4.公爵令嬢攻略のために

 アリシアが来訪して五日ほど経過した。


 この間、彼女の動向を観察していたのだが、今のところは大人しく、特に暴れることも悪態をつくこともなかった。


 まだ食事を共にしていないので喋る機会もなく、本人が何を考えているのか一切わからないのだが、ゲームの時のようにろくでもないことを考えてる風ではない。


「あー、うざい」


 この五日間、俺は雑務とともにアリシアの観察と魔虫の駆除に追われていた。


 彼女が歩いた場所には魔虫が落ちている。


 それを見つけては潰し見つけては潰しの繰り返しで、コミュニケーションが一切取れてないのはそれが原因だった。


 魔虫は直接くっつける以外にも魔術を用いて飛ばすことができる。


 本人の髪とかそういう触媒を用いてだ。


 だからだろうか?


 引っ切り無しに魔虫が飛ばされてきて、ビタビタビタビタと屋敷の窓に張り付いてモゾモゾモゾモゾと蠢いている。


「しっしっ」


「苦労しておりますな、坊っちゃん」


 そんな俺の様子をセバスが見ていた。


「見えてるなら手伝えよ、とんでもない数なんだ」


 春先とかに大量に湧いて窓に張り付くカメムシを思い出す。


 カメムシは捕まえると不快な臭いを出すが、魔虫も潰すとちょっとだけ呪いが噴き出て酷く不快なんだよな。


 どれもこれも精神汚濁系の呪いばっかりで辟易していた。


 もっとも、たったこれっぽっちの魔虫でブレイブ家の血筋が呪われることはありえない。


 もっと強い精神汚濁系の魔術を使う魔物とも戦うからだ。


 さらに敵国が外道とも禁忌とも呼ばれる精神作用系の魔術を用いて攻撃してくることもある。


 対抗手段として、痛みによる覚醒方式をブレイブ家は推奨していた。


 痛みの恐怖を乗り越えるというか、そういった死の恐怖を知覚して慣らしておくことで精神作用のある魔術が掛かり辛くするのである。


 訓練によって、俺は痛みに対して非常に強い身体になっていて、腹が裂けたくらいじゃ動じないくらいになっていた。


「良いじゃないですか、呪われた婚約者を旦那様が救う物語ですよ」


「そんなこと言われてもな……」


 ブレイブ家は、代々そっち方面はからっきしだ。


 嫁いできた令嬢だって基本的には絶望してやってくる。


 あの戦闘馬鹿の親父からどうやって俺が生れたのかわからない。


 そんなレベルなのだ。


「今と一緒じゃないですか。先代様も性欲には逆らえませんでしたし? 私からアドバイスをするとしたらですが……そうですね、今は亡き長男様が生れたのは、隣国との決戦で先代様が生死を彷徨う傷を受けてから1年後ですね」


「そ、そうなんだ」


 死にかけた後って……。


 跡継ぎを残すために、どこかしらで生命本能でも働くのか?


「坊っちゃんが生れる切っ掛けは、魔族と一騎打ちして片目を失った時ですかね」


「ああもう、うるさい! うるさいよ!」


 親のそう言った話をあまり聞きたくはなかった。


 血を受け継いでる俺もそんな風になってしまうのだろうか。


 ケ、ケダモノじゃないか。


 今までは捨てられたような格下貴族だったから良いものを……公爵令嬢にそんなことをしてしまった日には、何かの罪をでっちあげられて打ち首になってしまうのでは?


 恐怖だ、恐怖。


 騒ぎを起こして捨て地に嫁がされたとは言え、無礼なことをすれば伯爵家としての立場がどうなるかわからないほどの人物には変わりない。


「では、ずっとこうして魔虫の駆除をし続けるんですか?」


「んぎぎ……」


 相変らず弱いところを的確に突っついてくる執事だ。


 直接つけられたのならばまだしも、魔虫が飛んできてしまうのは本人の心の弱さとかそういった不安定な部分によるところも大きい。


 どこかで立ち直らせなければならないのだった。


「しかし、たった五日前に出会ったばっかりの女性といきなりそんな関係にはなれないってことも事実! この問題は非常にデリケートなんでゆっくり対処する!」


「やれやれ1か月後には関係性も周知され同じ学園に通うというのに、そんなにゆっくり物事を進めていては確実に間に合いませんし、もし何かあれば責任はブレイブ家で取るハメになるかもしれませんよ?」


