第7話 ユヅちゃんが自分のクビをかけて友達のお父さんを助ける
休憩中にサフランと二人で病院のコンビニでお買い物。サフランが聴診器や時計、体温計などが欲しいと言い出したので、仕事に使うであろう備品を買ってあげる。
レジで清算してもらうとレジの金額表示がみるみるうちに高くなっていく。
ぐぐ…。ぐぐぐ…。だいたい、あたしの給料って今どうなってるのかしら⁉ サフランの世話役って二十四時間勤務なのよ!
それにサフランの給料も謎! サフランの活躍でこの病院、何百万儲けを出してるの⁉ それって保護者が預かるべきじゃない⁉
怒り心頭でレジを眺めていたら、買った覚えのないプリンがバーコードを通された。一個、四百円もする高級プリンだ!
斜め後ろを振り返るとサフランがニヤニヤと笑っている。
「ヒヒヒヒー!」
勝手に買い物かごに入れたわね! それは昔、あたしがお母さんに散々やって怒られまくった攻撃だわ!
く、くーっ。やられてみると精神的ダメージと怒りがハンパないわ…!
レジの清算が終わってあたしは黙って病院の外へと歩いて行った。後ろに付いてくるサフランが。
「ユヅちゃん、怒らなかったからえらい」
と褒めてくれた。嬉しくないわよ。
あたし達はベンチに座ってサフランがプリンを開けてスプーンで食べ始める。
「おいしーい! ユヅちゃんちの冷蔵庫のプリンと味が全然違うよ!」
そりゃ向こうは特売で三つ百五十円のプリンだもの…。
芝生の上で寝転んで遊ぶ親子連れを見ていると心が和む。…平和だ。心に何の葛藤もない…。食べ終わったサフランがご機嫌で言った。
「最高にうまいプリンだったぜ! また頼むぜユヅちゃん!」
「サフランってたまに男の子みたいなしゃべり方するわね?」
「これはライオンさんの真似ー!」
「ライオンさんの手紙と違って全くイメージできないんだけど?」
「ライオンさんがそのままの口調で手紙を書いたらね、『これを読んでる異世界のあんた! 俺はサーキス! サフランのことよろしく頼むぜ!』ってなるよ。ライオンさんが言うにはそんなの書いたら読まれずにポイされるって。だからへりくだって手紙を書いたんだって」
ライオンさんってちょっとアホなのかしら? あたしと同じぐらいの知能指数っぽい。親近感が湧いてくる…。
あたし達は病院の玄関に戻り、外来患者の受付ホールを横切ろうとするとふいに声をかけられた。
「はーい、ユヅキ!」
あれあれー? あたしの友達の奈美恵だ! 外でのスポーツが好きで年中、肌が焼けている。そして車椅子に座った男性に付き添っている。グレイロマンスの渋いおじさま。年齢的にたぶん彼女の父親だ。
「こんにちは。お父さんと一緒に病院?」
「そうだよー。父ちゃんが頭が痛いって言うから連れて来てやったの。そしたら、自分で歩けないって言うから車椅子を借りて。大げさだっつーの! えっと、そっちのかわいい女の子は誰?」
「私、サフラン! ユヅちゃんの友達!」
人見知りしないわねー。友達かー。なるほど。
「こんにちは、サフラン! あんたお人形さんみたいだね! …でね、ユヅキ。父ちゃんは頭が痛いからって、脳神経? 内科? …で診てもらって頭痛薬もらって今日は帰るところなんだ。よかったら今度一緒に遊ばない? サフランも!」
彼女のお父さんは終始無言で頭を抱えている。そこに手のひらをかざしたサフランが呪文を唱え出した。
「アハウスリース・フィギャメイク…」
「え、なになになに?」
うわ、奈美恵が引いてる! どん引きだ! そりゃそうよ! 初めて見る人はちょっと気持ち……。でも、サフランが何かあるって思ったんだ! とりあえず静観しとかないと!
「…テュアルミュールソー・リヴィア・
奈美恵のお父さんの頭に手をかざして、その中を観察したサフランが少しして言った。
「クモ膜下内に
「え? クモ膜下って? クモ膜下出血とかよく聞くやつ? 何でわかるわけ?」
「サフランは魔法が使えるの! お父さんにもう一回受診してもらう! 奈美恵はそこに座ってて! 診察カードを貸して!」
お父さんの名前は瀧口隼人さんね、よし! あたしは車椅子のグリップを握ると小走りで走り出す。尻目に奈美恵が力なくベンチに座る姿が見えた。サフランが横から付いてくる。彼女は不安でいっぱいの顔をしている。病巣を理解しているのがよくわかる。
これは脳神経内科の誤診か見落とし、または検査不足。たぶん後者だろう…。どうしたらいいの⁉ 無駄だと思ってもサフランと相談したくなる! でも駄目! 自分でどうにかしないと!
