第6話 見かけ倒しの異能も案外役に立つ

 死より濃厚で大きな恐怖が、全てを丸呑みするような圧力が、女を襲った。


 女は突然感じた恐ろしい圧力に腰が抜けそうになったが、隙を見せれば殺されると本能が叫んでいる事に気付き、気合いで震えを押さえ込む。


「……なにを、したのかしら」


 恐怖の元凶たる少年を睨む。少年はさっきまでの雰囲気をガラリと変えていた。


「いやなに、ちょっとばかし異能を使っただけだ。……ちょっとばかしな?」


 嘲るような笑みを浮かべて少年は言う。その態度は完全に女を格下だと舐めていた。


(どういう事? 異能は持ってない筈じゃ……いえ、恐らく隠してたんでしょう。単なるませたボウヤだと思ってたけれど、まさかここまでの力を隠し持ってたなんて)


 普段なら女は自分が舐められていると分かれば、苛立ちを隠さずにすぐさま異能を使って燃やそうとするだろう。しかし、今回ばかりは冷静にならないと次の瞬間には死ぬ。そんな予感が女にはあった。


(相手はまだ全力を出してないと言う。それはブラフなのかしら? いえ、そもそもこの異能は何なの?)


 女は裏の世界で少々名の知れた異能犯罪者だ。修羅場もそれなりに潜っており、その過程で数多くの異能を見て、そして戦ってきた。


 そんな彼女でも少年が使う異能の正体が分からない。底が見えない。計り知れない。分かるのは少年が自身に対して圧力を掛けているという事だけ。


(相手はまだ十にも満たない子ども、なのにボウヤから感じる圧は今まで会った奴らとは一線を画している)


 この少年がこのまま成長していけば、表のみならず裏の世界にまで影響を及ぼすだろう。


(顔も見られているし、ここで野放しにするのは危険ね。やるしか)


「いつまで棒立ちしている?」


 女は考えをまとめるのに集中して目の前の強敵への警戒を疎かにしていた。そのせいで次なるミスを犯してしまった。


 一歩、少年がこちらに向かって歩みを進めた。


「っ!?」


 女は咄嗟に身を守ろうとして巨大な炎の壁を出した。これがミスだった。


(しまった!)


 炎の壁のせいで少年の正確な位置が分からなくなった。


 普通の相手ならそれも有効だろう。しかし、敵は異能の片鱗を見せようとしただけで恐ろしい圧力を感じさせる怪物。姿が見えないのは逆にこっちが不利になり得る。


(とりあえず一旦距離を取って)


 後ろへ下がり、炎の壁が消える前に体勢を立て直そうと考えた女であるが、


「がっ!?」


 後頭部に尋常じゃない衝撃を受け、倒れてしまう。


「なに、が……!」


 何が起きたか分からないまま、女は意識を失った。


▽▽▽


 どうやら俺は、今までこの異能の真髄に気付いてなかったようだ。


 『威圧』とは、単に相手を怖がらせるだけのヘボ能力。その考えは正しい。とはいえそれは持ち主の使い方次第で武器にもなる。

 この能力を正確に言うと、相手が自分に恐怖心を抱くという物。つまり、無条件で相手は俺にビビってくれるのだ。


 人が人を恐れる時、恐れられる人間には必ずある条件が満たされている。

 その人は自分より格上、その人は理解できない不気味な存在。このどちらかが当てはまる。


 つまり! 相手が俺の異能の正体を知らず、かつ俺が本当はクソ雑魚という事を悟られない限り、相手は俺の事を格上と思い込んでくれる!!


……いや条件キッツ!?


 まあ長々と語ったが、俺のやってる事はハッタリとなんら変わりない。要するに、この痴女に俺の方が強いと思わせ、そして良い感じに撤退して貰おうっていう作戦だ。


 という訳で『威圧』を発動させてみたんだが、思った通り俺の事を脅威と見做してくれた。


「なにを、したのかしら」


(こ、怖ぇぇええ!!!)


 美人は怒ると怖いって言うが、こりゃいかん。あの形相を見ていると自然に縮こまってしまいそうだ。


 咄嗟に俺は目線を逸らし、しかしそれを悟られないように視線を女の顔の数センチ横、その奥にある木々の辺りを見るようにした。


「いやなに、ちょっとばかし異能を使っただけだ。……ちょっとばかしな?」


 まだまだ余力は残ってるのだぞと案に言うような口振り、どうかこれで去ってくれ。


「……」


 しかし、女は顎に指を当てて考え込むような仕草をとって動かなくなる。


(どうするべきか考えてるのか? そうはさせるか!)


 出来るだけ時間は取らせたくない。時が経てば経つ程、相手はなぜ俺が攻撃して来ないのかを不審に思われるからだ。


「いつまで棒立ちしている?」


 ここは一声掛けた後、女に向かって一歩だけ近づく! これ以上進むのは怖くて無理です。


「っ!?」


(あっぶな!?)


 そんな俺のヘタレ思考は功を奏し、俺は女が放った炎の壁に巻き込まれずに済んだ。


(あと一歩で丸焼きになる所だった……ん? というかこの状況って)


 この炎の壁がさっきのように攻撃として運用するつもりで無いとしたら、逃げる為の時間稼ぎで使った物だとしたら、


「……今がチャンスだ」


 なんのチャンスだって? 愚問だね。


───この隙に逃げるチャンスさ!


 最初に炎の壁を出された時は唯一の出口である道を女が防いでいたせいで逃げれなかった。しかし、女と俺の位置が変わった今、俺は校舎裏から脱出する事が出来る!


