6.大自然デートしてみた

 ブレイブ領は近場に巨大な山脈を持ち、貴重な薬草や鉱山が多く存在している。


 豊かな自然を前に、どうしてこうも貧乏なのかと言えば魔物がうじゃうじゃいるからだ。


 とんでもない数の魔物に加えて、隣国も定期的に攻めてくる。


 そのせいで開拓は進まず、むしろ定期的に魔物が増えすぎて災害になるのだ。


 超絶危険な森なのだが、その代わり人の手が入っていない大自然がたくさん残されている。


 王都では見たことも聞いたこともないような植物や鉱石もあった。


 いつかは魔物を根絶やしにして現代知識チートを用いてこの世界に一旗揚げてやろう、とは思ったけど高度に文明が発展しているわけでもなく、戦いしか知らない三男坊の俺が自然に勝てるわけもないのである。


「人の手に負えない、それがこのユーダイナ山脈なんですよ」


 一緒に山の中へとやって来たアリシアにそう説明すると、彼女はげっそりしていた。


 獣道を歩いてきたのだからそりゃ疲れもするか?


 しかしながら、ここまで来れるとはさすがは高等教育を受けた公爵令嬢と言える。


 余計な思考ができないように疲れさせる目的だったが考えを改めた。


「そ、そんな危険な場所に連れてきて、どうするの……」


「婚約者を殺すなんて真似はブレイブ家の恥ですからしませんよ」


 むざむざ逃げ出した男ならいざ知らず?


 もっとも、殺すと決めてしまえば面倒な真似はせずさっさと殺す。


 周りに恐怖を与えるためだけの殺しもあるが、対一でそれをやっても無駄無駄。


「歩こうって話もこんな山の中じゃなくて街だと思ってた……他にお店だったり、自然を利用した特産品だったりの紹介とか……」


「ハハハ、そんなもんないですよ」


「えぇ……」


 セバス直伝のセバススマイルを見せると、アリシアはどっと疲れたような顔をしていた。


 俺に対して笑顔を作る時、こんな感覚だったのか。


 少し楽しい。


「ここへ来る途中見たでしょう、街には基本的に荒くれ者しかいないですよ?」


 冒険者という存在が多数いるが、目的は観光ではなく魔物だ。


 彼ら向けのサービスは、華やかなものよりも実利のあるものになる。


 飯が食えればいい、酒が飲めればいい、武器の手入れができればいい。


 装備を買えればいいし、討伐して得たものを売買できればいい。


 とりわけ治安の良い連中でもないし、観光事業なんて栄えない。


 金持ち貴族は怖がってこないだろうし、来たとしても絶対面倒なことになるのが予想できる。


 金を積めば戦役でも引き受けてくれるので楽だから良いけど。


「下手に領地を飾っても、今更荒くれた連中には受け入れられないですし、敵から魅力的に思われれば被害は増えますし?」


 じゃあ何故小競り合いが続いているのかと聞かれれば煽ってるからだ。


 そうすることによって他に戦力が行かないように上の連中が仕向けている。


 だから王都は平和なんだ。


 確証はないけど、国家間で秘密裏に取り決められてると俺は考えている。


 その代わりに高級ではない豚の餌みたいな食料支援とか武具の融通とか、冒険者向けの支援は揃っている。


 ハハ、ガス抜きで人が死ぬんだぜ?


 なんとも可笑しな話だ。


 ゲーム内の秩序というか、舞台装置を動かすためだけに犠牲になっている。


 そんな気がしないでもない。


「あー、でも誰が生き残るか誰が死ぬかの賭け事は人気ですね」


「そ、そう……」


「一か月前に俺の親父が戦死することに賭けて儲けた奴がいたとか」


「……」


 すごく嫌な顔になったが、まあ事実だから仕方がない。


 でも話題の振り方間違えたかな?


「女性に対してする話題じゃないですね、失礼しました」


「い、いや大丈夫。それがこの地で普通なら……」


 なんだか無理やり馴染もうとしてくれているっぽいので言っておく。


「普通ですけど、あんまりここの普通に馴染むのもどうかと思いますよ」


「なっ! せっかくこの地を受け入れようとしているのに!」


「受け入れようと思って受け入れられるほど、甘くないですしハハハハ」


 息まくアリシアを笑う。


「な、なんなの貴方……」


 ここまでの道中、あまり口数が多いわけでもなかったがぽつりぽつりとそれなりに話をしてきた。


 王都の学園で何が起こったのかなんて聞けるはずもなく、ここは10年くらい前に一回全部燃えました、とか、この石壁の黒ずみはドラゴンのブレスで影まで燃え尽きた酔っ払いの痕です、とか、俺の知ってる街の情報をあたりさわりなく話していた。


 アリシアは、俺の話に黙って耳を傾けて時折馬車の窓から視線を動かしてくれて、興味が一切ない感じではなかった。


 だいぶ困惑していたけど、まあ初めてにしては上出来ではないか?


 さすがに違うか?


