2.公爵令嬢アリシアとは
俺、【ラグナ・ヴェル・ブレイブ】はブレイブ家の3男として生まれた。
3歳の頃に自分が転生者であると知る。
前世でプレイしていた乙女ゲーの世界に転生してしまった存在だと。
しかし、現実は無常なり。
乙女ゲー世界だというのに、3歳で魔物や人の殺し方を学ぶ殺伐世界。
そんな中でも俺は多少の希望を見出していた。
ストーリー上、バチバチの戦いとなって王都は戦火に包まれる。
っていうか魔物の暴走とかいうとんでもイベントとか巻き起こって、ブレイブ領はとんでもないことになってしまう。
唯一の希望は、俺が3男であるということだった。
3男に貴族としての責務はなく、いずれは放逐される。
だから夢があった。
鍛え上げた身一つで冒険者となり世界を渡り歩く、そんな夢が。
物語の主人公でも何でもなく、学園のモブキャラですらない。
ストーリーの進行から地理的にも遠く遠く離れた存在。
それ故に、異世界というものを謳歌できると本気で信じていたんだ。
「ラグナ坊っちゃん、身なりを整えませんと」
「……寝てる」
ベッドの上でふてくされていると、セバスが部下の使用人とともに俺の部屋に来た。
「寝てる方は寝てると言いませんよ。可笑しな寝言ですな」
「うわーん! 俺いる? そっちで勝手にやっといてよ」
「婚約破棄されてしまったとはいえ、公爵令嬢様ですよ? 顔を立てませんと」
「うぐぐ」
無理やりベッドからたたき出されて、カチカチの礼服へと着替えさせられる。
この服、動きずらいから苦手なんだよな……?
本当だったら今頃家を出てダンジョン探索を楽しんでいる頃なのにどうして?
領主の仕事をしながら学園に行くだけでも辛いのに。
つーか、途中から入学するって、それはもうボッチルートが確定してるってのに。
公爵令嬢が嫁ぎに来るなんて聞いてない。
一応、公爵令嬢がどんな人物かは知っている。
名前は【アリシア・グラン・オールドウッド】。
透き通るような銀髪でスラッとしていて巨乳の美女でさらに才女。
悪役令嬢扱いだから成績が悪いとか、落ちこぼれだとか、そういうわけでもなくずる賢い才女だった。
そりゃそうだ、王子様の伴侶となるべく幼少期から英才教育を施されてきたのだから、別のベクトルで俺と同じようなもんだ。
でも性格が終わってんだ。
選民思考で主人公のことを「平民の分際で立場を弁えなさい」やら「仮にも学園では身分は関係ないとしても、一歩外に出ては貴族と平民であることを学びなさい」とかなんとか凄い怒声で罵っていたのを覚えている。
他にもいじめるセリフに多種多様なバリエーションも多く、よくもまあこんなことができるなあとは思っていたのだが、まあ仕方ないよな?
貴族にはメンツというものが存在し、家の格は絶対的なものなのだ。
俺はこの世界とは違う常識を持っているから平民でも何でも一緒だ。
死ねばみんな同じ肉だし?
