婚約破棄された悪役令嬢が辺境モブ貴族の俺の家に嫁いできたのだが、めちゃくちゃできる良い嫁なんだが?
tera
公爵令嬢がうちに来た編
1.プロローグ
俺――【ラグナ・ヴェル・ブレイブ】は田舎貴族としての雑務に追われていた。
「クッ、クソクソクソ! どうしてこうなった!」
書類に目を通して然るべき場所にサインを書き続ける。
終わることのない引継ぎ書類。
面倒くさすぎる作業。
印鑑とかあれば話は変わるのだがそんな文化はない。
封蝋はあるが、特別な信書くらいにしか使わない。
「朱肉はどこだ! あっても良いだろ剣も魔法もあるんだから!」
そんなとんでもファンタジー世界で朱肉すらない。
誰も気づかなかったのか?
腱鞘炎になるぞ。
いや、腱鞘炎になっている。
回復魔術でごまかして、不眠不休で作業しているんだ。
もう色んな感覚がマヒしてきた。
麻痺系の毒を持った蟻の魔物に噛まれた時を思い出す。
「ダメ親父のクソ親父、何で死んじまったんだ……」
書類と向き合いながら悪態を吐いた。
俺が慣れない書類仕事に忙殺されるハメになったのは、約1か月前に起因する。
国境を接する敵国に攻め込まれたのだ。
運悪く、そこに魔物の暴動も加わって、俺が加勢する間もなく親父は戦死した。
ついでに言えば、長男も次男もそこで戦死した。
そうして、生き残った三男の俺が辺境の領主を継ぐことになってしまった。
「冒険者にでもなって、適当に暮らすつもりだったのに!」
15歳から貴族の倅どもはみんな王都の学園に通うハメになる。
だがそれは次男までであって、三男は対象外だったのに……。
こんなめんどくさい領地運営もしながら学園生活もしなきゃいけない。
無理だ、無理過ぎる。
せっかくダンジョンとかある世界なんだから冒険者になりたかった。
ダンジョンに引きこもってハチャメチャな人生を送りたかった。
俺と同じ世代には、もうとんでもない奴らがいる。
今は家族の葬儀とかで入学を遅らせている状況だが、もう良いじゃないか。
このまま忘れてましたってことにして入学を断ることはできないものか。
「できないだろうな……」
そういった仕来りを破ってしまえば、他の貴族の支援を受けられなくなる。
ブレイブ領は、豊かな資源を持つがかわりに魔物だらけだ。
敵国と隣接していて、小競り合いもしょっちゅうである。
その代わりに魔物の素材はたくさんあったり、冒険者も多数いて、そう言った流れ者向けの商売はかなり盛んなのだが、自給自足能力が皆無だった。
「森林付近を開拓して農地にしても、ゴブリンとかオークが荒らしに来るしな!」
生きていくには食料がいる。
この書類を見ていて察するが、その重要な物資を他の貴族に頼っていた。
魔物や敵国を食い止める代わりに、みたいな感じである。
「ともかくやるしかないか……」
学園で他の貴族の倅たちにゴマをすりながら領地運営。
できるのか?
1から10まで全部魔物や敵を殺すために教育されてきたんだが?
そんな血みどろの領地なんだが?
俺は、ブレイブ領が他の貴族からなんと呼ばれているのか知っている。
捨て地だ、捨て地。
自分で言ってて悲しくなってきたが、まあそんなもんだ。
ブレイブ領で、人の命は軽い。
俺なんか父親や兄弟を敵国に殺されておきながら悲しむこともできない。
「ラグナ坊っちゃん、重要なお話がございます」
愚痴をこぼしながら猛烈な勢いで書類仕事をしているとドアが開いた。
姿を現したのはブレイブ家の執事【セバス】である。
執事は全員セバスなのか?
そんな疑問を思うのだが普通に名前がセバスだ。
「手伝えセバス。あと坊っちゃんじゃなくてラグナ様、な」
「まだ正式に継いでおりませんので。それに領主様が目を通さなければならない書類ですので、いち家臣の私に頼まれましても」
「チッ」
思わず舌打ちが出てしまった。
まあこいつもこいつで死んでしまった前領主や兄弟たちの葬儀で忙しい。
うちと関係があった他の貴族たちへの対応もやってもらっている。
おかげで面会というクソめんどくさい作業をせずにいられているのだ。
これ以上、何を求めるのかって話もわかる。
言い方が鼻についてムカつくけどな。
「それで、何?」
「ブレイブ家にも一応それなりに書類仕事のできる血筋が居たことに驚いています」
「そんなことを言いに来たのか?」
親父は確かにこういう仕事は無理なタイプだ。
だから兄弟たちが手分けしてやっていたし、専門の使用人が居た。
もっとも、軒並み戦死である。ちくしょうめ!
