第11話 その日、魔王は世に知られる

 登校初日、自身のクラスへとやって来た私は、ある人物が教室に居るのを目にして顔を顰めた。


(まさか、彼と同じクラスなんてね)


 その人物とは、今朝あのイカれた不良と戦い、そして最後に恐ろしい力を解放しそうになった、あの怪物であった。


「皆さん席に着いて下さいね」


 恐ろしい奴と同じクラスになったなと、自分の運のなさに辟易しながら先生に言われた通り席に座る。


「えー、それでは皆さん一人ずつ自己紹介をしていきましょう」


 事務的な話を終えた先生は、早速クラスの自己紹介をするよう言った。


「じゃあまず初めに、荒宮さんから」


「はい」


 そして最初に自己紹介する事になったのは彼だった。


「☆○小学校から来ました。荒宮流星と言います。趣味は体を鍛える事、好きな食べ物は───」


(……今朝も思ったけど、礼儀正しいのね)


 彼、荒宮くんの自己紹介を聞きながら私はそんな感想が浮かんだ。


 私も周りから他の子より大人びてるなんて言われてるけど、彼ほどでは無いなと思えた。


「───以上です。皆さん、この一年間よろしくおねがい」


「なあなあ、お前の異能ってなんなんだよ?」


 荒宮くんが自己紹介を終えようとした時、唐突にそんな事を言う輩が現れた。


「異能、ですか」


「そうだよ、なんだよ言えねえのか?」


 そいつは見下すような口調で荒宮くんにそう言った。


(……やっぱり、どこにでもああいうのって居るのね)


 私はイキがっている輩を冷めた目で見ながらそう思った。あいつが私の持つ異能を教えたら、きっとあの自尊心は簡単に崩れるんでしょうね。


「なあなあ、隠さず見せてくれよ〜、気になるじゃんか」


「……そうですね」


 荒宮くんは困った笑みを浮かべながら仕方なさそうにしていた。


(もしかして披露するの? アレを)


 使おうとするだけで背筋を凍らせる不気味な異能、まさかその全容を見せるのかと思った私は警戒すると同時に好奇心が湧いた。


 果たして彼はどんな異能を持っているのか、そしてそれは、私の異能よりも強いのか。


(……そうだったらいいわね)


 それなら隠れ蓑として使える。少なくともこの一年は私の異能云々で騒がれる事は無いでしょうしね。


「じゃあ少しだけ」


 荒宮くんはそう言って自身の異能を発動した。瞬間、


「っ!」(き、来たわね)


 今朝と同じく強い圧が彼から放たれた。私は覚悟していたから見かけだけでも平然としていられるけど、やはりこの圧は慣れたものじゃない。


(それにしてもあの時見せた圧と比べたら凄く弱いわね。それに圧を放ってるだけでちゃんと異能が使われてないし)


 そんな事を私が考えていると、


「───っと、これが僕の異能、『威圧』です」


(……え?)


 不意に周りの空気が軽くなり、自身に掛かっていた圧が消え去った。いえ、それよりも、


(『威圧』? もしかしてあの時感じた圧も、あれ自体が異能による能力だった?)


 私の考えが勘違いだった事に気付き、内心驚いていた。


(まあ、あれだけの圧を出せるんだったら使いようもあるでしょうけれど……少し残念だわ)


 私よりも強い異能持ちかも知れないと期待していた分、その落胆も大きかった。


 それから彼の番が終わり、他の人も続々と自己紹介をしていき、とうとう私の番となった。


「次、清城さん」


「……清城流奈です。△◯小学校から来ました。よろしくお願いします」


 手短に喋り終えた私はすぐ席に座る。先生がそれでいいのかという目で私を見てくるけど、これで充分だった。


 私は静かに過ごしていきたいんだ。流石に自己紹介が短すぎたのか不審に思う人も居たけれど、何事も無ければすぐ私なんて空気になるだろう。


……何事も無かったなら、だけど。


「ねえねえ知ってる? あの子の異能?」コソコソ


「なに? 清城さんの事知ってるの?」コソコソ


「うん、私あの子と同じ学校に居たんだ。それで実は清城さんね、ランクA5の異能力者なのよ」コソコソ


「うっそマジィ? すっごいじゃんそれ」コソコソ


「うん、だから高校は異能学園に通うって話なんだよ」コソコソ


「いいなぁ」コソコソ


(……やっぱりか)


 小学校で一緒のクラスの子がここに居るっていう時点で薄々こうなる事が分かっていたけど、やっぱりムカつくわね。私を話題の種にして友達作りをしようとするの。


(そもそも私は異能学園に行きたいなんて微塵も思って無いわよ)


