第4話 その想いはきっと昔から

 師匠に弟子入りしてから一年、俺は小学三年生となっていた。


 師匠との修行の日々は死ぬほどきっつい、マジで死にかけたのも一度や二度ではない。未成熟な子どもにこんな苦行やらせるなんてアホなのか?

 死にかける度に逃げ出したくなった。だけどその度に自分が着実に強くなってる事を実感してしまうからやめづらい。悔しいがスパルタ教育に見合った成果を出すんだよなぁ。


 さて、異能を使えるようになった子も結構増え始め、そろそろ本当に異能を披露しておきたい今日この頃、俺はもう一つの悩みを抱えていた。


 キーンコーンカーンコーンと、授業の終わりを鳴らすチャイムが鳴って休み時間に。俺は急いで友達のケンタくんに連れションしようぜと誘いトイレへ、


「荒宮流星!」


……行こうとしたのだが、扉の前で女子達が待ち構えていた。


 その先頭に立つのはクラスの中でも一際美しさが目立つ黒髪ロングの少女、名を四方堂緋雨と言う。


(あー、一足遅かったか)


 授業が始まるまでトイレに逃げ込む作戦、先週から行っていたこの作戦もどうやら今日でおしまいのようだ。


 どういう因果か三年連続同じクラスの彼女、何かしらの権力が働いているとしか思えないのだが、そこはまあ良い。この後どうせ勝負しろとでも言うんだろうが、そこも……良くは無いけどまだ良い。問題なのは、


「私とあなたの異能、どっちが凄いか勝負よ!」


 これだ。どういう訳か彼女は俺の事を異能力者だと信じて疑わないのだ。いや実際そうなんだけどさあ、ホントいつ気付いたんだろ?


「四方堂、いい加減にしろよ! 流星は異能を持ってないんだぞ!」


 そうだそうだ! ケンタくんもっと言ってやれ!


「あなたには関係ないわ!」


 四方堂はケンタくんを睨みつける。少しおじけてしまうケンタくん。が、頑張れケンタくん!


「そうよそうよ! これは緋雨ちゃんと流星くんの問題なのよ!」


「関係ないのはあんたの方でしょ!」


 四方堂の背後に並んでいた取り巻き女子達が何か言ってるが、別に俺と四方堂の問題でも無いから。さあガツンと言ってくれケンタくん!


「う、うぅぅ」


 ケ、ケンタくーん!?


「さっ、邪魔者は消えたし、今度こそ受けてもらうわよ!」


 トボトボとこの場を去っていくケンタくん、その背中はどこか悲しげだった。


 ごめんなケンタくん、俺が連れションに誘ったばかりに。


「ちょっと、聞いてるの?」


「うん、聞いてるよ。でも困ったな、ケンタくんの言うように僕はまだ異能を使えないんだ。別の勝負だったら受けれるよ」


 俺は不本意ながらといった態度でなんとかこの場をしのごうとする。しかし、その態度が気に食わないらしく、四方堂は今にも噛みつきそうな顔で俺を睨む。


(これは、一度サシで話し合う必要があるかもな)


 話し合うにしてもここは人が多い。そして場所を変えようにも彼女の取り巻きが邪魔となる。なので一旦俺は彼女の背後にいる取り巻き女子達に話しかける事にした。


「ミカちゃん、ハルカちゃん。ごめんね、ちょっと四方堂さんと二人で話したい事があるんだ」


 幸運にも俺の顔はイケメンと言っても差し支えない容姿をしている。そんな俺が名前呼びで涼しげなスマイルを浮かべて上げれば、


「も、勿論よ!」


「う、うん、流星くんの頼みなら!」


 そう言ってキャーッと黄色い声を上げて走り去った。ふっ、所詮世の中は顔よ。

 先程の場面を見てもらった通り、俺はクラスのカースト上位勢である。文武両道のジェントルマンな俺は男女問わず人気がある。


 これがカースト上位勢のみが見れる景色! んっん〜、素晴らしい眺めだ。


「……私だけ名前で呼ばれてない」ボソッ


「え? なんて?」


「な、なんでもないわ。それで勝負を受けるって事で良いわよね!?」


 さっきの発言すごい難聴系主人公っぽいな。別に目指してる訳じゃないよ? でもなんかこういう時って重要な事を言ってるパターンが多いからさ。なんて言ったんだろ? うーん気になる。


「その事なんだけど、ちょっと場所を変えよう」


 まあ追求するほどの事でもなさそうだし、話を進める事にしよう。



▽▽▽



 流星の後を追うように、私は彼と同じ学校に通う事にした。


 私が念願の異能を使えれるようになったのは小学一年生の時だった。


 ある日、学校帰りに私の中の何かが目覚めた。

 きっかけは特になかった。本当に突然理解したのだ。自分が異能を使えるようになったという事を。


 私はすぐにお父様とお母様に話した。どんな異能なのかを話すと、お父様はすぐ使用人達に複数の瓶を乗せた机を用意させた。

 お父様に瓶に向かって異能を使ってみなさいと言われたので、それに従い使ってみた。


 私の異能、『凝視崩壊』を発動させて一つの瓶を睨むようにジッと見つける。するとその瓶は塵となって消え去った。

 それを見たお父様とお母様、そして使用人はたくさん褒めてくれた。よくやった、これほどの異能なら我が家は安泰だと。


(これが私の、私だけの凄い力!)


