第7話 勘違いを誰も指摘できない状況ほど怖い物は無い

 『放火魔』と呼ばれる異能犯罪者が裏の世界で知られるようになったのは、つい最近の事だ。


 殺しや証拠の抹消を主に行っており、その手段として炎の異能を用いている所から『放火魔』と呼ばれている。


(まさか敵が『放火魔』を仕向けてくるなんて)


 『放火魔』の推定戦闘力はB、しかも炎系統の異能は周囲への被害が大きくなりやすく、身を挺してお嬢様を守り切れるかどうか分からない。


「アルファ、ベータは今どこに?」


「まだ少し掛かりそうだとよ。どうやら位置的に遠かったらしい」


「くっ、何か起きる前に早く対処したいのに」


 頼むから何も起きないでくれ、私はお嬢様の視点を見ながら願った。


 しかしそんな懇願も虚しく、事態は動き出す。


 放火魔がお嬢様の『凝視崩壊』を無効化する為に炎の壁を出した。そして炎から飛び出した放火魔は少年に蹴りを入れようとするが、少年はそれをかわす。


 ホッとしたのも束の間、放火魔はお嬢様の前に居た少年という壁が消えた隙を見逃さず、お嬢様に手刀を食らわせた。


「ぐがっ!?」


 お嬢様に『感覚受信』を使っていたせいで、首筋からお嬢様と同じ痛みを感じた。


「お、おいガンマ! お嬢に何があった!?」


「放火魔にやられて気を失ったわ。幸いな事に、痛みの感じ方からして後遺症は残ってないでしょう」


 ですが困りましたね。これではお嬢様を通して放火魔を監視出来ず、ベータとも連携が取れない。


「そうか、良かった。……っと、ベータから連絡だ。目的地に着いたとよ」


 いつでも行けるらしいがどうする? と、アルファはいつになく真剣な顔で私に聞く。


「そうですね……少し様子を見ます。幸いあそこにはもう一人、私の異能の対象内にある者がいますからね」


 そう言って私はあの少年、荒宮流星に対して異能を発動する。


『───四方堂さんはちゃんと気絶させてる?』


 少年の視点に切り替わった瞬間、少年が放火魔に何かを問おうとする声が聞こえた。


(良かった。まだ逃げてはないようですね……にしても、なぜ少年はこんなに落ち着いてるのでしょうか?)


 犯罪者を前に、流石に冷静過ぎるのではないか?


『そっか……良かった』


 ふとそんな疑問を浮かばせるが、そうこうしてる内に事態はまたもや急変する。


『これで本気を出せる』


 少年の雰囲気がガラリと変わったのだ。


「うん?」


 雰囲気が変わった。私にはそれぐらいにしか思わなかった。しかし、違った。


「お、おい。ベータの様子が変だ」


「変って?」


「なんかあのガキはヤバいって言ってる」


「あのガキ? 荒宮少年の事ですか?」


「ああ、突然ガキから物凄い圧が出てきたとかなんか言って」


「圧? いったいどういう……これは」


 私は放火魔が取った行動を見て、驚いた。


『……なにを、したのかしら』


 警戒しているのだ。さっきまで取るに足らない相手だと扱っていた少年を、今では最大級の敵として認識してるではないか。


『いやなに、ちょっとばかし異能を使っただけだ。……ちょっとばかしな?』


 対して少年は逆に放火魔を見下していた。自分が圧倒的な強者だと信じて疑わず、放火魔を弱者だと舐めていた。


 完全に立場が逆転している。幸か不幸か、少年の視点になっていた私には圧を感じる事が無かったらしい。


(これが、あの少年の秘密ですか)


 お嬢様の想い人という事もあって、彼がどういう人物か秘密裏に調査が行われていた。

 結果は白。何かしら秘密はあるらしいが、そこまで深く調べるつもりは無かった。しかし、まさか異能を隠し持っていたとは……。


「ん?」


 そこで私はようやく気づいた。少年の目線が放火魔に向いていない事に。


 そこに何があるのか? 気になっていた私へアルファが動揺した声で言った。


「お、おい。ガキにベータの居所がバレちまってるらしい」


「なっ!? ま、まさか」


 ベータの異能は『背景同化』、自分の体を背景と同化させるという能力。その隠密性は高く、異能を使って木々の中に溶け込んでいるベータを見つけれるなんて、


(この目線の先にベータが!? しかし、いやけど偶然とは)


 放火魔もベータも、誰もが少年に圧倒されて動けなかった。


『いつまで棒立ちしている?』


 そんな状況に痺れを切らしたのか、少年が一歩前へと進む。それに反応した放火魔が少年の前方に炎の壁を作った。


 そこから少年はどう動くのか、注目する私に少年は驚くべき言葉を紡いだ。


『……今がチャンスだ』


 チャンス? チャンスとはいったい?