「はぁ……」


 額の汗を拭い溜息を吐きながら樹木に背中を預けるアリシアに言う。


「俺だって未だに受け入れてないですし、受け入れたら死にます」


 ここは大量の魔物がいて仕方ないし、ここは隣国が攻めてきてみんなが殺されるのは当たり前だ、なんて受け入れるもんじゃない。


 どっちかと言えば抗っている、生きるために。


「ただ、深く知ることは大事です」


「深く知ること……」


 ブレイブ家流の物事の捉え方だ。


「敵も味方も同じ大地の上を生きる者同士なのだから、侮らず過信せずどちらも深く知り備えよ――生き残りたければ」


 彼を知り己を知れば百戦殆からず、って言葉と同じだ。


「アリシア様、基本的には受け入れがたい土地柄でしょうが、深く知ることでまだマシになりますから」


 何のために戦うのか、誰のために戦うのか。


 どうして勝ったのか、どうして負けたのか。


 知ることは大事だ。


 家族が戦死したこの状況で大した悲しみを持っていないのはそこが理由だ。


 みんな誇りを胸に抱く、そしてそれを貫くために戦って散っていった。


 それを知っているからだ。


「知った上でみんなここで戦ってますよ。全部自分で決めて」


「そうね……住んでる方々の顔つきも見ていたけど、話に聞いていたような場所じゃなかった……」


「悩んだ末の決断を、ブレイブ領の者たちは笑わないですから」


 不思議なことに荒くれ者でもそういう部分は大事にしてる。


「まーた何か湿っぽい感じになっちゃいましたね? 笑って済ませて良いですよ。生き死にを賭けて笑い話にするようなところですし?」


「笑えって言ったり笑わないって言ったり、意味不明ね……」


 愚痴をこぼすアリシアだが、少しだけ顔つきは柔らかくなっていた。


「それだけ刹那を生きてるってことですかね?」


 俺としては領民のみんなは貯金とか老後の蓄えとかやっといて欲しいしけど、いつ死ぬかもわからない土地柄だから金遣いが荒い。


 大雑把だが、ご近所同士で助け合って生きていくこの土地が嫌いじゃないって感じである。


「あ、もうすぐですよアリシア様」


 喋りながら山を登って、息も荒くなってきたアリシアの手を引く。


 白く柔らかく軽い。


 もう少し健康的な方がブレイブ家的には良い女性とされる。


 食べさせよう、肥えさせよう。


「ハァハァ……山に入ってからもうすぐってずっと言い続けてる貴方の言葉は信じれないわよ……ハァ」


「本当にもうすぐですよ。公爵家では山登り崖登りなんてやらないと思うので、慣れてないだけです」


「……慣れたいとは思わないわね」


「でも慣れてしまうのが僕たち人間ですねぇ……」


 異世界ファンタジーだ、なんて息巻いて、その現実は血みどろの世界で、人の命はとことん軽いときたもんだ。


 現代社会シティーボーイだったはずが、知らない内に慣れちゃったんだよねぇ、悲しいことに。


「気の抜けた表情をしてるところ悪いんだけど、早く引き上げてもらえる……?」


「おっと、すいません」


 崖を上る途中、手だけ握って宙吊り状態のアリシアを忘れていた。


 それだけとんでもない異世界転生劇だったって話なのである。


 今のアリシアと同じように顔面蒼白だったなあ。


「わ、ぁ……」


 崖から引き上げると、アリシアがそんな声を漏らしていた。


 正面にはまだまだ高くそびえる山脈があるが、振り返ると今まで俺たちが歩いてきた森とその先に広がるブレイブ領を一望できる。


「俺のお気に入りに場所です。どこにでもあるような景色で、王都と比べて見劣りするかもしれませんが、俺は好きなんですよね」


 山の中腹からの風景だが、それなりに高さがあるので余計に建物とか川とかが小さく見えて箱庭感があるんだ。


 逆に何もないのが良いんだよな?


 前世でストレス社会を生きてきたせいか、こうした風景には心を洗われるような気持になる。


 いつかパラグライダーを作ってここから飛び降りてみたい。


 領主になったのだし、作ってみるのも一興か?


「アリシア様。歩いてきてお腹も空いてるでしょうし、ここで軽食を取りましょうか」


 胸の位置で手を握りしめ、ずっと黙って景色を見つめているので軽食を取ることを促すとアリシアは呟いた。


「ちっぽけ……ね」


「ですよね、ここから見える建物って小さすぎて指で弾いたら簡単に崩れそうですよね。あ、ちなみに向こうで崩壊してる民家はギガノトスっていう魔物が本当に指で弾いて壊しましたよ」


「……そういうことじゃないわよ」


 違ったのか。


 ブレイブ家流魔物ジョークだったのだが、乙女心はわからないもんだ。


「ラグナ様、貴方に一つ聞きたいのだけど」


「呼び捨てで良いですよ。様付けで呼ぶ人いないので慣れてないです」


 セバスのせいで坊っちゃんが浸透してるからね。


 家督を継ぐのにみんな様付けにしないんだ。


 呼び捨てだった家族はもう死んだし。


「なら私のことも呼び捨てで良い、敬語もいらない」


「いやさすがにそれは」


「ここだとちっぽけなことなんでしょう?」


 そんなことを言うアリシアは少し笑っていた。


 必死に取りついていた魔虫がぽろぽろと落ちていくのは良い傾向か。


「それもそうか」


 と、素直に呼び捨てすることを決める。


 敬語は、公の場以外では使わなくても良いってことにしとくか。


「ねぇ、ラグナ。散々悩んだ上で決断したとして、その結果を受け入れようと決意したとして、それでもどうしようもなく後悔してしまった時、貴方ならどうする?」


 笑顔は消えていて、魔虫が息を吹き返したように這いずっている。


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