四十六 旅立つ準備

 ライムンドはひどくむくれた顔をしていた。


「私も!私もウラ様とハルト様の試合見たかったです!なぜ誰も声をかけてくれなかったんですか!」

「子供か?」

「まあ私が無理を通すために事務仕事していたなのですが……うう、いいなあ」


 ぶつぶつと文句を垂れる美丈夫というのは中々絵面が面白い。ライムンドは再度大きくため息をつくと、誰を責めても無為なだけですね、と何かを振り払うように手をぱたぱたとさせた。


「ギルドに登録されたとルイスから聞きましたので、報酬はそちらへ。金額は百万レーレとしています。それと、もしよれければこれをお持ちください」


 ライムンドが手渡したのは澄んだ緑色の石がついたペンダントトップだ。雫型の、僅かに魔力が含まれているらしい緑色の鉱石でできていることだけは分かる。


「きらきら!」

「おや、貴女もおわかりになりますか?流石ですね」

「えへへー。わたしね、きらきらとか、ふわふわとか、わかるんだー」

「それはすごい。流石ハルト様のお仲間ですね」


 きょとん、と青い目が瞬いて、次いでヴィヴェカが破顔した。年の割に時折驚くほど大人びた思考を見せる彼女は、ライムンドの言葉を予期していなかったらしい。


 思わぬ嬉しい言葉に、まさしく破顔一笑したといったところだろう。


「もし何か困ったことがあれば、近くの神殿でこれを見せてください。きっと力になれるかと」

「困ったことって?」

「なんでもです」

「随分と雑な……でも有り難く受け取っておく。ありがとうな」

「いえいえ。私も守護神様にお認めになられた旅人様と関われて光栄でしたから。あ、もちろんいつでも立ち寄っていただいて構いませんからね。お待ちしておりますよ。ええ、お待ちしておりますとも」


 二回言った、と隣にいるルイスが若干引いていた。満面の笑顔で念押しするように言葉を連ねたライムンドに思わず苦笑を浮かべると、ヴィヴェカはライムンドとハルトを見比べて首をかしげている。


「というか、ルイスは何できたんですか?スティーブンはともかく、貴方は特にハルト様と関わりもないでしょう」

「もはや暴言だろそれ!一緒に星見の草原の討伐にいった仲だっつの!」

「ああ、その節は世話になった」

「わたしも!わたしもおせわになった!」

「ああ、嬢ちゃんも世話したな」


 騒がしい村の入り口に目を向ける人間はちらほらといるものの、実際に話しかけに来る人間はいない。こうしてライムンドと大騒ぎしているのを見かねて足を運んだのはルイスぐらいだ。


 星見の村はスティーブンというギルドの重鎮がいるせいもあってか、外部からの討伐ギルドの人間の出入りが比較的激しい場所らしい。おかげで、こうしてよその人間がやってきては姿を消していくことはほとんどの村人が見慣れていることとなっている。


 だからいざ出立するとなっても見送りや挨拶に来るのは見知った人間数人だけ。

 別に大騒ぎされたいわけでもないので、ハルトとしては歓迎すべきことではある。


「そういや、一応まだ宿は取ってるんだろ?」

「ああ。ライムンドからもらった金で武器を調達したんでその確認に出ようと思ってたんだ。ヴィヴェカは実際連れて歩くときの訓練」

「くんれん!わたしもね、たたかうよ!」

「やめてくれ」

「むっ」


 ばかにしないでよね、とヴィヴェカがむくれるが、心労の原因にしかならないので心の底からご遠慮願う、と春斗はつい顔を手で覆う。


「なら、後で宿に顔出すわ。俺も渡したいもんがあるんでな」

「ん、ああ。分かった。日が落ちる前までには戻ってると思う」


 そう答えると、そろそろ行くかと草原の方向へ目を向ける。熊の魔物を討伐した以来だな、とふと思い出して目を細めた。青々とした草原が目にしみたような気がして、春斗はゆっくりと瞬きをする。


「行くか」

「はあい」


 さくりと背の低い草を踏みつけて歩けば、ぴょこぴょこと跳ねるようにヴィヴェカが隣を歩いた。気をつけろよ、とお節介な声には右手一つで応えてそのまま歩く。


 小さな花が群生している箇所もある草原はこうしてみれば穏やかで美しい草原だ。星見という名がつくだけあって、ここら一体は夜間には非常に美しい星空を望むことができる。


 凶悪な魔物さえ頻出しなければ、著名な観光地になったことは間違いない。


「うさぎさん!うさぎさんがいるよ!まるやきにすると、おいしいねえ」


 しゅぼっ、と音が聞こえて目を向ければ、ぷすぷすと丸焦げになった角ウサギが目に入った。見るも無惨な姿に春斗はそっとヴィヴェカの肩に手を置いて口を開く。


「無駄な殺生はするんじゃない」

「せっしょう?」

「依頼されていたり、食べるもんをさがしていたり、身を守るためでないんだったら、基本は殺すな」

「まもの、なのに?」

「魔物から見れば人間が魔物かもな」

「――そっか。そうだね」


 ヴィヴェカが青空の色の目を細めて言った。ごめんなさい、と小さい詫びの言葉を焼死体となった角ウサギに捧げて、どうしようとこちらを見上げてくる。


 春斗は少し悩んだ後、風の魔力を軽くたぐる。魔力につられて集まってきた隣人たちが、角ウサギの焼死体を取り巻いては消えていった。


「たべてるの?」

「そうとも言うな」


 『風』という概念はあらゆるものを流れさせる意味を強く含んでいる。既に死んでしまったものを次の場所へ、在るべき場所へと還すのにはうってつけの概念だ。


 そういえば日本でもそんな歌があったな、と思い出して息を吐く。早々に魔物をヴィヴェカが丸焼きにするとは誰も思うまい。


 それにしても、と春斗は青い少女を視界に納めて武器を手に取った。先端には鋭利な両刃の刃物がついている。取り回しのいい槍だ。普段は短剣の形に収めているものだ。


 彼女はどうやら当たり前に魔法が使えるらしい。息をするように、歩くように、当たり前のこととして奇跡をたぐる。


(それなら、何であの時――『くろ』に追われていたときに使わなかったんだ?)


 考えたところで仕方がないことではあるが、気になってしまうのも人の性だろう。


「いかないのー?」


 ヴィヴェカの声に足が止まっていたことに気がついた。ああ、今行くと短く返して右足を前へ動かす。


 今分からなくとも、必要になれば知ることになるだろう。急ぐ話でもない。必要なときに、いつか知ることができれば幸運だ。


 本来の目的を達成するべく、まだかまだかと春斗の少し前を歩くヴィヴェカの歩調に合わせて歩く速度を上げた。

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