5.公爵令嬢を外に誘ってみた

 次の日、休暇を貰った俺はさっそくアリシアを誘うべく部屋の前に立っていた。


 部屋をノックする前に、しっかりドアの前にいる魔虫を払っておく。


 屋敷の隙間から入ってきやがって、何度来ても一緒だぞ潰すだけだ。


「うーん……いきなり行っても気持ち悪いか……?」


 食事もまだ一緒に取る仲じゃないし、拳を突き合わせたわけではない。


 では何を切っ掛けに仲良くなればいい?


 俺は知っている。


 学園では、お茶会とかいう交流パーティーがあることを!


 真似事をしてみようじゃないか。


 朝から優雅にコーヒーを飲んで朝食を取りながら会話する。


 女の子はみんな大好きモーニングだ。


「アリシア様、おはようございます朝食です」


 ノックをしても返事がない。


 ここでガチャッと扉を開けてしまえれば楽なのだが、相手が女性だとそうもいかないのだ。


 ドンドンドン! メキメキメキミシミシミシ!


「みんな大好きモーニングですよ! 一緒に食べましょう!」


「起きてる! 起きてるから入って! ドアが壊れる!」


 良かったちゃんと起きてるみたいだ。


 死ぬ勇気もないカスみたいな貴族と違って、ちゃんと教育された良いところの才女なら覚悟を決めて自害することもあるだろうと心配していたのだが大丈夫っぽい。


「失礼しまーす」


 朝食を載せたワゴンを押して部屋に入ると、アリシアはまるで囚われた姫の様に静かに椅子に座っていた。


 少しげっそりとした表情で俺を睨んでいる。


「乱暴ね、ドアが壊れたらどうするの?」


「壊れたらまた直せばいいんですよ。ブレイブ領なんてしょっちゅう壊れますからね。おかげで修理が上手になりました」


 子供の頃は家のあちこちが破壊されるなんて日常茶飯事。


 戦争が始まれば近隣の村は焼け野原になることも多い。


 魔物の暴動でも簡単に。


 それでもブレイブ領を生きる人々は、まさに雑草のようなしぶとさを持っている。


「そ、そう……」


「そんなことより! ささ、朝食です」


 生き残りこの屋敷に残った侍女から持って行って差し上げてくださいと言われた朝食はハムサンド。


 こんなに柔らかいパン、俺の朝食には出ないよ。


 ブレイブ家の男児は基本的に魔物を食べさせられる。


 毒だが、幼少期から食べなれていれば意外といけるもんなのだ。


「そんなことよりって……」


「女性と朝食を共にすることなんて初めてですので無作法もあるかとは思いますが、その都度ご指摘いただけると幸いです」


 ワゴンからテーブルへとサンドウィッチを載せた皿を移し、コーヒーを淹れる。


「ミルクは入れますか? 砂糖はどうします? 女性は甘いコーヒーがお好きだとブレイブ領では言われておりますが?」


 ずっと黙っているので喋り倒していると


「……わからない」


 アリシアはそう一言だけ呟いた。


「飲んだことないの、だからわからない。家では紅茶が普通だったから」


「そうなんですか」


 コーヒーを飲まないなんてもったいない。


 この世界には普通に安く流通しているはずなのだが?


 むしろ紅茶が高過ぎて買えないからウチはずっとコーヒーである。


 貴族的には、コーヒーなんて安物よりも高級な紅茶が良いって話か?


 ダメダメ紅茶じゃ力でないよ。


 朝からカフェインぶち込まないと書類仕事なんてやってられないのである。


 不眠不休で戦う時もあるからね?


 ブレイブ領じゃ安いコーヒーは強さの源さ。


「紅茶を準備できなくて申し訳ない、何せ辺境の田舎領地なもので」


「……気にしてない」


 アリシアは、そう言ってコーヒーに何も入れずにグッと飲んだ。


 郷に入っては郷に従えとはよく言うが、それを実践する人は少ない。


 文句を一切言わずに飲むとは、中々良い女じゃないか。


「ゴホッゴホッ、に、苦い……」


 そしてせき込む。


「いきなりブラックで飲むからですよ……最初は甘いコーヒーで行きましょう……」


 飲みなれてないとそんなもんだよな?


