十九 加入試験
それから一通りギルドの細かな規則を説明してもらい、加入試験の詳細を聞く。
案の定保証金は万が一の治療費や葬儀の費用、場合によっては遺族への資金援助に使用されるためそれなりに高額らしい。
ただし、それで実力者をはじいては仕方がない。そこで生まれたのが『加入試験』制度である。
その場にいる最高責任者、つまり最も実力のある人間が新人候補の実力を測定する。測定した結果、『そうそう死なない』と判断されればブロンズランク以上からスタートすることが可能となっている。
「と、言うわけで僕が試験官。試験内容は試験官の自由です。各ギルドが何を重視しているか違うんでね」
それは確かにそうである。
魔物も生物であるのならば地域によって特性の差があるだろうし、その場所によって討伐ギルドへ求められるものも変わるだろう。
「試験内容は簡単!星見の草原の先、迷いの小道で六泊七日の楽しいキャンプをすること。出来損ないの僕でもできる簡単な試験です」
「……キャンプ?」
「キャンプ。迷いの小道で六泊七日して帰ってきたら合格。簡単だろ?」
言葉だけ聞けば確かに簡単そうだ。言葉だけ聞けば。
やめた方がいいと思いますけど、という受付の男の言葉が頭をよぎる。次いで、ルイスたち討伐ギルドメンバーの星見の草原に対する警戒度を思い出した。
絶対にろくな内容ではない。
少なくとも『簡単』な内容ではないことだけは確かだった。
「ここってさあ、ご覧の通りそれなりに危ない場所に囲まれている上、国境付近ってこともあって、色々アレなんだよね。万が一の時には自分の命を優先してもらわないと困るって感じ?命落としてまで魔物を倒すのは騎士団の仕事でうちの仕事じゃないんでね」
「ギルド、だからか」
「そうそう。あくまで僕らは民間の組織だからね。特性上、そりゃ国のお偉いさんとも関わるけどそれだけ。その辺勘違いしてる阿呆もいるから、こういう試験になるって感じ。オッケー?」
適当に言った言葉に補足してもらえたことに感謝しつつ、別に試験内容がそれなりに過酷であることを隠すつもりもないらしいなと苦笑した。
特に様子が変わらない春斗を面白そうに眺めて、スティーブンはひらひらと右手を持ち上げる。マジでやるのか、と軽薄そうな声。
「生憎金欠なんだ」
「そりゃ一大事。いつからやる?」
「……今からでも構わない」
一瞬自分の装備を思い出して、問題ないだろうと頷いた。スティーブンは紫の目に困惑の色を乗せて、マジで、と念押しするように聞いた。
金欠と言ったが、ライムンドからの報酬が支払われるまで春斗は無一文だ。今から準備をすると言っても、春斗は手持ちの装備を点検することしかできない。
それであれば、今始めようが明日始めようが変わらないだろう。春斗はもう一度頷いて、さっさと席を立った。
スティーブンはそんな春斗の背中を見つめてから、くつくつと喉奥をならすように笑う。
「いやいや、マジでやべーヤツじゃん。ルイスの野郎、過小評価で伝えてきやがったな」
吐かれた言葉の割にスティーブンの口元は弧を描いている。開始終了の立ち会いは必要な試験だからと彼もまた立ち上がって、春斗の後を追った。
個室から出てくれば、にやついたギルド員たちと目が合った。春斗は特段気にすることもなく素通りしようとしたが、耳障りな嘲笑が室内に響く。見るからに非力そうな男が試験を受けるというのが滑稽に映るのだろう。
とはいえ、と春斗は内心でげらげらと自分を笑う人間を嘲っていた。見た目で実力を判断するなど愚かな行為にもほどがある。
特に魔法という技術が一般的な世界であるならなおさらだ。物理的手段でしか攻撃できないのならともかく、魔法に代表される非物理的手段が存在する中でその価値観はいささか問題があると言えよう。
超遠距離あるいは広範囲の破壊、自身の身体能力の強化など、魔法・魔術を修めた者の『奇跡』は多岐にわたる。事前に情報収集ができるのならともかく、初見で見抜くことはほぼ不可能だ。
「マジの強者って感じだなあ、アンタ。腹立つわあ」
「そんなつもりはないが」
「なら余計に、ってヤツだ。あーヤダヤダ。ギルマス連中の中には自分が模擬戦闘をするってヤツもいるけど、全く理解できねえわ」
春斗はスティーブンの言葉についてはあえて何も言わなかった。そればかりは個々人の価値観に依存するものだろう。
そんなやりとりをしていれば、ギルドを出る直前、にやりとした表情の春乃と目が合った。
「がんばれー」
小さいが確かに聞こえる声量でかけられた言葉につい口元が緩む。
春斗が小さく右手を振れば、春乃はなぜかあくどい笑みを浮かべて、大きく右手を振り返した。
「星見の村に現れた超新星!……とか、そんなチープな二つ名は流行んないか」
そんな独り言はついぞ春斗の耳には入らなかった。
そうして星見の草原を通り過ぎて、うっそうとした森に入る。木が茂りすぎたその道は、木陰で埋もれて晴れているにも関わらず随分と暗い。ついでに視界も悪い。なるほど『迷いの小道』に相応しい場所だ、と春斗は頷いていた。
迷いの小道に入ってすぐに魔物に襲われたが、春斗は迷いなく殴殺し、スティーブンはナイフを投擲して素早く仕留めていた。やはり相応に実力者らしい。
「そんじゃあ、今から試験スタートね。僕は村に帰るけど、万が一やばそうだったらその鈴を思いっきり空に向かって投げるか魔力を通して鳴らしてくれ。それが試験リタイアの合図になる」
そう言って手渡されたのは金色の鈴だ。コロンとしていて愛らしいその鈴は、きれいな球体で春斗の手のひらよりもずっと小さい。一般的な鈴よりは大きいだろうが、巨大かと言われれば首を振るサイズだ。特に目立った装飾はないが、かすかに魔力を感じる。
「魔導具か」
「流石魔法使い。僕の従魔サマを呼び寄せるための鈴のスペアだよ。そいつを空に投げればホワイトがやってきて村まで護衛してくれる」
ホワイト、と口の中で転がした。スティーブンの従魔とやらの名前だろう。従魔、なんて言うくらいだから、スティーブンはよくあるファンタジー世界に出てくるテイマーなのかもしれない。
分かったと頷けば、スティーブンもよしよしと頷いた。
「試験の期間は一週間。七日後、日が昇ってから沈むまでの間に村に到着すれば試験クリア。オッケー?」
「問題ない」
実質ここで過ごすのは六日間でいいらしい。スティーブンは春斗が頷いたのを確認すると、じゃあ頑張れよー、と実にゆるい言葉を置いてさっさと立ち去ってしまった。
「……野宿の準備からかな」
何とも締まりのない試験開始である。春斗は緊張感が足りないなと思いつつ、野宿できる場所を探すべく迷いの小道を少し散策することにした。
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