十七 試験官
待っていてくれと言われて入った部屋は簡素な作りをしていた。部屋の中央には大きめの木犀のテーブルが一つ置いてあり、それを挟むようにソファーが設置されている。いくつかの戸棚と、壁に飾られた戦利品とおぼしき品が華々しい。
どことなく小学校の理科室を思い出させて、春斗は思わず苦笑いを浮かべた。流石にそれはないだろう。大方、壁に掛けられた標本や化石のレプリカのそれと重ねたといったところだろうが、流石に似ても似つかない。
とはいえ、そうやって面影を探しているということは、自分もどこかで元の世界を恋しく思っているということなのだろう。それはなんだか大切にしなければならないことのように思えて、春斗は口を笑みの形にゆがめてソファーに腰をかけた。
「あーらら、待たせちゃった?」
「いや、さっき腰をかけたばかりだ」
「それならよかったわー。まーたノワに怒られるところだった、と」
ぼふん、と勢いよくソファーに腰をかけたのはけだるそうな雰囲気の男だった。
明るめの茶色の髪と、深い紫色の目が特徴的な男性だった。髪は男性にしてはやや長く、ボサボサとあちこちに跳ねている。起用に編まれた左の触角はおしゃれと形容すべきだろうか。紫の目は垂れ目であったが、優しげな雰囲気は微塵もなかった。どちらかと言えば、ついつい警戒してしまうような怪しさがある。
男はそんな春斗の様子に気づいているのか気づいていないのか、不意にへらりと笑って両手の平を上に上げてひらひらと振った。
「そー警戒しなさんなって。僕はスティーブン。スティーブン・シルバーだ。ギルド一番の半端ものですよ」
スティーブンは紫色の目を細めて言った。言動が更に怪しさを倍増させたが、彼は特段気にした様子はなかった。
「一応、このあたりのギルドの責任者です。言うほど偉くもないし強くもないけどな!」
「このあたり、ってことはそこそこ上の立場か」
「僕の話聞いてました?客観的に見りゃそうですけどね」
辟易とした表情を浮かべてスティーブンはため息をついた。大げさな仕草とともに三つ編みが揺れる。
よくよく観察してみれば、隙があるように見えて隙がない。立ち振る舞いがより洗練されているとも言える。奇襲向きのそれに春斗は内心感心していた。
「あー、やめやめ!ゆるくやると脱線しそうで仕方ない!」
髪をぐしゃぐしゃとかき乱して、スティーブンは息を大きく吸い込むと、ぱしんといい音を立てながら膝の上に勢いよく手を置いた。
「改めて、僕はスティーブン・シルバー、『王国』の討伐ギルドの責任者だ。今はここを拠点にしてる。で、討伐ギルドの実技試験はその支部の一番えらーい人が試験官をする決まりってわけです。ここまではオーケー?」
「ああ。試験内容は?」
頷いて訊ねれば、スティーブンはせっかちだなとけらけらと笑った。
ここまで話を聞けばおおよそ察しはついてくる。その場にいる最も高い立場にいる人間が試験官を務めること。スティーブンは王国――つまりこの国の討伐ギルドをまとめる相当偉い立場に人間であること。加えて、受付の男性の言葉を思えば想像に難くない。
討伐ギルドというくらいだ。そのギルドの責を追う立場ともなれば相応に腕も立つのだろう。あるいは、それなりに悪辣な性格をしているかのどちらかだ。
もっと言ってしまえば、あくまで試験を受ける立場でしかない春斗は結局言われた内容の試験をこなすしかない。そのあたり妙に潔い質であった春斗は、事前の細々とした説明は後でいいのだが、と首をかしげていた。
「いやいや、流石に最後まで説明は聞けって」
「……言われた試験をこなすしかないのに、か?」
「一周回ってすがすがしいですね、アンタ。全く、うちにもうちの規則ってものがあるんですよ。討伐ギルドなんて場所、命の危険と隣り合わせなんてこと、わかるだろ?たまにいるの、その辺理解しないまま来ちまう大馬鹿ものが」
辟易とした表情のスティーブンに春斗はつい苦笑いを浮かべた。なるほど、それは気苦労も絶えないだろう。組織へのクレームは最終的に責任者にまで上り詰めるのが常だ。それが人命がらみとくればなおのこと。
この世界の命の価値が前の世界と同義であるかはさておくとして、様子を見る限りそれなりに嫌なことはあったらしい。
「分かった、最後までちゃんと聞こう。遮って悪かった」
「ご理解いただけて何よりですわー。じゃ、続き説明しますね」
スティーブンは丸めた紙をテーブルに広げると、ピラミッド図が描かれている部分を示した。問題なく読める文字に内心眉を寄せて、そこにならぶ金属の名前を読み上げる。
アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ。希少度が高い金属ほど上にある。さしずめランク付けといったところだろう。
春斗はその図を眺めてからスティーブンに目を向ける。スティーブンはにやりと口元をゆがめて、理解が早くて何より、と心底嬉しそうに言った。
「何も言ってないんだが……」
思わずそう口にすれば、見りゃ分かりますわ、と軽薄そうな声音で笑われた。先ほどから薄々感づいてはいたが、この責任者、中々適当だ。それでいいのだろうか。
「それでも一応一通り説明はするよ。討伐ギルドは所属するメンバーにランクをつける。大雑把な区分としてアイアンからプラチナの鉱石の名を、更に細かな区分として一から五の数字を割り当てる。数字は大きい方が強い。新入りは基本はアイアンの一から、こつこつ依頼をこなしたり試験受けたりしてランクを上げていってもらう。で、うちの試験ってのはその最初のランクを確認するためのものなわけ」
一息に言って、スティーブンは疲れたように息を吐いた。本当に基本的な話しかされていない。春斗は頷いて、保証金はギルドの運営と有事のために徴収されるのだろうな、と推測する。
その辺の詳しい話は後でもいいか、と春斗は疑問を頭の隅に追いやった。討伐ギルドなんてところに所属するのだから、命の危険がつきまとうことなど織り込み済みだ。
そもそも、この世界で春斗の過去はないと言ってもいい。それであれば、失うものは春斗の命だけだ。これほど気楽なこともない。
「質問だが、なぜ試験はその場にいる最高責任者が行う必要がある?別に、適当な実力者が測定するのでもいいだろう」
そんな質問に、スティーブンはへらりと困ったような笑みを浮かべて口を開いた。
「そりゃあ、たまーにアンタみたいのが来るからに決まってんだろ。下手な実力者を潰されちゃこまるっての」
紫色の目から遊びの色が消え失せて、一気に冷ややかな空気をまとう。
自分が下手な実力者を潰すと思われているのは心外だが、その懸念はもっともなのだろう。とはいえ、春斗からすれば責任者がそれなりに危険だと分かっている仕事を担当するのもどうなのだろうかと思うのだが――それを突っ込むのは野暮というものだろう。
春斗が納得いかないという表情を前面に押し出しつつ頷くと、スティーブンはけらけらとおかしそうに笑った。
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