第6話 ユヅちゃんがイケメンの男性看護師から屋上に呼び出される
サフランと病院内を歩いていて前々から思っていたこと。今日はそれを口に出してみた。
「あのね、病院を歩いていたら頭を怪我したり、腕に包帯を巻いたりしてる人とすれ違うじゃない? サフランってそういう人を見かけたら片っ端から回復魔法をかけるって思っていたけど、あなたはそうしないじゃない。それはいいことだと思うけどね、理由ってある?」
「それでは質問! 仮にだけど、ユヅちゃんが僧侶だったとします。回復呪文が使えます。その日はいっぱい呪文を使って回復呪文があと一回しか使えません。そんな常態で友達が腕を骨折しました。そして、その隣には出血多量の猫ちゃんがいます。ユヅちゃんはどちらを助けますか?」
「そ、それは、明日になればマジックポイントが回復してるんでしょ⁉ それなら友達には一日ぐらい我慢してもらって猫を助けるわよ!」
「じゃあ、死にそうなお母さんと死にそうな友達。どちらを優先しますか?」
「お、お母さん…」
「それなら次の質問。ユヅちゃんは王様との約束でその日は王宮で王様を治す約束をしていました。道中、怪我をした人達が大勢いて、僧侶のユヅちゃんに群がって助けて助けてって言ってきました。全員助けると王様に唱える回復呪文はありません。ユヅちゃんはどうしますか?」
そんなことになったらあたし泣いちゃう…。どうしたらいいの…。答えがないままサフランが続けた。
「これは僧侶系の人達から、一番はライオンさんから出題された質問なの。子供の私は何でそんないじわるな究極の選択みたいなことを言われるかわからなくてよく泣いてた。
でも、それは必要なことだった。僧侶という職業は時としてつらい選択を迫られる時がある。だから常々考えてないといけないことなの。
それも二択で答えを出すのではなくて知恵を使って第三の答えを探すこと。
ちなみに最後の質問は、私が道端で怪我した人を治して、王宮にはライオンさんに行ってもらうって答えたら、ライオンさんは嬉しそうだったよ。
一番大事なことは一日で回復呪文を使い切らないこと。重大な怪我人を治すために」
意外なことを考えてるんだ…。僧侶って何でもできて楽しそうって思ってたけど、そんな苦しみがあったのね…。ライオンさんもつらい経験をしたのかしら…。
「ユヅちゃんの最初の、何で私がすれ違う人を治せないのかって質問の答えだけど、そういうこと。私にはここの患者さんを誰を優先して治すべきかわからない。それはユヅちゃんや先生達が決めること。たぶん、みんな一生懸命に考えてる。私の気まぐれで通りすがりの人を治すと本当に助けなきゃいけない人を助けられないでしょー! でも、私の判断で呪文を使う時は使うけどねー!」
*
あたし達が消化器内科の前で待機しているとサフランが言った。
「ちょっとトイレに行きたいー」
「うん、いってらっしゃい。ここで待ってる」
サフランがトタトタとトイレに向かって歩いて行く。あたしがポケットから出したスケジュール表を眺めているとふいに隣から男の声がした。
「やあ、星山さん」
男性ナースの一条さんだ。あたしの同期。ふわりとした髪型が今日も決まっている。つぶらな瞳に高い鼻。女性でもまず見ないぐらいお肌が綺麗。一言で言ってイケメンだわ!
「こ、こんにちは、一条さん。な、何かご用かしら…?」
「星山さん、今日の夕方時間ある?」
「あるような、ないような…」
「ちょっと話ができないかな? 五時半に屋上で会いたいんだけど」
「い、いいわよ! 行くわ!」
「ありがとう!」
さっと一条さんは去って行く。美男子は去り際も爽やかだ。そして、少ししてサフランが手を濡らしたまま戻って来た。
「ユヅちゃーん、ハンカチ貸してー。あれ、ユヅちゃんどうしたの? ニヤニヤして」
「なんでもないわよ、ちょっと、ハンカチぐらい女の子は用意しておかないと…」
そう言いながらにやけた顔が元に戻らなかった。
五時二十分頃、サフランを看護師長に預けてエレベーターで上に移動、それから階段を使って登って行く。あたしの足にこれ以上にないぐらい力が湧いてくる!
