第4話 ひたすら、磨く
「労働対価を考えろォ!」
「労働対価だと?」
「土御門や俺を自由に一日動かすのにかかるコストとお前が一日で稼ぐ金の差だァ!」
言葉の刃が俺の心と懐を抉る。確かに俺はしがない日雇い人足だし、鷹一郎は陰陽師なんてヤクザな仕事で馬鹿みたいに儲けてるし、冷泉はこれでも租税官吏で神津南の開発を一手に引き受け、唸るような金を扱っている。
「まあまあ冷泉さん、哲佐君をそんなにいじめないであげて下さいな。そうですね、では哲佐君が中身を選ぶのは石を磨ききった時、でどうでしょう」
「何?」
「石を磨いているのは哲佐君ですから、きっと何か見えるかもしれません」
それであれば、勝てる見込みはあるのだろうか。流石に際まで削ればそれが何かはわかるんじゃないか。昔話の石は全部、面白おかしく割れているが、そもそもその中身の魚だか馬だかを鑑賞するものだろうから。
「それに私も冷泉さんも哲佐君が死ぬような事は頼んだりしませんよ」
「お前はいつも死ぬ間際みたいなことを頼むじゃねぇか」
「でも一日です。そうですねぇ、通常の日雇い日当はお支払いしましょう」
否定しねぇのかよ。
「仕方ねぇ。俺も懐から出してやる。微々たるもんだ」
こいつもうぜぇ。だが俺が判断するのは磨ききってからだ。こいつらを一日思うままに出来るなら、それは随分溜飲が下るだろう。
「わかった」
その直後の二人のニタリという笑いと、二人が何の迷いもなく答えを紙を認めたことから、わずかに後悔した。俺は負けはせずとも勝てもしなさそうである。けれども後の祭りだ。
いや、俺が磨き上げて、当てればいいのだ。心にヨシと気合を入れる。
「ぉし! 三日後の夜にここに来る。それが期限だァ!」
冷泉が威勢のいい声をあげるが、ともあれ既に夜は更けた。いずれにしても削るのは明日のことだ。
翌朝。
豆腐売りの呼び声と共に起き出して、
「気合が入ってますね」
「やはり朝はガツンと食わなきゃな」
ハッキリした味の方がどしんと気合が入るのだ。鷹一郎にまかせてはおけん。
「哲佐君のお味はやはり濃いめですねぇ」
「湯を入れればいいだろ」
「お出汁まで薄くなるじゃないですか。ご飯も進みますし、たまには良いでしょう」
なんだかんだ鷹一郎は全部食うもんだから、まあ好みから多少離れるという程度の話なのだろう。
食事が終わればいよいよ石削りだ。
とりあえず、眺める。心なしか、昨夜よりしっとりとしている。ぐるぐると回して眺めても、灰青色といった風情だ。これを光輝くまで磨くのか。しかし一つ問題がある。どこまで磨いてもいいのか、だ。何が入っているか分かるまで、とりあえず最も薄い部分と同じ色になるまで削ろう。
ざらり、ざらりと表面をぬぐい、その都度日に
そうしてまた、ザリリと撫でる。棒ヤスリとは違い、布で磨くのは遅々とした作業だ。けれども僅かずつ、確かに薄く青く染まっていく。そしてその表面はしたりしとりと湿っていく。そうして灰色が薄くなる。
「鷹一郎。何かはいるが、何かはわからん」
「そうですか。ではひょっとしたら、ものすごく小さいものか、透明なものかもしれません」
「何? それじゃお前らはハズレじゃないか」
「そうかもしれませんね」
鷹一郎は興味を失ったように、その視線を再び手元の本に落とす。石は磨かないとそれが何かはわからない。鷹一郎もそう言っていたじゃねぇか。それに見ている俺でも何かはわからぬ。流石にこいつらとて、千里眼は持ち合わせてはいないだろう。とすれば、ギリギリまで削れば俺が勝てるかも知れねぇ。こいつらに一泡吹かせられるなら、そう思うだけで気分がいい。俄然、やる気も出てくる。
そうしてとうとう、光に翳せばその外縁に僅かに石の影がうすらと浮かぶ。この微かな影が、おそらく水との境界線だ。それをそりそりと丁寧に磨けば、これでもうこれ以上はないほど薄く磨きあがっていた。
「鷹一郎、できたぞ」
「本当に見事ですねぇ」
息も絶え絶えにその石を掲げれば、その内側は日の光を反射してあふれるように美しく輝き、その内側にふわふわと織を成す。けれども馬も金魚も見えなかった。ただ、その内側に何かが蠢いているのは感じた。
「それでそれは何ですか」
「わからん……」
「それでは賭けになりません。不戦負です」
「ちょっと待て、考える」
「これは考えてわかるものではないように思われますがね」
紙と筆を渡される。
考えろ、考えろ。外しちゃいけない。けれども俺には何も見えない。いや、何かが揺らぐ影が見える以上、何かがいるのだろう。幽霊だとか、あるいは俺に見えない類の妖かもしれない。鷹一郎や冷泉には見えるような。いや、冷泉はお化けは見えなかったっけな?
間違えない、間違えない。間違わなくていいもの、そうだ!
俺は思いついた単語を紙に書付けた。
「冷泉が来るのはどうせ夜だろ、俺はそれまで寝る」
「その前に風呂屋にでもいってきたらどうですか。昼とはいえそのままでは風を引きますよ」
いわれて気が付いた。極度の緊張で体が汗でぐっしょりと濡れていた。もう秋も深まり、欄干からは木枯らしが吹きこんでいる。近くの
慌てて手ぬぐいやらをまとめて土御門神社に向かえば、既に宴会が始まっていた。
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