第3話 金玉(きんぎょく)ねぶちぐさ
「これを返してもらおうと思ってきたんだがな」
「冷泉さん、このまま哲佐君に磨いてもらえればいかがですか?」
「そのほうが面白そうだな」
「待てぃ。どういうこったそれは」
冷泉は悪巧みでもしたかのように、口の端をニヤリと上げる。
「こんなに削れてちゃ、今更別のやつに磨いてもらうのも半端だろう」
「お前が磨けっつったんだろ」
「そらあそうだがこんなに綺麗に磨くとは思わなかったからな。おい山菱。お前この中に何か見えるか?」
「何って馬か魚じゃないのか?」
「馬ぁ?」
「冷泉さん、そんな話もあるんですよ」
「ふぅん? 魚というのは俺も聞いたことがあるんだがな」
長崎から出発しようとする異人が逗留先の宿の壁に青い石が埋まっているのを見つけ、それを是非に譲ってくれという。
大金を出すと言うが、手持ちがないから預かって欲しいというのだ。
宿の主人は了承したが、3年経って音沙汰が無いので石を割れば、中から赤い魚が出てきた。
翌年に異人が戻ってきて嘆くには、あの石を磨けば中の魚が透けて見え、これを朝夕見れば寿命が伸びるそうだ。
「それは最近のバリエーションですね。長崎だけでなく京や茨城など、いろいろなバージョンがありますよ」
「おい鷹一郎、石の中に魚っつうのはよく聞く話なのか?」
「ええ。中には綺麗に洗おうとお湯をかけて中の魚を死なせた話もあります」
「そりゃ、湯などかけりゃ死んじまうだろうよ。で、どれが本当なんだよ」
鷹一郎は眉を顰めた。
「本当もなにも、というところでしょうか。この日の本にこの話を最初に持ち込んだのは
長崎の町人、
「簡単なことだが石を1つ抜けば石垣が崩れるのでな、
ところが久左衛門の返答に唐人は金子百両を取り出す。
「普請の費用も出すのでやってはくれまいか」
けれども久左衛門は悪知恵がまわり、断った。唐人が出船後にその石を掘り出したが、磨かせてもそう変わることもなく、光も出ない。2つに割らせれば中から水が出て、その中に金魚のようなフナが2匹いた。久左衛門は欲をかいて失敗したと後悔してこの石は捨てた。
その後唐人がまた訪れて、今度は金子を千両出した。久左衛門は後悔して顛末を告げる。
「なんということを。私がこの度数千里の波濤を越えてやってきたのは、この石を求めるためです。千両で足りなければ三千両まではと思って持ってきたのに」
唐人は涙ながらにそう述べた。久左衛門はあまりの額に気になって仔細を問う。
「この石をすって水際一分の間において磨けば、底から光が起こって誠に絶世の美玉となる。特に直径
「ふむ、確かに俺が聞いた話に似ているな」
気がつけば、冷然はすでにゴロリと寝転がり、懐から取り出した青臭い匂いのするものを飲んでいた。
「それ以降、馬の話は本邦ではたち消え、魚の話として各地に伝わったのでしょう」
「それにしたって7寸5分とはでかいな」
「物語にしたときに石垣に挟むにはそのくらいがよかったのでしょうね。けれども原典の龍駒石は柿の大きさとのことですから、ほら、その石」
冷泉が細っちろい指先でつまむ石は、確かにその程度の大きさだった。つるつるとこする冷泉のその指先の危うさに、思わず喉がなる。いや、けれどもこの石はもともと冷泉のものだ。俺にどうこう言える筋合いはねぇ。
「この石はどちらで入手されたのですか?」
「……
なんとなく、その冷泉の答えからは嘘だなという香りがした。
それがわかっているように鷹一郎は柔らかく微笑む。
「冷泉さんは何か見えますか?」
「俺に見えるわきゃねぇだろォ。妙につるつるしてんなとは思うが、青いかどうかもわからん」
冷泉は目が弱く色がよく見えぬのだ。だから大きな色眼鏡をかけている。
「せっかくですから賭けでもしますか。この石の中に何が入っているかを」
鷹一郎がひどく悪戯げな顔で冷泉を見やれば、冷泉はニヤリと笑って答える。
「いいぜぇ。でもここで言っちまっちゃぁ興醒めだ。紙に書いて結論が出たら開こうじゃないか!」
「宜しいでしょう。では何を賭けましょうか」
ひどく嫌な予感がした。
「じゃぁ俺が買ったらそこの山菱を一日タダ働きさせる」
「では私もその条件で」
「ちょっと待てぃ! 何だその俺が一方的にに損な賭け事は!」
「おや? 哲佐君が勝てば私と冷泉さんが哲佐君のためにタダ働き致しますよ?」
「ざけんな! だいたい俺とお前らとは頭の出来が違うんだよ!」
なんか言ってちょっと悲しくなった。けれどもそもそも鷹一郎には阿呆みたいな博識と、冷泉にはこの石の来歴についての認識がある。どう転んだって俺に勝ち目はない。
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