十二 浄化魔法
それで、とやっと騒ぎが収まったころにライムンドがこちらへ駆け寄った。
「浄化魔法が必要だと伺いましたが」
背の高い穏やかな好青年らしい微笑を浮かべてライムンドが言った。こうしていれば頼りになる神官らしいのだけれどなあ、と春斗は少し残念なものを見る眼差しを向けてしまう。
「ああ。ブラックスキンベアーだがな、既に討伐済みだ。ハルトが浄化魔法が使えねえって言うから、お前に頼みたい」
「浄化魔法が使えない?いえ、私が行くこと自体は全く問題ないのですが」
こう見えてそれなりに心得だってありますし、とライムンドが付け加える。
「浄化魔法は学ばなかったんですね」
「……ああ」
そもそも春斗は『浄化魔法』という枠組みそのものを知らないのだが、学んでいないことには変わりない。
頷けば、ライムンドは一つ頷いて、やってみますか、と聞いた。
「確かに難しい魔法ではありますが、無詠唱ができるほどに熟達しているのであれば問題も無いと思います」
ライムンドはにこにこと人好きする笑顔を浮かべている。ルイスも、いいんじゃねえの、と頷いていた。
(知っておいて損は無い、というか知ってないとこの先も怪しまれそうだ)
春斗は一つ頷いて、それじゃあ頼む、と右手を出した。
ライムンドはなぜだか心底うれしそうに右手を握ると、お任せください、と胸をたたく。
「ふふふ……守護神様とお言葉を交わした旅人様と握手……」
やや危険な発言は聞かなかったことにした。
そうして星見の草原までやってくると、ライムンドは熊の魔物の死体を眺めて、これは無残ですね、と深刻そうに呟いた。
「少し念入りに浄化をかけた方が良さそうです」
「アンデッド化手前って感じか?」
「そこまででは無いですが、このまま放置を続ければいずれそうなるでしょうね」
ライムンドとルイスの眉間にしわが寄る。そうかアンデッド――不死の怪物に化けるのか、と春斗はようやく納得して頷いた。
正直、魔物の死骸など他の魔物や動物に食われて勝手に処理されると思っていたのだ。
これほど魔法が普及している世界ということは、当然魔法の燃料となる魔力だって満ち満ちあふれていることだろう。
ともなれば、恨み辛みを募らせた魔物の魂が現世にとどまり、あふれる魔力を糧に不死の怪物としてよみがえってもおかしくは無い。
「迂闊だったな……」
小さく口の中で転がして、春斗は気持ち重くなった頭を乱雑にかいた。
不意に、それなりの衝撃が複数回背中に加わる。ルイスがばしばしと背をたたいたのだと遅れて気がついた。
「アンデッド化するよりも生きてた方が厄介な魔物なんだよ。……にしても、理解はできるが若干信じ切れねえんだよな」
「まだ言いますか。その目で旅人様の実力を見たのでは?うらやましい」
魔法で倒したわけでも無いしな、という言葉は飲み込んだ。確かに魔法は使ったが、とどめになったのは純然たる物理による暴力である。
「さて、そこでうじうじ言っているルイスは置いておくとして」
「は?」
おそらく相応の腕前と思われる討伐ギルド員のルイスの威圧を受けてなお平然としてライムンドがこちらを振り返った。大変にいい笑顔である。
ライムンドは村を出るときから持ってきていた白い杖を見せて、浄化魔法やってみますか、とじつに軽い調子で言い放った。
「構わんが、そんな簡単にできるものか?」
「実際、言うほど難しくは無いんですよ。特に何かしらの守護神様とつながりのある人間は」
ほう、と頷いた。
その言葉を信じるのであれば確かに難しくないのかもしれない。浄化、などという言葉がつくあたり、神聖視されている精霊の力を頼る魔法――ここでは精霊術と呼ぶそれなのだろうか。
いずれにせよ、いくつになっても新しい知識を学べるのはうれしい話である。春斗はいつになく楽しい気分になって、ライムンドの言葉を待った。
「浄化魔法の工程は大きく分けて三つです」
ライムンドは手本を見せるように杖を立てて、周囲の魔力を杖に集め始めた。白い粒子となった魔力がふわりと舞う。
「一つ、魔力の属性変換。ここでは守護神ポラール様の司る、風か水に合わせます」
ただの純粋な魔力であった粒子がちりちりと鈴のような音を立てて色を変えた。柔らかな青――清廉な水を思わせる涼やかな色だ。
ほう、と思わず感嘆の声を出せば、魔法使いサマでも感性は一緒らしいな、と楽しそうなルイスの声が落ちた。
「二つ、範囲の確定。集めた魔力、を……こうやって、浄化魔法をかける範囲に、広げますっ!」
ぶおん、と音を立てて杖が横に振るわれた。同時に、集まっていた魔力の粒子も周囲に広がっていく。
ライムンドの居る地点を中心に、均一に魔力の粒子が広がっているのが見て分かった。
ぽやぽやしている割に腕は確からしい。ルイスが浄化魔法の使い手としてライムンドを頼ったのも納得の魔力操作である。
「三つ、最後に祈りを捧げます!」
「祈り?」
「見てろって」
肘で軽く小突かれてしまったのに眉を寄せると、春斗は大人しくライムンドの方へ目を向けた。最後が突然アバウトになったな、と内心で訝しむ。 ライムンドは息を吸うと、、両の目をゆっくりと閉じる。
ざわり、と均一に広がった魔力がさざめいた。
「清流のように流るる異邦人を守護する神よ」
ちりちりと鈴のような音が響く。
水属性に変換された魔力はたちまち実体を伴い、湧き水のように澄んだ液体となってライムンドの頭上に凝集した。
魔力を集めた意味ないのでは、と一瞬思ったが、その疑問は次の瞬間解消されることとなった。
「我、その旅路を冒す邪悪を討ち滅ぼさんと欲す――!」
嫌に仰々しい詠唱が紡がれると、魔力の跡をたどるように生成された水が降り注ぐ。当然、春斗たちにも降り注ぐこととなったが、不思議と全くぬれることは無かった。
(最初に魔力を拡散させたのはこのためか)
特に属性を帯びた魔力は『跡』を残しやすい。ライムンドの使用した浄化魔法は、どうやら魔力の『跡を残す』という特性を利用したものらしかった。
(周囲の魔力をくみ上げ、縁のある精霊の属性に変え、属性魔力を実体に変換する。魔力由来の実体に術を作用させるために術者周辺に集めたら、術の意図を伝えて跡をたどらせる……)
三つの工程どころの騒ぎではない気がするが、できなくはなさそうだ。
それに、と春斗は浄化魔法がかけられ空気が軽くなった区画を見ると、一つ頷いた。風と水というのも実にいい。溜まった淀みを押し流すのにぴったりの実体だろう。
「どうでしょう。できそうですか?」
ライムンドが軽く額に汗を浮かべて聞いた。集中力も使うらしい、息も軽くあがっている。
「おそらくは。もしもの時は残りも頼んでいいか」
「それはもちろん」
快く頷いてくれたのを確認して、春斗も懐から武器を取り出す。杖を兼ねたそれを楽に構えて、春斗は一歩血だまりの方向へ踏み進めた。
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