 私は興奮した。私の異能は凄い物らしい。これなら、流星だって私を見てくれる!


 そう思い、私は朝早くに学校へと向かった。椅子に座り、今か今かと彼が来るのを待つ。

 そしてしばらくして、教室の窓から彼の影が見えた私は教室の扉の前で仁王立ちした。


「みんなおはよ、う?」


 教室の扉を開けた彼はいつものようにあいさつをしようとして、目の前にいる私を見てポカンとする。


「えっと、いつもより早いね」


「荒宮流星!」


「ん?」


 彼はいつものように全く私に興味を示さない。でも、それも今日まで! これを言えば彼だって!


「私は昨日、異能を使えるようになったわ!」


「……ひょ?」


 少しの間を置き、彼は目を丸くして変な声を出した。


(ふふん! 驚いてる、流星が驚いてるわ!)


 気分が良い。どんな時でも平然としている彼が、全く私に興味を示さなかった彼が! 今は私だけを見て、


(〜っ! ちょ、ちょっと見過ぎじゃないかしら)


 彼にマジマジと見つめられて少し顔が熱くなってしまう。だけどここで目をそらしちゃダメ!


「この歳で異能を使えるようになるのは珍しい事……らしいの! 凄い事なの!」


 驚いている今が彼からあの言葉を言わせるチャンスなのだ。


「それでその、何か言う事は無いのかしら?」


 ついに、ついに聞ける! そう思っていたのに。


「すごーい!」


 その言葉は別の方向から聞こえてきた。


「緋雨ちゃんもう異能使えるようになったの!?」


「へ? え、ええ」


「いいなぁ、ねえどんなのどんなの!」


 どんどんと私の周りに人が集まってくる。


「えっと、その」


 みんなが憧れの目で私を見る。その目はしっかり私を見ていた。


 みんなが私の家ではなく私自身を凄いのだと言ってくれる。それはとても嬉しい事……その筈なのに、


「りゅ、流星は?」


 どうして私は、なんとも思わないのだろう。なんで、私は彼にこだわっているのだろう。


 それは勿論、見返したいからで、


───本当に? 本当にそれだけ?


 そ、それ以外に何が、


───あるに決まってる。だって、だって私は、


「……流星?」


 答えに辿り着く直前、私は流星を見て唖然とした。


 彼はもう私に見向きもせず、ブツブツと独り言を呟いて自分の世界に没頭していたのだ。


「……」


「どうしたの緋雨ちゃん?」


「ううん、なんでもない。……ごめんちょっと気分が悪いから保健室いってくる」


「そ、そうだったの? 騒いじゃってごめんね、ついて行くよ」


「大丈夫、一人で行けるから」


 そう言って逃げるように私は教室へ出た。


 走る。走る。通りかかった先生に何か言われたけど、さっきの光景で頭がいっぱいな私には聞こえなかった。


(……また、またダメだった)


 私は頑張ってきた。彼に見てもらおうとたくさん勝負を仕掛けてきた。彼に興味を持ってもらおうと色んなお稽古を習ってきた。でも、どんなに頑張っても彼は私に興味を持たない。


 ここまでして無理なのだ。諦めた方が───


「……いえ、まだよ。まだ、諦めるのは早いわ」


 立ち止まり、顔を上げる。


「異能で勝負する。それで私が勝てたら」


 こんなに頑張ったのだ。今更諦めてたまるか。


「帰ったらお父様に異能の訓練をお願いしよう」


 クヨクヨするのはもうやめだ。次の勝負までに異能を鍛えておこう。


 こんな私が早く異能を使えるようになったのだ。流星だってすぐに異能を使えるようになる。

 そう信じて異能の訓練をしながら待っていた。けれど、一向に彼が異能を使えるようにはならなかった。


 三年生になってしばらくして、私はある事に気がつく。


(流星は、ずっと前から異能を使えていたんじゃ?)


 もう朧げな記憶と化しているが、確か幼稚園の時に覗き見たノートには一つの異能についてのみを事細かに書かれていた。それがどんな能力かは思い出せないけど、もし自分の異能について書いていたとしたら……。


(流星は異能を持っている事を隠している?)


 どういう理由で隠しているのか分からない。けど、もし持っているのならば、


(異能で勝負できる!)


 それから私は流星に異能の勝負を持ちかけた。いつもと違って勝負はできないと断られたが、あの焦りようは異能を持ってないからという理由じゃない気がする。私は自分の勘に従って異能の勝負を持ちかけ続けた。そして、ついに流星はこう言った。


「その事なんだけど、ちょっと場所を変えよう」


 初めて肯定的な言葉をくれた。とうとう勝負出来るのかと、私はワクワクした。


(絶対勝ってやるんだから!)


 勝って、今度こそ私を見てもらうんだ。

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