 異能学園、異能の訓練が行われている学校の事を示す言葉である。日本には各地方に一箇所ずつ配置されており、特に関東に設置されている異能学園はレベルが高く、高ランクの異能力者が数多くそこへ通うのだとか。


(……世の中はいつも私より私の異能の方を優先する)


 それは両親でも変わらなかった。


(ほんと、昔の私ってどうしようもなく愚かだったわね)


 こんな結果になるなら、こんな人生を送るぐらいなら、


(異能なんて、いらなかったのに)


▽▽▽


 中学生になって数ヶ月が経った。既に学校内では私が高ランク異能力者だという事が知れ渡っており、私とお近づきになろうとする馬鹿が後を絶えない。


「あ、あの清城さん! 良かったら私と友達に」


 今日も今日とて、純情ぶって私を都合良く利用しようとする馬鹿がやって来た。こういう手合いに冷たくあしらうと悪い噂が流れて面倒なのよね。


「……気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい。私今は誰かと遊ぶ余裕が無いの」


 遊ぶ余裕が無い、これは本当だ。私はこの振る舞いのせいで勘違いされがちだが、そんなに要領のいい方じゃない。勉強も苦手だし運動も苦手、忌々しい事に異能を扱う才能だけはズバ抜けて高かった。


 私は将来、異能学園に行く事になっている。その為にはある程度勉強しておかないと私の頭じゃあっちで苦労してしまう。


「そ、そこをなんとか!」


 断っているのに潔く諦めない辺り、やっぱり下心を持って私に近づいたのでしょうね。


 いい加減強めに言って拒絶しようかと思っていると、


「おいおいおーい、嫌がってる相手にそんな迫るなよ、可哀想じゃねえかあ?」


「げっ、あんたは」


「……あなた」


 話に割り込んで来たのは、かつて初対面の私に喧嘩を挑み、そしてその後荒宮くんと戦った学校一の問題児、赤西弘也だった。


「そんなに友達欲しいなら俺が相手になろうかあ?」


「え、遠慮しとくわ」


 彼女はそう言ってこの場からそそくさと立ち去った。


「……」


「いやあ、やっぱ人気者だねえ」


「うるさいわね。それで、何が望みなの?」


 茶化してくるこいつに私はさっさと本題に入れと伝える。


「あん?」


「まさか善意で助けた訳じゃ無いでしょう?」


「……おお、話が早いこった。つまりこう言うこった」


 そう言って赤西は両方の拳をかち合わせる。


「俺とやろうぜ? 氷の絶対強者さん」


「まあ、そうだろうとは思ってたわ。あとその名前で呼ぶのはやめて」


 氷の絶対強者、誰が言ったのが始まりか知らないけど、上手い事言ったつもりなの? ダサいからやめて欲しいんだけど。


「そうかあ? イカしてるじゃねえか」


「やめて。次言ったら潰すわよ」


「お? それはつまり戦えるって事かあ? 良い事聞いたぜ」


「……はぁ」


 迂闊だった。こいつにこういう脅しは逆効果なのを忘れてたわ。


「なあなあいいじゃねえかあ、久しぶりに強え異能力者とやりたいんだよ。もうそこら辺にいる不良をぶん殴るのも飽きたんだよ」


「あなた、最近不登校気味だって聞いてたけどそんな事してたの?」


 なぜこいつは学校に来ているのだろうか? そしてなぜ学校側はこいつを退学させないんだろうか?


