生まれてしまったのだろう。


 愛と憎しみは切っても切れない関係にあるのは、どの世界でも同じことのようだ。


 うーん、なんだか失恋した気分だな?


「残ってない! 過去の私は死んだんだから……公爵家としての私は……だからこの捨て地に……ごめんなさい失言だった」


 右目の火傷の痕に触れながらそう溢したアリシアは、ハッと気が付いたように俺の方を見るとすぐ顔を伏せた。


 今のアリシアは新しいアリシアだからこの地で心機一転してみては、とは軽い気持ちで言えない気がする。


 こういった問題の折り合いなんて一生つくもんじゃない。


 家族を失ってしまった俺だってそんなもんだ。


 事実は事実として男らしく背負っていくしかないのだが、何と答えればいいのかわからないな?


 攻略対象キャラは複数いるので、どうにか頑張って王子様から別の攻略対象ルートに流してアリシアを元鞘に納める協力をしてもいい。


 悪役令嬢ルートをそのままなぞる様な形だが、ゲームとは違って俺が居るので恨みつらみに取りつかれるようなこともなく、彼女ならば実力で証明できるのではないか?


 ああでもダメか。


 結局主人公が後々聖女認定されてしまう。


 王子様のご慧眼がどうたらこうたら言われるだろうし、それを邪魔したアリシアの立つ瀬がさらに無くなってしまうのが目に見えていた。


 つ、詰んでる……?


 こうしてうじうじ頭を悩ませてる状況に何となく腹が立ってきてしまうのは、ブレイブ家の血筋みたいなもんだろうか。


 よし単純に考えよう。


 セバスも言っていたじゃないか、不器用なんだから等身大でぶつかるのがいいんじゃないかって?


 素直な気持ちをぶつけよう。


「アリシア、俺がこの先ずっと君を守るよ」


「……はあ?」


 いきなり何を言い出すんだ、みたいな風に目を丸くするアリシア。


 どう考えても正しいルートは、彼女を傍に置いておくこと。


 掴んで離さないこと。


 破滅回避もそうだが、単純にそうしたかった。


 葛藤も何もかも、運命に翻弄される姿も何もかも、俺と似ているように思えて、守りたいと素直に思ったんだ。


「公爵令嬢としての君が死んでるなら、今目の前にいる君はブレイブ家に嫁いで来たアリシアだよね」


 黙ったままの彼女に小指を差し出す。


 異世界でも指切りげんまんは約束の象徴なのだ。


「だったらこれだけは約束できる。必ず守るって」


 領地や家族を守れなくて何がブレイブ家か。


 その誇りを胸に俺は今を生きるのである。


 知り合ったばかりの男女の中に愛なんてあるはずもなく、俺の言葉は浮ついた男の飾り文句のように聞こえるかもしれないが、しっかりとした理由があって本心なのだ。


「今朝から思っていたのだけど、本当に突拍子もない言動が多いのね」


「いやあ……どうにかこうにか気を使った言葉を探してみたんだけど、ブレイブ家の男児ってこういう状況には慣れてないし、思ったままのことしか言えなかったよ」


 ブレイブ家は貴族に向いてないって、よく思う。


 いち兵士の家系だったらどれだけ楽だったかと。


「……ふふっ」


 頭をかく俺を見て、アリシアはくすっと笑っていた。


「やっぱりおかしかった? 言ったことないセリフだったしなあ……親父や兄さんたちは背中で語るようなタイプだったから……」


「実はね、私も面と向かって言われたのは初めてなの」


「え、公爵令嬢なら色んな人から言われてると思ってた」


「突拍子もなくそんな言葉を吐くタイプは煙たがられるものよ?」


 歯の浮くようなセリフ回しが、貴族なんじゃないのか?


「くそぉ……今後学園に通えばセバスが良い嫁探してこいとうるさいだろうからと密かにしていた練習が無駄になってしまった……」


「なにその馬鹿みたいな練習」


「だって元々三男で他の貴族と関わることもなかったんだから仕方ないじゃないか、ブレイブ家はそっち方面はからっきしだし」


 地味にショックだった。


 アリシアが嫁いで来ていなかったら、学園に通ってすぐナンパ師扱いされるところだったのだ。


 頭を抱える俺を見て呆れたような溜息を一つ吐いたアリシアは言う。


「でも、嫌いじゃない。わかりやすくて」


 そのはにかんだ笑顔は、とんでもなく美人で思わず見惚れてしまった。


「確かに貴方の言う通り、複雑に考え過ぎてたかもしれないわ」


 ブレイブ領を見下ろしながら彼女は呟く。


「ちっぽけ、ちっぽけよね。無くなっちゃった過去に縋りついて、いつまでもうじうじしているなんて……」


「ま、人間そんなもんだよ」


「でもブレイブ家では、そういうのはご法度とでも言うのでしょう?」


「うん、1回は仕方ない、でも次からは切り替えていくことが是」


 素直にそう告げると、彼女は小指を俺に差し出した。


「これから私と一緒に学園に戻ると、たぶん貴方もたくさんの視線を集めるでしょうね。正直居場所なんてないだろうし、敵意や害意も多いと思うのだけど……それでも守ってくれるのかしら?」


「そういうのは得意だから、任せて」


 白くて綺麗な指と俺のまめだらけで汚い指が繋がる。


 なんか良いな、これ。


 もう王都は王都で勝手にラブロマンスを繰り広げておいて欲しい。


 俺は彼女と運命を共にするから、うん。


 そこで思いついた。


 この約束を確固たるものにするべく、第三者に誓いを見てもらおう。


 俺の言葉が口だけじゃないって証明するために、そして俺ができる最高のロマンチックな愛情表現として、あいつを呼ぼう。


「アリシア、ちょっと待って今の誓うところやり直したい」


「……はあ?」


 少し不満気な表情になってしまった。


 不味いな、しかしここだけはしっかり誓っておきたかったのだ。


「ちょっと待ってね今呼ぶから――オニクス!」


 名前を呼ぶと、空から巨大な黒竜が傍に降り立つ。


 早いな?


 まあどうせこっそり俺のことを見ていたんだろうしそんなもんか。


 道中魔物が一切出なかったので、恐らくそんなことじゃないかと薄々思っていたのである。


「何用だ、ラグナ・ヴェル・ブレイブ」


「何用って見てたからわかってるだろうに」


 艶やかな黒い体に白い横縞ラインの入った黒竜の名前はオニクス。


 友達だ。


「俺が彼女を生涯かけて守ることを誓うんだが、見届けてくれ」


「竜の前で誓うか……違えば何を意味するか分かっているな?」


「わかってるさ」


 もし誓いを反故にすれば、竜にその身を渡す。


 つまるところ、食われるってことだ。


「破る気もないし、お前もお前でそれの方が都合がいいだろ?」


「好きにしろ」


「よし! アリシア、生涯かけて君を守る、竜に誓って」


 了承を得られたので、改めてアリシアを向き直ると彼女は白目を剥いて卒倒してしまった。


「あ、あれ……?」


「気を失ってしまうとは軟弱な小娘よ。まあ誓いは一人で立てても良いから見届けたということにしておこう、ではさらばだ」


「あ、うん」


 それだけ告げてバサバサと山脈の向こう側へと飛び立ってしまうオニクスである。


 竜に誓うなんて御伽噺みたいでロマンチックだと考えたのだが、まさかこんな結末になるなんて思いもしなかった。

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