二十 迷いの小道
ギルドにはすさまじい怒号が響いていた。それというのも、ルイスが鬼のような形相で討伐ギルドに殴り込みしてきたからである。もちろん怒号の発生源はルイスだ。
「迷いの小道がどういう場所か分からないわけねえだろうが!将来有望な新人になんってことしやがる!」
「ええー。じゃあアンタもギルドの上役に抗議してよ、『スティーブン・シルバーは能無しの出来損ないなので役持ちから下ろしてください』ってさあ」
「そういう話じゃねえのは分かってんだろ!おい!」
対するスティーブンは死ぬほどつまらなさそうな様子だった。それが余計にルイスを煽っているのだが、当人はさっぱり気にした様子はない。
周囲がおびえきっているのに気がつかないほど頭に血が上っているルイスとは対照的に、スティーブンは冷め切っていた。
スティーブン・シルバーは自称能無しの出来損ないであるテイマーだ。若くして王国の討伐ギルドをとりまとめる『役持ち』であることと、数少ないプラチナランクの人間であることから、その自称がさっぱり当てにならないことがよく分かる。
「第一、アンタはハルトが魔法使いだって気がつかなかったんだろ?ならアイツは魔力操作が完璧ってことだ。挙げ句、瞬間的な操作じゃなくて恒常的に魔力を外部に逃さないように操作してやがる。そんな化け物がそうそうあんな場所で死ぬとは思えねーな。あんなの、とっととゴールドにしてプラチナまで押し上げるに限る」
まさか、とルイスが鼻白んだが、スティーブンはただ薄く笑みを浮かべただけだった。
「まー、なんにせよ試験は始めちゃったわけですし?流石のアンタも一人で迷いの小道には行けない。同行できるヤツも今この村にいない。大人しく一週間待つことだな」
そう言い放った男の顔はぞっとするほど色が無い笑みを浮かべていた。
一方の春斗はその辺をうろついていた魔物を片っ端から片付けていた。
春斗は知らないことであったが、迷いの小道は小さく狭く視界の悪い道な上、凶悪な魔物が多いことでも有名だった。
「結界の一つでも張らないとおちおち眠れもしないな、これは」
春斗はもう数え切れなくなった魔物にとどめを刺しながらつい愚痴のようにこぼした。
なるほど確かにかなりきつい試験だな、と心底納得する。あの男、相当に性格が悪いとみた。いや、元々スティーブンの性格がいいとは微塵も思っていなかったが、想像以上に性格が悪い。何がキャンプだ。これではテントの一つも張れないだろう。
いや、魔法がここまで一般的な世界なのだから、簡易結界を張れる魔導具とかあるのかもしれない。春斗はふとそんなことを思い至って、それから一拍遅れて今更なことに気がついた。
ここが剣と魔法の世界であるのなら、別に魔法の研究も魔導具の研究も隠れ忍ぶ必要はないではないか。
(それはいいな。うん、すごくいい)
柄にもなくテンションが上がって、鼻歌交じりに近寄ってきた魔物を殴り飛ばす。
元の世界では魔法使いも魔術師も隠れ潜む必要のある職業だった。隠れる必要もないともくれば、できることがぐっと増えるだろう。
戦闘特化型とはいえ、もともと魔導具も魔法も春斗は嫌いではなかった。環境が魔法という概念を憎ませるようになっただけで、元より春斗は神秘そのものが嫌いではない。
それが誰かを幸福にできるのであれば。
それはきっととても善いことだ。
「ああ、うん。悪くない。何だ、存外いい夢かもな、これは」
上機嫌に棍を振るう。きっと取りこぼしてしまったものを拾うことができるのだと、そんな甘い期待を抱いてしまった。
ぶおん、と風を切る音と共に鈍い打撃音が響いた。既に血のにおいで酷いことになっていることに気がついて、春斗は自身の周囲に魔物よけの結界を展開した。
「浄化よろしく」
ふわりとじゃれるように髪の毛をいじる精霊を優しく人差し指でなでると、自分の魔力を分け与えてやる。
この世界の隣人たちは随分と穏やかな個体が多い、と春斗は意外に思っていた。悪戯好きな妖精、守護と破壊両側面併せ持つ神、あるいは人を憎む土着の神秘といった類いしかいなかった元の世界とは大きく異なっている。
とはいえ、この世界では魔法は一般的なようだし、数は少ないらしいが精霊術士という存在も一定数存在する。はじめから人と共存する道を選んだ隣人は、案外このように愛らしい存在なのかもしれない。
なんだか元の世界の『もしも』を垣間見た気がして、おかしくなってくすりと笑う。決して安全でも腰を落ち着けられるような場所ではないが、静かな迷いの小道はゆったりと思考をするにはうってつけだった。
「……うん?」
そんな風に思考をしていれば、ふと異変に気がついた。
迷いの小道は魔物がやかましい以外は比較的静かな場所だ。現在は襲ってくる魔物を春斗が片っ端から殴殺しているおかげで、魔物も数を減らしいていた。
故に、その僅かな異変に気がつくことができた。がさがさと草や枯れ枝を踏みつける音は魔物のそれではない。聞きなじみのある音は、おそらくは人間が立てたものだ。
息切れを起こして荒くなった呼吸音と、悲鳴を飲み込むようなかすれた声を聞いて、春斗は小さく息を吐いた。
ただの遭難者か、厄介事か。おそらくは後者だろう。こんな場所にただの遭難者がやってくるとは到底思えなかった。
仕方あるまい、見に行こうかと棍を握り直す。試験を終えたら適当に依頼をこなして剣を買おうと決意しつつ、音源へ向かって歩いて行った。
そうしてたどり着いたのは、星見の村の人間ですら知らない、迷いの小道から少しそれた場所にある小さな泉だった。
「お前――」
それは少女の姿をとっていた。
泉から逃げるように這う姿すら絵になるような、美しい少女である。腰まで伸びた髪は抜けるような青色で、恐怖の色を浮かべている目の色も透き通った青色だ。白くはあるが病的ではない肌は傷一つない。
「……あ」
少女はやっと春斗の存在に気づいたらしく、そうっと顔を上げる。幼さを残した顔が、期待と不安でくしゃりとゆがんだ。
その表情に見覚えがあって、春斗は軽い頭痛を覚える。
「た、たすけて。たすけてください」
鈴の音のような声に頭痛が一段酷くなる。春斗はその少女を視界に収めて、浅くなりかける呼吸を必死に整えていた。
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