 俺だって飲みなれてない紅茶は好きじゃない。


 飲みなれている物を出したいとは思うのだが、紅茶は支援の対象外。


 辺境ではべらぼうに高いので我慢してもらうしかない。


「……甘い、これなら」


「甘くないコーヒーは、飲みなれてない方が寝る前に飲むと眠れなくなるので注意してくださいね。うーん、このまろみ」


 お気に召したようなので、俺もコーヒーを味わう。


 書類仕事をする際は朝からブラックコーヒーを飲むが、俺は根っからの甘党だ。


 もうミルクだかコーヒーだかわからない甘ったるい飲み物を飲むのが好きである。


 異世界生活、こんなに辛いんだからコーヒーくらい甘くていいだろ?


「食べて少ししたら人を寄越しますので着替えて外にでもでましょう。部屋に籠りっきりというのも身体にも心にもよくありませんからね」


 辛い時は運動して忘れるのが一番だ。


 復讐心は魔物にぶつけたって良い。


 どれだけ殺しても湧き出てくるからね?


「……気になっていたのだけど」


 カップを片手に俺の顔をジッと見ながらアリシアは問いかけた。


「何故、使用人がいるのにわざわざ貴方が朝食を持ってきたの?」


「何って、人手不足だからですよ。必要とあれば使用人も戦いますし、それでほとんどが戦で死んでしまいましたからね」


「……そう」


 普通に告げるとアリシアは息を飲んでいた。


 ここが捨て地と呼ばれる理由を実感したのだろう。


 心配しなくてもいいさ。


 ブレイブ家は最前線に立つ義務があるが女性はそうじゃない。


 もっとも、立ちたいのならば立てばいい。


 そういった女性はこの地ではかなり好まれる。


 だから――


「――アリシア様、貴方は立派だ」


 彼女の左目付近に掛かった髪を持ち上げて、火傷を見る。


「っ」


 思い出したくない傷だろう。


 だから彼女は少し拒むのだが、俺はそれを認めている。


「ここでは誇りを胸に戦った証で、勇気の象徴ですよ」


「ぅ……」


 死ねば終わりだ、だが生き残った。


 ブレイブ家では、死のない敗北は負けではない。


 しぶとく生き残り、また立ち上がることこそ誉れである。


「もちろん俺にもありますしね」


 前髪を捲って額の傷を見せた。


 幼少期にオークにやられた額の切り傷は、未だに残っている。


 あの時、俺は戦いの恐怖を知って、克服して、今があるんだ。


「ウチでは傷を否定しない。むしろ誇りに思うんです」


 そこまで告げて、アリシアにとんでもなく顔を近付けていることに気が付く。


 火傷の痕を見るだけだったのだが、顎を掴んで乱暴な扱いだ。


 しまった、頭部に傷を負った兵士を見る時の要領でつい。


「ハハハ、まあでも今回俺が朝食を運んだのはこうしてあなたとお話しするためでもありますよ」


 パッと手を放して話題を変える。


「荒くれ者ばかりの何もない領地ですけど、それでも自然は豊かなので是非とも一緒に歩きませんか? 自然を前に、人の争いごとなんて、この地ではちっぽけなもんです」


「ちっぽけ……」


 そう大自然を前にして、俺たち人間なんてちっぽけな存在だ。


 ドラゴンだって、フェンリルだって、巨人だってそんなもんだ。


 たかが貴族同士の決闘事なんて、さらにちっぽけだ。


「……行く」


 そんなことを考えていると、アリシアはぽつりとそんな言葉を溢した。


「この地を案内してもらえるかしら?」


「ええ、よろこんで」


 少しだけだが、五日前とは違って良い眼をしていた。


 俺の好きな目だった。



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