 ん? 逃げた後はどうするかって? そりゃ勿論警察や四方堂の親御さん達に報告する。


 流石にあのヤバそうな奴でも国家権力と金持ちのマネーパワーには勝てないだろう。

 そうしてあの痴女はお縄につき、顔を見られた俺を殺しに来るなんてイベントも発生しなくなる。


(なんて素晴らしいアイデアだろうか!)


 そうと決まればさっさと退散する事にした。しかし、殺気に当てられたせいで腰を抜かした俺の歩みは遅く、側から見れば悠々と歩いてるように見えていただろう。


……まさか、本当に見られていたなんてカケラも思っていなかったが。


▽▽▽


 時刻は昼頃、我々はいつものようにお嬢様が通う学校近くに車を停め、周囲に不審者がいないか監視をしていた。


「……今のところ怪しい者の姿は無しね。アルファ、ベータに何か連絡は来ている?」


 私は隣に座っている茶髪の男、アルファに尋ねる。


「数分前に来た定期報告だけ、今のところ周囲にそれらしい奴はいないって」


 アルファはスマホを眺めながら気怠そうにベータからの報告を話す。


「……あなた、こんな時ぐらい真面目にしなさいよね」


 不真面目な態度に苛立ち、私はアルファを注意するも、


「へいへい、ガンマちゃんもそう張り詰めちゃうと後が持たないよ」


 そんな風に言って態度を改める様子はない。


「今こそ張り詰める時なんです! あなた旦那様から聞いた事をきちんと覚えてますか?」


「分かってるって、あれでしょ?  お嬢を誘拐しようとする輩がいるって」


 そう、あれは数日前に言われた事だ。


 雇い主である旦那様は突然、どこかの犯罪グループが娘を誘拐しようとしているとの情報が入ったと仰ったのだ。


 当然、緋雨お嬢様の専属ボディーガードである我々には充分警戒しろと命じられている。


「なのにあなたはスマホばっかり見て、もっと真面目に仕事しなさい!」


「わーってるわーってる。お嬢の危機は俺の命の危機でもあるし、ちゃんと仕事するって。それよりそっちも俺に構う暇あるなら見張りを……!?」


 先程まで飄々とした態度は消え、アルファは途端に警戒を露にした。


「うへぇマジかよ」


「ん? ……っ!? まさか」


「ああ、『危機察知』に反応あり、この感じからして俺にじゃなくてお嬢の方だ」


 アルファの異能『危機察知』は、身の危険を感じると耳鳴りが起こるという物。

 この異能は本来なら本人の身の危険しか知らせてくれないのだが、ある裏技を使えばお嬢様の身の危険を知る事も出来る。


 それはお嬢様に何かあった時、自分が確実に死ぬ時だ。


 アルファは旦那様に、娘に何かあったらお前を殺すと言われている。


 その言葉に嘘偽りはなく、そこからお嬢様の身の危険はアルファ自身の身の危険と同等だと異能は判断するようになった。


 こうしてお嬢様限定だが、誰よりもお嬢様の危険を察知出来る優秀なボディーガードが出来上がった。


「私はお嬢様がどうなっているか見ます。アルファはベータに連絡を!」


 そう言って私は即座にお嬢様を対象に『感覚受信』を起動する。


 私が持つ『感覚受信』は、対象が感じている五感を自分も感じ取れるようになるという物。対象にする相手の情報がある程度必要で、学校内で能力の対象内なのはお嬢様と、学校内でお嬢様と良く関わっている者のみとなっている。


 異能を使った私の視界は切り替わり、お嬢様の視点と同じ物となる。


 お嬢様の目の前には一人の少年がいた。


「この少年は、荒宮流星?」


 お嬢様が小さかった頃から近くにいた人物だ。お嬢様は頑なに否定しているが、おそらく彼に好意を抱いているだろう。

 そんな相手となぜ人気の少ない校舎裏にいるのか? 少し気になったが、今はそれどころじゃないと思考を切り替えた。


 私はすぐにお嬢様がいる場所を聞いているであろうアルファに報告し、それを聞いたアルファがベータに向かうよう連絡する。


 そうこうしてる間に事態は急変した。


 少年の背後を狙って何者かが蹴りを放つ。それを少年はなんとか回避する。


「こいつは……まさか!」


 そして蹴りを放った者の姿を見た時、私は驚愕した。


「『放火魔』!?」


 近頃裏の世界で名が知られるようになった異能犯罪者。


 異能ランクB2の凶悪な炎使いが、お嬢様達の目の前に立っていた。



ーーーーーー



あとがき)異能ランクについて。

異能には二種類のランクがある。『戦闘力』と『社会的価値』だ。

『戦闘力』は、文字通り戦闘でどれほど有用なのかを示した物。そして『社会的価値』とは、その異能でどれほど社会に貢献出来そうかを示した物である。

『戦闘力』はS〜Dあり、『社会的価値』は5〜0まである。この二つを組み合わせて異能ランクは作られている。


【戦闘力】

S:一国の軍隊と同レベル。

A:戦車やミサイルなどの兵器レベル。

B:重武装した兵士レベル。

C:武器を持った一般人レベル。

D:戦闘では役に立たない。


【社会的価値】

5:人類の発展に貢献可能。

4:人命救助に貢献可能。

3:専門職においてのみ貢献可能。

2:個人レベルでのみ貢献可能。

1:社会で役に立たない。

0:社会に害を齎す。※場合によっては処理される。

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