クモ膜下内の
そしてその後がたいへんだった。数年間、
今では普通に立って歩けるけど、口から食べ物を摂取することを苦手としている。食べ物を飲み込めないらしい…。喉に穴が空いたままなので入浴などが危険だ。そこから水が通れば肺に水が溜まって死んだりする…。
奈美恵のお父さんの、
「瀧口さん? MRAっていう機械に頭を通したりしました?」
「あ…、な、何のことかわからない…」
とてもきつそう…。質問に答えられない…。これはまた脳神経科に行けばいいの⁉ いや、先生方に言ってもプライドが高いから、ヒラの看護師の言葉なんか聞く耳も持たないわ! 一度出した診断をくつがえすわけがないわ! これは既成事実を作るしかない! 私は車椅子を押しながら二階の画像診断センターへ急いだ。
画像診断センターの外に診療放射線技師の水谷さんが歩いていた。身長高めの男性技師だ。
「水谷さん、こんにちは!」
「ああ、こんにちは。星山さん。それから、その子は噂の総山サフランちゃん。初めまして。で、どうしたの?」
「質問! こちらの患者さんは瀧口隼人さんって言う方。さっきMRA検査受けた?」
MRA検査というのは血管をレントゲンみたいに透視する機械のこと。
「えー? 受けてないよ」
脳神経内科の先生はおそらく脳内を詳しく見ることができていない。
「受けさせて。今すぐ」
「は? 馬鹿じゃないの⁉ オーダーが来てないのに、そんなことできるわけないじゃない⁉」
「サフランが魔法を使えるって知ってるわよね? それで彼女が瀧口さんの脳内に
サフランが続いて言った。
「お願い、このおじちゃんを助けて…」
技師の水谷さんは迷っているようだった。
「あの、星山さんはサフランのことを信じてるんだ…。じゃあ、いいよ。俺は君達から脅されたってことにする。やらないと魔法でこの部屋ぶっ壊すぞって言われたって報告するよ。星山さんはもしかしたらクビになるかもよ」
「いい! 全然、いい! ありがとう!」
*
瀧口さんの手術は無事に終わった。頭を切り開く手術だったけど、サフランが付いている手術に失敗なんてありえない。魔法のおかげで回復も早い。ICUのベッドで頭に包帯を巻いた滝口さんがもう目を覚ました。
「父ちゃーん! 起きた! よかった! 父ちゃーん!」
奈美恵が号泣している。
「ううぅっ、ありがとうユヅキ! あんたの友達も最高だよ、サフラン! うわーん!」
「えへへ」
サフランはニッコリと満足そう。
あの後、あたしは脳神経内科をすっ飛ばして脳神経外科の先生に手術の必要性を訴えた。目の前の患者と、脳の写真があったため、それを無視することは誰にもできなかった。これで内科の先生の面目は丸つぶれ。内科と外科って昔ほどではないけど、院内政治などで隔たりがある。あたしの介入によってそのパワーバランスは崩壊したはずだ。
そして、あたしとサフランは休憩室で待機を命じられた。今回のことを病院の偉い人達で会議することになったのだ。
「ああ…。どうせクビよね…。ま、奈美恵のお父さんを救ったんだから本望よ…」
サフランはイヤホンをしてあたしのスマホでオズの魔法使いの続きを観ている。あたしの苦悩なんか知るはずもなく、小さい画面の中に夢中だ。
明日からどうやってサフランを養っていこう…。職安に行かないと…。えっと、あたしのアピールポイントは…『同居人のサフランを使って魔法で人の怪我を治せます!』……それじゃあ、サフランだけ雇えばいいわよね…。
ああ! 今気が付いたけど、ここの病院のWi-Fiってサーフェスウェブだけの閲覧が可能でディープウェブは見られないんだった! 簡単に言えば、あたしのスマホがWi-Fi無しでアニメが垂れ流しなの! それも一時間も経過してる!
「あたしのデータ容量が⁉ ギガがなくなっちゃう!」
「なに、ユヅちゃん⁉ 今いいとこなんだよ!」
サフランからスマホを取り上げようとしていたところに看護師長が休憩室に入って来た。
「あら星山さん。全く緊張感がない態度ね。クビを切られないとでも思ってたかしら? 患者さんを救ったのは素晴らしかったけど、今回はスタンドプレイが過ぎたわよね」
「す、すみません…」
サフランがあたしの前で大の字に体を広げてかばうように言った。
「ユヅちゃんを辞めさせないで!」
サフラン…! なんて優しい子! ありがとう!
「ふふふ…。でね、星山さん。今回の件は不問になりました。脳神経内科の先生方はおかんむりですけどね。あと、これからあなたの判断で画像診断センターを使う時は私に報告してください。それと始末書だけは書くように」
や、やった! クビがつながった!
「星山さんだいたいね、あなたの利用価値ってサフランが
「にひひー」
ちょっと⁉ サフランがふらふらと師長の方へ歩いて行く!
「待ちなさい、サフラン! あなたスマホを持っても操作ができないでしょ⁉」
しばらくして奈美恵から、お父さんは後遺症もなく元気。という連絡をもらった。
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