「よくそんなので学校に来れてるわね」


「まあ出席日数は足りるようにしてるし、それに喧嘩しても文句言われねえように色々と結果は出してるしなあ」


「……」


 あの噂は本当だったのかと唖然とした。


 学校一の問題児にして学校一の天才児、赤西弘也はそう言われている。


 成績優秀でテストは常に学校のトップ。部活では弱小と言われ、廃部寸前だったテニス部に入って全国上位にまでのし上げたと言う。


「まあそんな事はいいじゃねえかあ、それでいつやる? どこでやる? 俺はいつでも、なんならここでやり合っても構わないんだぜ?」


「……」


 こんなのに天賦の才能を与えるなんて、神はアホなのかしら? それとも彼がこういう性格なのを知っての事かしら? だとしたら神は人を弄び過ぎよ。


「なあなあ、黙ってないで予定を言ってくれよ。合わせるからさあ……お?」


 ぐいぐい迫る赤西だったけど、何か気になる物でもあったのか私から目を離した。私も自然とそちらへ目線を向けて、


「荒宮くん?」


 そこに居たのは私のクラスメイトであり、密かに学校で噂されている男子だった。


▽▽▽


 荒宮流星、彼に関する噂は色々ある。


 曰く、然る御令嬢と親密な関係にある。


 曰く、凶悪な犯罪者と戦い、勝利した。


 曰く、実は強力な異能を持っている。


 などなど、信憑性の低いものから高いものまで、多くの噂が流れている。私や赤西を除けば、一番注目されている生徒だろう。


 そんな彼は今、


「何をしてるんだい?」


 とあるいじめの現場に介入していた。


「おーおー流星の奴、本当に突入しちゃってさあ」


「……盗み見なんて趣味が悪いわね」


「何言ってんだ。それを言やあお前も同罪だぜ?」


「うぐっ」


 私が言い返せずにいると、事態は動き始めた。


「なんだとゴラァ!」


 荒宮くんの挑発にいじめていた一人が乗ってきて、彼に殴りかかった。


「よっ、と」


 荒宮くんはそのパンチを容易く受け流した。


「やっぱあいつ凄えや、ああ! また流星とやりたくなってきたなあ」


「うるさい」(でも確かに凄いわ、彼が防御し損ねるなんて到底考えれないもの)


 それから相手もヤケになって連続してパンチを繰り出すも、荒宮くんは全部同じように受け流して見せた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 パンチし続けた相手は息を切らし、


「まだやるかい?」


 対して荒宮くんは汗一つかいていなかった。


(これは勝負ありね)


 そう思っていた私だったが、


「どけ! 俺がボコしてやる」


 そう言って後ろに居たいじめっ子の一人が手のひらから氷柱を生成した。


「へへ、雑魚な能力しか無いお前じゃこれは防げないだろ」


 形成逆転と言ったような表情でそいつは荒宮くんに氷柱を向けた。


「……これ以上は危険ね」


 ここで流血沙汰にでもなれば、それを傍観していた私の方にも何かしら言われかねない。そう思って出ようとした私だったが、


「おいおい、そんな出しゃばるなよなあ」


 赤西が私も腕を掴んだ。


「離しなさい。これ以上の盗み見してままだと私が困るのよ」


「安心しとけって、お前が思うようにはならねと思うぞ。むしろ面白いもんが見れるかもしんねぇ」


 黙って見てようぜ。そう言って赤西は無理矢理私を留めさせた。


「君達が本気で僕を害そうとしてるからね」


 そして赤西が言っていた面白いものというのは、


「僕もちょっと異能を使おうと思ったんだ」


 この直後に起きた。


「っ!」


「おお、来た来た。相変わらずヤバい圧だなあ」


「やっぱり、なんど体験しても慣れたものじゃないわね」


 荒宮くんの異能『威圧』、周囲にとんでもない圧を掛けるという能力。


(けど、相手は荒宮くんの能力を知ってる口ぶりだった。ここからどう切り抜けるの?)


 私の予想通り、一人が能力による影響だと分かって立ち直った。そしてすぐに反激しようとして、


「でもね? それが嘘だとしたら?」


 彼はそんな事を言ったのだ。


「……は、はあ?」


「はは! そうか、やっぱ異能を隠してたか!」


(……な、なんですって?)


 その反応は様々だった。困惑するいじめっ子、思った通りだと嬉しがる赤西、そして驚愕する私。


「僕は平和に、静かに生きたいんだ。正当な評価はいらない。だって僕の場合、異能の評価が高すぎて平穏な人生を送れなくなる可能性があるから」


 彼は語る。なぜ異能を弱く見せているのかを。


「今この瞬間だって怖いんだ。もし僕の異能を大人に見られたら、きっと僕の人生は騒がしくなってしまう」


 それは私の考えに似ており、少し異なる物だった。


 私は決められた将来に逆らうのを諦めているが、彼は違う。彼は自分の望む未来を手に入れようと世間の目を欺き続けている。そしてそのあり方は、


「もし君ら如きに異能を使う事で僕の人生がめちゃくちゃになったら……どうしてくれようか?」


 苛烈だった。


▽▽▽


 あの後、いじめていた奴らは逃げ、いじめられていた子もそそくさと立ち去るのを見た荒宮くんは何事も無かったかのようにその場から消えた。


 赤西が戦いを挑もうとしたのを見て私は慌てて止めて、そして代わりに戦うと言ってその場を収めた。


 なぜそうしたのか? 勿論、私があの場で盗み聞きしていた事を悟らせない為だ。


 彼を下手に刺激させてはいけない。この日私は、身をもってそれを知った。


 後日、あの時の話が学校中に広がり、けれど誰も荒宮くんには尋ねはしなかった。


 あの出来事を境に、皆が彼を恐れるようになり、畏怖の念を込めてこう呼んだ。


───魔王、と。

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