「……っ!?」


 私は一瞬思考し、そしてその意味に気付いた。


「アルファ! 今すぐベータに放火魔を攻撃しろと伝えて!」


「え? あ、ああ分かった」


 少年はチャンスだという言葉を残し、そのまま悠然と立ち去った。


「ベータから連絡! ほ、放火魔を倒した。ガキに注意が向いてたおかげで楽に倒せたってさ」


「そう、やっぱり」


 その言葉を聞いて確信する。


(あの言葉は私に向けた物。あの子、ベータだけでなく私にまで気付いていた!)


 いったいどういうカラクリなのか、これも彼の異能の力とでも言うのだろうか。


 隠密系統の異能保持者を軽々と看破し、通常なら絶対バレない筈の私の監視でさえ見つける察知能力。


(感知系統の異能? いえ、それじゃあベータが感じた圧とは結び付かない。攻撃能力を兼ね備えてる筈)


 正体の見えない不気味な異能、それを隠し続けている荒宮流星。


(彼に対する警戒度を上げないとね)


 もはやお嬢様の想い人だなんて浮ついた話ではなくなっている。


 彼はおそらく、いや確実に、将来世界に多大な影響を与えるだろう。


▽▽▽


 その後、現場から逃げた流星が近くの先生に不審者を校内で見たという報告をした事で学校は騒然とした。


 駆けつけた警官の一人は不審者を見て唖然とした。


 不審者が気絶している事もそうだが、なによりその不審者の正体が『放火魔』という異名を持つ異能犯罪者だったのだ。


 すぐさま応援を呼んで放火魔は厳重な警備の元、輸送される事となった。


 流星は事情説明をする時、偶然発現した異能を使って倒したと話した。


(元はと言えば俺が異能を隠し続けたせいで起きた事件だしな。ここまで来たら異能を隠すのも無理そうだし、異能で目立つのは諦めるとするか)


 そんな心情だった流星は自身の異能の事を包み隠さず話した。


 その際、試しに使って欲しいと言われたので、流星はやり過ぎないようにと限界まで『威圧』の出力を弱めた。それでも効果はあったのか警察や何故か一緒に居た四方堂の使用人達には驚かれた。


(これで俺の人生勝ち組計画もおしまいか。あーあ、折角転生して人生をやり直すチャンスだったのに、失敗したな)


 そう思う流星だったが、そこまで深刻に考えてはいなかった。


 自分のショボイ異能でも一人の女の子を救えたのだ。それに頑張ってきたお陰で今のところ異能以外のスペックは高い。なら、もっと違うやり方で人生を豊かにしていこう。


(少なくとも、前世よりかはマシな人生送れるだろ)


 母親に車で迎えに来て貰った流星は窓の外を見る。


 異能で目立つ計画に失敗した流星であるが、その顔は実に晴れやかな物だった。

 こうして流星の波瀾万丈な幼少期は幕を閉じた。これからは平凡な生活を送る事に……


───なる筈なかった。


 場面は変わり、黒塗りの高級車の中での事。金髪の女性、ガンマはすやすやと眠りに付く緋雨の頭を撫でながら隣に座る男に話しかける。


「……どうだった? 彼の『威圧』」


 筋骨隆々の黒髪の男は、難しい顔をしながらそれに答える。


「全く違うな、あの時のガキはあんな物じゃなかった。確実に力を隠してるぞ」


「それどころか、君らの話じゃ異能の説明さえ全くの出鱈目だと思うけどね」


 車を運転する茶髪の男、アルファもそれに便乗するように言う。


「やっぱりそうよね」


 アレは『威圧』なんて生優しい代物じゃなかった。


 もっと恐ろしいナニカ、ガンマはそうとしか思えなかった。


「警察は彼の異能を『威圧』だと信じてるでしょうし、政府は少年の異能を『威圧』として登録するでしょうね」


 それが良い事なのかは分からない。本当にあのレベルの異能なら異能ランクはD1、いや下手すればD0と判断されてもおかしくない。


(今の所彼の異常性を知る者は少ない。なら、今のうちに少年を囲んでおいた方が良いのかしら? いずれにしても旦那様には報告しておかなきゃね)


 これから忙しくなりそうだ。ガンマは馬車馬のように働かされて忙殺する未来が見えた気がして、思わずため息をついた。

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