十六 ギルド
比較的大きな建物を見上げる。ギルドなんて言うくらいだから、こちらで言う組合と似たような機能を持つ組織だろう。
「これから何をするにしても、どこかしらのギルドには入った方がいいよ。特に『異世界人』は」
「身分証か……」
「そういうこと。まあ、ここって日本みたいに戸籍管理しっかりしてないし、言うほど目立たないんだけど、一応ね。腕が立つならなおさら目立つし」
風景からなんとなく察してはいたが、感覚としては中世に近いのかもしれない。
その割に所々で散見される生活用品や衛生状態は現代のそれに近いのだから、どうにもちぐはぐだ。
『羊の崖』だって、どこか汚い居酒屋のような空気感こそあったが、出されたお冷や含めて衛生状態が悪いという訳でもなさそうだ。
何より、牧場がある割に臭いが少ない。普通は肥だめやら何やらでそれなりに臭うと思ったが、と疑問に思ってはいた。
とはいえ、疑問には思っても何か害があるわけでもない。衛生状態がいいのはいいことだし、文明の利器があるのならば何よりだ。
春斗はそのあたり深く考えないことにしていた。
「特にこの世界の『魔法使い』って血で受け継がれるものだから、余計にね」
「へえ」
「力の強い魔法使いはほとんど貴族だし、下手に身分証が無いと、水場に煙が立つよ」
「……そうか」
さらりと言われた言葉が痛い。春斗の知るそれももちろん遺伝により伝わる嫌いが多少なりとも強かったが、流石に春乃の言うほどでは無い。
そもそも。
突発的に生まれた力の強い魔法使いなど、隣人に飲み込まれておしまいであったのだから――
(そういう意味では、『目をつけられやすい』環境の方が、幸せなのかもしれないな)
不意に、そんなことを思って、幼い少女の姿が脳裏によぎった。
それを振り払うように軽く頭を左右に振って、春乃が開けた扉の中へ入る。
「あれ、ハルノだ!久しぶりじゃん。元気してた?」
「ウラ!うわ、なんでこんなところにいるの?」
金髪碧眼の少女がぱっと華やぐような笑顔を浮かべて春乃へ駆け寄ってきた。
髪は男性を思わせるほどに短いが、健康的な肉体も相まって非常に似合っているように思えた。女性にしては長身である身体には適度に筋肉がついており、それなりに動けることが見て取れる。
何より、こうして自然体であるにもかかわらず隙が無い。仮に今ここで春斗が奇襲を仕掛けたとしても、即座に反応されることであろう。
それなりの腕前はあるらしい。春乃とウラと呼ばれた女性のやりとりを待つ間、春斗はさっさと受付に行ってしまうことにした。
流石に何から何まで頼りきりなのは褒められた行為では無いだろう。受付に立っていた黒髪の男性に声をかけた。
「何か用ですかね」
「ギルドへの登録をお願いしたい。何か必要なものがあれば教えてほしい」
「保証金として金貨十枚、実技試験での合格ってところですかね。腕が立つなら保証金は減りますが」
なるほど、と春斗は頷いてから内心で眉間にしわを寄せた。悲しいことに春斗は現在無一文である。ライムンドから依頼達成料としていくらか支払われるはずだが、それがいくらかも正直知らない。
そもそも、金貨十枚がどれくらいの値段なのかすら知らない。日本円に換算して百万円くらいだろうか。金の価値によってはもう少しするかもしれない。
春斗は分かった、と頷きつつ、乱雑に紙が貼られている掲示板らしき板を見る。
見た限り依頼要項の紙を貼っているらしい。
依頼概要、内容、報酬、受注要件――そんなことが簡潔にまとめられている。
「保証金が減るということは、先に試験を受けることができるのか」
「……そりゃあね。まあ、ここで実技試験は勧めませんが」
受付の男性は眉を寄せて答える。低い声で呟かれたそれは、確かに春斗を案じる音を伴っていた。
なぜ、と問うことは簡単だ。濁されようが、その言葉が何に由来しているのかぐらいは読み取れよう。
だがそれをしてしまってはつまらないのではないか、という要らない子供心がひょっこりと顔を出す。春斗とてそれなりに腕が立つ。ルイスの様子から察するに、それはこの世界でも変わらないらしい。
討伐ギルドの実技試験とくれば当然戦闘だろう。もしくはサバイバル技術の試験か、奇襲に対応する試験か。いずれにせよ、そこら辺の素人よりはできる自信がある。
「そうか。実技試験をお願いしたい」
「話聞いてました?」
「聞いていた。理由も分からないし、落ちたら落ちたで実力不足だったというだけだろう」
「いやまあ、そりゃそうなんですけどねえ」
まあいっか。受付の男性は諦めたように息を吐くと、あちらへと雑にギルド奥の扉を指さした。
「あの部屋入って待っててください。試験官よんできますんで」
分かった、と頷く。部屋に入ろうと足を動かしたところで、後ろからけらけらと馬鹿にするよな笑い声が聞こえた。
「馬鹿だなあいつ」
「よっぽどの馬鹿か、余程の腕自慢かのどっちかだ。俺は前者にビール一本かけるね」
「俺は無謀ものにワイン一杯かける」
「おいお前ら、失礼だろうが。そりゃ賭けになってないぜ」
耳障りにさえずる人間を一瞥して歩を進める。別に気にするほどのことでもなかった。
仮にこの場にルイスかライムンドが居たら烈火のごとき勢いで否定しにかかったのだろうが、もしもの話である。特にライムンドは激しく怒るだろうから、居なくて正解かもしれない。
「お、試験受けるんだね」
「ウラさん、でしたか」
「ウラでいいよ。お兄さん、結構な腕自慢?ハルノから聞いたよー。ここの試験、結構きついけど頑張ってね」
「腕自慢かは知りませんが、ありがとうございます」
春斗は軽く一礼してドアノブに手をかける。軽口からを入れれば、きい、と音を立てて扉が開いた。
その後ろでは、ウラが心底面白そうな顔をして立っていたが、春斗には知るよしもない。
(あたしみたいなのに礼儀正しくて、腕利きの『魔法使い』サマか)
上機嫌にウラは踵を返して、ハルノに一声かけてから討伐ギルドを後にする。これは面白い新人ができるかもと、そんなことを思いながら依頼をこなすべく村を出た。
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