だが、この世界の貴族はそういった仕来りや伝統などのメンツを重んじるわけで、王族ともなれば平民が結婚できるわけがないのだ。
過去に生きていた日本でも天皇陛下と婚姻を結ぶには国民が納得するような人であることが求められる。
もっとも物語の最期では、主人公の血筋がやんごとなき失われた血筋だったって感じのネタバレがあってみんな手のひらを反すけど、序盤ではそんなこと誰も知らない。
王都激動の歴史は、そういったありがちな展開によって巻き起こされて、ある意味で公爵令嬢は被害者ともいえるのだ。
「セバス」
「何でしょう坊っちゃん」
「公爵家という格上の家に生まれて、王太子のためだけに育てられてきた。そんなのが今、この忙しいブレイブ領に来て何になる?」
「厄介払いと見せしめでしょうね? 婚約を破棄されてしまったと聞きましたが、殿下を繋ぎとめることができなかったのはアリシア様の不始末と判断されたのでしょう。決闘騒ぎまで起こしてそれで見事に完敗してしまいましたから」
「おい、その厄介払いと見せしめにウチが使われているんだが?」
「死亡率が高いですからね、ブレイブ領は」
ウチが馬鹿にされているというのに、さも当然と言った面持ちのセバス。
本当にウチの執事なのか疑問に思う。
「ラグナ坊っちゃん、よくよく考えてください」
「なに」
「公爵様はブレイブ家の状況をよくご存じです。こういった形にはなりましたが、これで公爵家との繋がりが多少なりとも強くなりましたから、ご支援もかなりのものが期待できますよ?」
「まあそれは……」
「家督を生き残った3男が引き継ぐことを周知してから、恩があったのは先代様のみだと言ってご支援を断る方もそれなりにいますから、この縁談はお恵みなわけです。そのおかげで学業に当てる時間も増えますし、割と絶望の淵に立たされたブレイブ家唯一の道筋かもしれませんよ?」
「お前が絶望とか言うのか?」
「割と本気でそう捉えておりますよ。生き残った者たちはみんな存続のために奔走してくれていますから、ほら坊っちゃんも頑張りませんと」
「うぎぎ」
そう考えればマシかもしれないが、地獄なのは変わりない。
でもなあ?
性格が終わってんだ。
でもでもだって、性格が終わってんだ。
主人公のことを「平民風情が」と罵るところは致し方ないとしても、立場をわからせるために苛烈にいじめたり、婚約破棄されても、辺境に送られても、憎しみやらなんやらを抱えて何度も何度も主人公たちの邪魔をするために立ちはだかる。
ゲームの公爵令嬢は、そんな存在だった。
憎しみに囚われた公爵令嬢は、最終的に悪魔と取引をして人ならざる姿になってまで復讐を行うのだが、このままではウチがその騒動に巻き込まれてしまう。
前世でゲームをプレイしていた俺の頭の中には、アリシアの結末が知識として残っている。
結局のところ、破滅しか待ってないのだった。
っていうか俺はそのゲームで一切登場していない。ブレイブ家すら。
どこかでアリシアに殺されているってことだ。ヤバすぎる。
「令嬢様はこの地で一月ほど過ごされた後、坊っちゃんと一緒に学園に戻られる手はずですので、ブレイブ家の男たるものしっかりエスコートをして差し上げてください」
「あ、ああ……」
絶望に頭を支配されて倒れそうになる。
騒動によって性格のねじ曲がった令嬢と一緒に学園にって、それはもはや拷問の類なのでは?
ブレイブ家を存続させるために、その伝手を作るためだけに、貴族にゴマをするためだけに学園に通うつもりだったのだが、何のメリットもなくなってしまった。
「うわあああああああああああああああああああああ!」
「ダメですよ。今から憂さ晴らしにダンジョンに行くのはさすがに許容できませんので」
飛び出そうとした俺をセバスが捕まえる。
そのまま倒されて関節を決められた。
さすがはブレイブ家に仕えている執事だ。
ブレイブ家のガキは子供の頃の英才教育によって、大人でも手に負えない。
だからこそ、そんな子供らの面倒見てきたセバスは強いのである。
「坊っちゃんの考えるようなことはわかっておりますからね? 令嬢様をダンジョンに連れて行くのも認めません。不慮の事故などが起きてしまった場合、本当にブレイブ家はつぶれてしまいますから」
「はいぃ……」
どうやってこの運命を回避すればいいのだろうか。
今すぐにでもダンジョンに逃げたかった。
女の相手をしているよりも敵兵や魔物の相手をする方が楽である。
皮肉なことに、俺はそういう風に育てられてきたのだから。
「時間ですよ」
セバスに立たされ、服に付いた埃を叩かれ連れ出される。
貴族の三男として生まれて、乙女ゲーとは一切関係ない立場にあって、自由気ままに剣と魔法のファンタジー異世界を謳歌するつもりがどうしてこうなった。
「どうしてこうなったあああああああああああ!」
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