悔しがっても仕方はない。
覚悟していたことだった。
少し悲しい気持ちもあるが、俺たちはそんなもんだと教えられてきた。
早いか、遅いか、ただそれだけなのである。
「実は坊っちゃんに縁談の話が来ております」
「縁談? いくら何でも唐突過ぎないか?」
セバスの言葉を訝しむ。
領主になることは、そういった話も舞い込んでくるのは理解していた。
ただ、捨て地と呼ばれるブレイブ領への縁談はみんなが嫌がる。
それだけ危険で忌み嫌われた土地なのだから。
「長男と次男の婚約者なんて、面すら見せないだろ?」
「ご挨拶にいきましたら、なんともホッとしておりましたね」
「……殺すか」
バキッとペンを握りつぶし圧し折る。
民を守って死んだ兄弟たちの誇りを傷つけられた気分だった。
「ダメですよ坊っちゃん」
代わりのペンをセバスが持ってくるのだが、やけに準備が良い。
やれやれと肩をすくめながらセバスは言う。
「つながりが無ければ立ち行かなくなってしまいます。気に障ったから殺すだの言ってはいけませんよ?」
「どうせどこにも出せない女たちだったんだろ?」
だからうちに嫁がされた。
そんな連中、殺してもとやかくいわれない。
表向きは怒るが、不良物件を処理してくれたって内心ホッとするさ。
「話がずれたが、縁談の方はいったい何をしでかしたタイプ?」
本題に戻る。
「見ての通り、うちは色んなことが積み重なって超忙しい。わかるだろセバス、それを理由に適当に断ってくれないかな?」
セバスの言う通り、いずれは嫁さんについても考えなければいけないのだが早過ぎるとは思わないか?
「俺は、後処理が終わったらブレイブ領からそこそこ遠い学園に赴かないといけないわけだ? たくさんの貴族が通う学園でゴマをすって、休みの時期には帰ってきて領地運営だぞ?」
厄介な魔物や敵国への対処は、予めやっておいたから少し時間に余裕はあるとは言えど、領地と学園のことでいっぱいいっぱいだ。
擦切りいっぱい、どこぞの女と婚姻してる場合じゃない。
「無理だ断ろう。うん、断腸の思いで断っておいてくれ」
「断るのは無理です」
即却下とは、もう少し言い方があっても良いだろうに。
「セバス、俺は休む時間なんてないんだ。1年もすればまた魔物が増える。さらに傷の癒えた敵国がまた懲りずに攻め入ってくる可能性とかもあるんだからな?」
「坊っちゃん。今回の縁談に関しては、武具や食糧支援をどの貴族よりもやってくださる――【オールドウッド公爵家】からのものなので」
「はあ!?」
セバスの言葉に、持っていたペンを思わず落としてしまった。
「ああ、新しいペンが! って、意味が分からん! セバス、うちの爵位を言ってみろ」
「宮廷階位上級5位で伯爵ですね。一応公爵家とも婚姻は可能ですよ」
「辺境をつけろ辺境を」
爵位を聞くだけならば、それなりだ。
しかしここに辺境という頭文字が入る。
それだけで、たったそれだけでブレイブ家の領地は捨て地の異名を持つのだ。
魔物の対処や敵国との小競り合い。
それを引き受けるためだけに用意されたような、そんな爵位でもある。
そもそも爵位的には可能だが、基本的に上位貴族との婚姻なんてあるわけがないのだ。
「それがなんでまた公爵家から……あっ」
そこで俺はこの世界がどんな世界だったか、を改めて思い出した。
この世界がどんな世界なのか知っている。
前世にて、たまたまプレイしていたゲームと同じ世界なのだここは。
そう異世界転生。
前世で俺は日本という国に生きていて、どこかで死んだ。
死んだ理由とか名前は思い出せないのだが、事実だけ覚えている。
3歳の時、オークに頭を殴られて昏倒した時に思い出したんだ。
最初は変な記憶があると戸惑ったもんだが、王国の名を聞いて察した。
――ああ、これは異世界転生だと。
すっかり忘れていた。
異世界転生だなんてワクワクしたものだが、現実は俺の想像した物とは違っていたのだからさもありなん。
3歳で魔物の狩り方や人の殺し方を教え込む家系だぞ、当たり前だ。
来る日も来る日も魔物との戦闘、でたまに敵国との小競り合い。
生き残るために必死に毎日を頑張っていれば、いつの間にか15歳だ。
「確かに……そんな時期だった……世代も一緒だし……」
「坊っちゃん、何かご存じで?」
「何でもない!」
首を傾げるセバスの前で、頭を抱える。
確か、女の子主人公が才能を見出されて学園に通い、そこで王子様やら攻略対象のイケメンと出会い恋仲に発展していくゲームだった。
乙女ゲーという奴だ。
何故乙女ゲーをやっていたかって?
それは知らん、記憶にないから思い出せない。
いやでもマジで、俺の前世はどうして乙女ゲーをやっていたんだ?
まさか乙女だったのか?
さすがにそんなことはないか、前世の記憶では明確に男だった。
さて、ゲームの話に戻る。
丁度1か月前くらいに、素敵な王子様と主人公は出会っているはずだ。
王子様には幼いころから婚約をしていた公爵令嬢がいて、そんな自分を差し置いてイチャイチャする王子様と主人公に嫌がらせを行う。
その嫌がらせが割と早めに露見し、王子様を賭けた決闘が行われ、負けた公爵令嬢が婚約を破棄されてしまうという一大イベント。
有りがちなイベントだ。
その後、決闘に敗北してしまった公爵令嬢は、諸々の責任を取らされ辺境の貴族の家に嫁がされて死んでしまう。
作中ではそんなことが語られていたのだが……。
「それウチだったのかよおおおおおおおお!!」
俺の叫び声はそんなに大きくない屋敷にこだました。
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