これはあれだわ! 愛の告白! 一条さんなんて今まで全く意識してなかったけど! あちらは高嶺の花…男性相手にもそんな言葉使うのかしら? 女性看護師の間で一条さんかっこいいなんて話題がいつものぼってるし、あたしなんか相手にされるわけがないからって考えたこともなかった!
きっとあたしがサフランの世話役なんてやりだしたから、あたしが目立って彼の目にとまったのね!
すごいわ! サフランが来てからいいことばかり!
いきなりキスなんて求められたらどうしよう⁉ 式は和風、洋風⁉ 結納なんかどうしたらいいのかしら⁉ 早くから結婚した友達に色々訊かないと!
ドクターと結婚したいから、なんて
でも! 看護師同士の結婚ってすごく現実的なの! お互いの仕事に理解も強いし! 共働きなら貯金もすごく貯まりそう!
あ、
そうこうしているうちにあたしはもう屋上のドアの前。緊張する…。そうだわ、一条さんの告白の言葉を録音しておこう。これを五年後も十年後もたまに彼の前で鳴らしてあげよう。
『やめろよ結月ーっ』なんて言いながら照れるわよ、絶対! スマートフォンの録音機能をオン…。それからクラウドも…。ポケットに入れてと、よし!
あたしは屋上のドアを開けて奥へと歩いて行く。屋上は落下防止のために二メートル以上の高いフェンスに囲まれている。
西日に向かって一条さんが一人たたずんでいた。少し薄暗く照らされた美男子もあたしの目には眩しいものだった。
「来てくれてありがとう!」
明るい声だ。
「ええ。ところであたしにご用って何かしら?」
緊張する。心臓が口から飛び出しそうだ。
「あの…。総山さんって彼氏とかいるのかな…? ちょっと気になってて…」
「え? えーっ⁉」
たったの数秒であたしの恋心がひっくり返って、怒りという感情に取って変わった。こんなことが自分の中でも起こりえるんだ! ただただ驚きしかなかった。
「あのね、一条さんって年いくつ? 一応、確認」
「え、二十四歳だけど…」
「ま、知ってたけど。…で。サフランは十六歳なのよ。未成年。あなたがやろうとしていることは青少年保護育成条例に違反するわ!」
一条さんは口をもごもごして声が出ないようだった。
「まさか! もしかしてわかっててサフランに手を出そうとしたの⁉」
「ち、ちが…」
一条さんがゆっくりとこちらに近づいて来る。危ない! ここは武器で身を守らないと! あたしは『REC』と赤字で表示されたスマートフォンの画面を一条さんに見せつけた。
「近寄らないで! この会話は録音しているわ!」
警告が聞こえないのか、一条さんはあたしのスマホに手を伸ばしてくる。
「アプリの機能で録音と同時にクラウドに音声データを飛ばしてるわ! このスマホを破壊してももう無駄よ! さあ、サフランに手を出さないって誓って。あたしにも仕事以外のことで近づかないで! でないと社会的に抹殺するわよ!」
一条さんはがっくりと両手両膝を地面に付けた。
「わかり…ました…」
勝った! この世に
「う、うえーん」
家に帰ったあたしは膝を抱えて泣いていた。パジャマ姿のサフランがテーブルでポテトチップスをボリボリと食べている。
「あははは!」
テレビ画面にはブリキの木こりが自分の頭を落としてあわてふためく姿があった。サフランのツボに刺さったのか高笑いが止まらない。腹が立ったあたしはリモコンの停止ボタンでテレビを止めた。
「ちょっと止めないでよ、ユヅちゃん!」
「同居人の優しいお姉さんがシクシクと泣いているんだから、あなたは慰めたりしないの? 理由ぐらい訊くでしょ、普通」
「あっちの世界の人達は泣き虫ばっかりだったもん! 大人がつまらないことで泣いてばっかりだったから、訊いても時間の無駄なの。ええっと、このボタン? ぽちっ。あ、動いたー!」
なんて薄情な子なの! 一条さんは中身がこんなお子ちゃまがどこがいいのよーっ!
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