「ち、ちくしょう! 魔虫が全部悪いんだ! 誰だよこんなにたくさん飛ばしてくるの!」


 潰しても潰してもどっからでも湧いて来る。


 取りつかれない訓練されているとは言え、雑務処理とか慣れない仕事に公爵令嬢との婚姻とかで頭がおかしくなりそうだ。


「……いっそのこと飛ばしてる方向を辿って、殺すか?」


 1か月もあれば、魔虫を辿って場所を特定して殺せる。


 元を断たねば止まらないのならば、元を断とうじゃないか。


「ダメですよ。ブレイブ家が大義名分を得られてませんからおとり潰しです。坊っちゃんは今は亡き先代様の御遺志を引き継いでいく使命がございますから」


 それを言われるとどうしようもない。


「セバス手を貸せ、何とか頑張るぞ。俺はレディの扱いに疎いから、そこは執事としてしっかりサポートしてもらわないと」


「男らしくないですね。私に何を手伝わせるつもりですか? 坊っちゃんは坊っちゃんですからそのまま等身大でぶつかれば良いじゃないですか。変に取り繕っても信頼は得られませんよ」


「一緒にダンジョンにいっちゃダメなんだろう?」


「はい。さすがにそれは危険かと」


「じゃーどうしたらいいんだよおおおおおおおおおおおお!」


 ゴッゴッゴッと頭をとにかく丈夫な机にたたきつける。


 書類仕事とか雑務を多少できるってのは、それは戦い以外の記憶を持っているからだ。


 呆然と働いて暮らしていた現代社会の基礎教育が残っているからだ。


 恋愛?


 悲しいことに前世でもした記憶がないね。


 で、こっちの世界に生まれてからはどうだ?


「3歳から戦いの英才教育を施されてきたクソガキだぞ! 周りと遊ぶ暇もなく! 魔物討伐に隣国の兵士と戦争だ! 兄弟付き合いだって喧嘩か鍛錬! ってか同年代の女の子だってアリシアさんが初めてなんだよ!」


 ハァハァ……娯楽ってなんだよ……。


 年頃の男ができる遊びって魔物を討伐したり、敵国間者を見つけて殺したり、そのくらいじゃないのかよ。


 知ってるよ、ブレイブ家が一般世間からかけ離れてることなんか。


 だから頑張って何とかしようとしてるんじゃないか、できるだけ穏便にと。


「でもこうもウザったいと本当に我慢の限界を迎えそうだ……」


「まあそう殺気立たないでください。これを切っ掛けに街に遊びに出てはいかがでしょう? いつまでも部屋に引きこもっている訳にもいきませんからね? 坊っちゃんが傍にいれば魔虫の対処も容易でしょうし」


「えっ、いいの?」


「連日働き詰めでしたし、そろそろ休養を取っても良いと思います」


 やっとこの雑務から解放される時が来た。


 心待ちにしていたもんだ。


 ダンジョンに遊びに行けないのは少しもったいないが、ブレイズ家のためである。


 頑張って公爵令嬢様を喜ばせるとしますか。


「セバス、ちなみにこの町で見るべきものとかあるのか? なんか観光できるものとかそういう類の。俺は知らないけど実はあったりとか?」


「ないですよ」


「だよな」


 我が領地ながら、とんでもない。


「どこへ行っても荒くれ者たちのたむろする遊び場くらいしかありませんね? 賭け事などは盛んにおこなわれていますが、どの冒険者が死ぬかを賭けているらしいです。ちなみに先代が戦死して大金を手にした者もいたとか」


「とんでもないな。で、誰だそいつ教えろ殺すから」


「もう処分しておきました」


「あっそ」


 うん、やっぱりとんでもない。


 でも、ここではそれが普通だった。


 人の命はとことん軽く、だから他の貴族に捨て地と呼ばれている。


「まあ一応自然は豊かだし? 安全な場所に連れてって見るよ。ブレイブ領の魔物がうようよいる雄大な自然を前にすれば、価値観だって変わるはずだ」


「都会のうら若き令嬢様が、何もない場所を楽しめますかね?」


「ねえ、なんで一々そういう事を言うんだ?」


 こいつは本当に性格が悪い。


「厳しく育てよ、と先代様から言い使っております故」


「クソ!」


 次の戦や魔物の暴動でセバスが死ぬのに大金を賭けてやる。


 俺はそう固く胸に誓った。


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