十一 魔法使いの立ち位置
ばたばたと騒がしく人を割って駆け寄ってきたのはライムンドだった。無傷の春斗とルイスを交互に見ると、ライムンドはぱっと振り返って胸を張った。
「ほら、無事だったじゃないですか!」
えへん、と子供のように勝ち誇るライムンドに、集まった人間は水を打ったように一瞬静かになった。
が、その直後にわっと怒号に似た声があちこちから飛び交う。
結果論だ、危険なことに変わりない、死んでいたらどうするつもりだ、だいたいお前は――
春斗は阿鼻叫喚のその光景に思わず片手で顔を覆った。同情を込めた眼差しが注がれていることに気がついて、ルイスをそうっと見上げる。
「……これ俺もか」
「羊の崖での様子を見る限りはそうだろうな」
「あー……チッ、心配は有り難く受け取るが、にしたってうるせえな」
ルイスは面倒くさそうに眉を寄せると、うるせえな、と大声で怒鳴った。
当人の怒鳴り声に驚いたらしく、周囲は再び静けさを取り戻す。
「まずライムンド!」
「は、はい!」
ぐるりと勢いよくルイスの首がライムンドに向いた。勢いに押されたらしく、ライムンドの背がピンと伸びる。
「お前は旅人万能論をいい加減にやめろ!あと浄化魔法が要るから後でついてこい」
「で、でもですね」
「普通、旅人は危機察知や危機回避こそ優れていても戦闘能力はあまりないんじゃ無いか」
「ぐう」
春斗は小さく首を振った。この神官、薄々そんなことだろうとは思っていたが、かなりアレかもしれない。
最初の印象こそ落ち着いた神官であったが、この短時間でライムンドは己の印象を塗り替えることに成功していた。
無論、悪い意味で。
(とはいえ、『神様』として信仰されている存在とおいそれと話せるわけでも無いだろうし)
そこを鑑みれば、敬虔な信徒であろうライムンドが神と言葉を交わしたらしい素晴らしい人、と認識してしまってもおかしくは無い。
実際のところは、それを信じる阿呆がどこに居るのか、という突っ込みが入ると思われる。春斗は考えることをやめた。
「それからお前ら!」
ぐるりとルイスの目が野次馬と化した民衆に向けられる。体格のいい男衆がルイスの剣幕に押されて、びくりと身体をこわばらせていた。
「このチビ助に関しちゃ問題ねえよ。何せ、せいれ――」
「田舎から出てきた魔法使いだ」
「おい」
話を合わせてくれとルイスの目をにらみつける。ルイスはそれでも渋るように一度春斗と群衆を交互に見てから、諦めたように息を吐いた。
「凄腕の魔法使いだ。何せ無詠唱でぽこじゃか魔法を使いやがる」
どよりとあたりがざわめいた。春斗はなんとなく目をそらして、村の風景に目を向ける。牧場と畑がある、のどかな農村だ。
「んだよ、それならそうと言いやがれっての」
「いって」
「魔法使い様がんなとこに何で居やがんだ?」
「ははーん、お偉い様がんなとこまで来て腕自慢って訳か」
「おいやめろ。第一、頭の高くいらっしゃる魔法使い野郎なら手なんてはじめから貸さねえだろうが」
なるほど、と春斗は表情を変えずに息を吐く。
(『魔法使い』も色々らしいな)
嫌われるタイプと慕われるタイプ。それも口々に吐かれる言葉から察するに、前者の方が多そうだ。
高貴な身分の人間がたしなむ教養的な側面がある可能性も否定できないな、と眉間にしわが寄る。
春斗の知る限り、魔法が使えるかどうかは才能に依存する。才能が無ければ使えないのが神秘の法だ。それが理であっても変わらない。
そしてその『才能』は血統を通じて現代へと継承されてきた。突然変異的な才も全くないわけでは無いが、レアケースを取り扱っても仕方が無い。
ポラールは世界の大元は共通していると言った。それであれば、神秘を扱う資格についても共通していると考えて良さそうである。
(『魔法使い』ってことは場合によっては隠した方がいいかもしれんな)
一瞬脳裏によぎったのは元の世界での凄惨な歴史だ。
あり得なくは無い。超常の力を恐れるのは至って普通のことだ。
思考にふけっていれば、うるせえぞ、とルイスの怒号が飛んだ。驚いて顔を上げれば、額に青筋を浮かべているルイスが目に入る。
「仮にも村の恩人に対する態度か?あ?」
「ル、ルイス……」
「まー、王都のお偉い様には確かに思うことはあるがな」
ゆらりとルイスの目が灰色の少年を捉えた。表情に乏しいが、聞いたことには誠意を持って答えたし、危険だと判断すれば惜しげも無く魔法を使って出会って間もない村人を守る判断をした旅人だ。
春斗が困惑したように首をかしげれば、これでもまだ言うか、と魔法使いであることに対して皮肉を投げかけた人間に向かって問う。
「……いつからここは恩知らずの住処になったのでしょうね」
「お、神官サマが毒なんざ吐いていいのか?」
「いえ、さっき怒られたので徳を積もうと思いまして」
「……」
心底残念そうな目がライムンドに注がれた。汚名返上するいい機会だったろうに、自らそれを棒に振るな。
「神官として言えば、彼は嘘もつかなければ悪意も無いようですからね。私がきゃんきゃん旅人様と騒いでいる時点で気づけるのでは?」
「騒いでた自覚はあるんだな」
「守護神様とお話ししたって方が現れたらはしゃぎませんか?」
知らん。
ルイスの素っ気ない言葉にライムンドは肩を落として、そんなあ、と実に情けない声を出していた。
「嘘が分かるのか」
つい驚いて口にした。その性質は春斗の知る限り精霊や妖精が持つものだったからだ。
人間がそういった異常を抱えている場合が全くないとは言わないが、『嘘を見抜く』という力は人を嫌うが故に希少でもある。
「ええ、昔ちょっと色々ありまして、場合によっては厄介ですが、神官として生きる分にはなかなか便利ですよ」
「子供らも泣かされてるもんなあ」
「俺らも泣かされるもんな……」
「嘘をつかなければいいだけの話では?」
「それができたら苦労しねーの!」
わっと悲鳴のような誰かの声に、群衆ははじかれたように笑い声に包まれた。
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