第76話 紫陽花とぷるんくん
翌日
目が覚めた。
「……」
雨が降っている。
雨。
降りしきる雨の音を聞きながら絶望していた頃を思い出す。
一年前の俺は、ここで頭を抱えたまま心が壊れてゆく嫌な感覚を味わっていた。
いやだ。
ここ数日は寝起きが良かったのだが、今日は違うようだ。
昨日の出来事を思い出してみた。
昨日は花凛の両親に異世界のことを話し、辰巳さんの料亭で美味しいダンジョン大鯛をご馳走になった。
俺はスマホを手に取り、アルバムを開く。
すると、そこには花凛の両親、花凛、俺、ぷるんくんが映っている写真が表示されていた。
ぷるんくんを抱えている俺、俺の腕をぎゅっと握り締めて笑う花凛、後ろから俺と花凛を抱きしめている彩音さん、彩音さんの肩にそっと手を乗せて微笑んでいるパパ。
辰巳さんが撮ってくれたものだ。
前回、高原さんとダンジョンタラバガニとダンジョントラフグを食べた時は俺とぷるんくんだけだったが、三人が新たに加わった。
「ふふ」
なぜだろう。
この写真を見ているだけで嫌な感情が消え去り口角が吊り上がってくる。
それに、
「……」
俺は自分の腕を抱きしめて楽しそうに笑っている花凛の写真を見てみる。
花凛も一緒に異世界に行くのか。
ずっと俺を助けてくれた彼女。
俺はそんな彼女に対して無力感と申し訳なさがあった。
だけど、今は……
最初の頃よりは堂々と花凛と向き合っている。
全部ぷるんくんのおかげだ。
ぷるんくんと再会したから、俺と俺を取り巻く暗い環境は変わった。
ぷるんくんは今どこにいるんだろう。
と思っていると、脇腹あたりに振動が伝わってくる。
「んんん……んんんんん……」
ぷるんくんが目を『><』にして震えている。
普段のぷるんくんはすやすや寝息を立てて寝るのだが、今のぷるんくんは何かに怯えているようだ。
今に始まったことじゃない。
時々ぷるんくんは悪夢を見ては恐怖に怯える姿を見せることがある。
「ぷるんくん……」
ぷるんくんは一体何に怯えているんだろう。
どんな悪夢を見ている見ているんだろう。
言葉が通じないからわからない。
ペルさんもぷるんくんの過去を言ってくれない。
俺はぷるんくんのいる方に向きを変え、ぷるんくんをぎゅっと抱きしめてあげた。
「ぷるんくん、大丈夫だよ。俺がそばにいる」
「んんんんん……んんんん……」
俺はぷるんくんの頭を優しくなでなでしてあげた。
そして、左目の横にある十字傷にも手を添えてモミモミする。
約5分ほどぷるんくんをモミモミしていると、
「ん……」
ぷるんくんはいつものように、すやすやと寝息を立てている。
俺はそんなぷるんくんを置いて朝ごはんを作るべくベットから降りてきた。
今日のメニューはトースト。
まずは収納ボックスから大量の食パンを取り出す。
そしてそれらにバターを塗りまくって寸胴鍋の奥側の下と横に貼ってゆく。
あとは、
「ふっ」
俺はドヤ顔をし、手を伸ばして寸胴鍋の外側から火をかけた。
しばしたつとパンは焼き上がり、パンとバターのいい香りが部屋を充満する。
我ながら効率の良い方法だと感嘆する。
あとはベーコンに卵焼き、キャベツくらいだろうか。
俺が夢中になって料理をしていると、ベッドから音がした。
どうやらぷるんくんが起きたようだ。
俺はベッドの方に視線を向けてぷるんくんに挨拶する。
「ぷるんくん、おはよう。もうすぐ朝ごはん出来上がるからちょっと待ってね」
「ぷる……」
起き抜けの気だるさを感じるぷるんくんはジャンプをした。
「ん?」
ぷるんくんはベランダの窓ガラスにペチャっと引っ付いて雨の降る景色を見つめている。
散歩でもしたいかな。
今日は特に予定はない。
雨が降るため、バイクの練習は別に日にすることにした。
花凛も学校で手続きとかしないといけないから、いろんな書類を作成しているはずだ。
俺の場合はBランクのダンジョンを攻略できた実績があるからスムーズに事が運んだが、花凛の場合は色々あるらしい。
活動報告書だけで名門校である華月高校を卒業するためにはそれなりの準備が必要ってわけだ。
料理が出来上がった。
「いただきます」
「ぷるるるん!!」
ぷるんくん専用のステンレス製ボウルには熱々のトースト、別の大きな皿には大量のベーコン、卵焼き、キャベツが入っている。
「ぷるぷる……ぷるぷるぷる……ぷるん」
朝ごはんを夢中になって食べるぷるんくんを見る俺。
そういえば、ここのところずっと忙しかったな。
葛西と闘ったり、スマホを買ったり、免許取ったり、ペルさんと花凛とぷるんくんで神戸に行ったり、花凛の両親を説得したりと……
忙しい日々を過ごしながらも、ぷるんくんはなんの不満なしに俺についてきてくれた。
今日くらいはぷるんくんのために時間を使おう。
「ぷるんくん」
「ん?」
「朝ごはん食べたら、ゆっくり散歩でもしようか」
「んん!」
食事を終えた俺たちは家を出て玉川上水にやってきた。
雨脚は強く、傘をさしているにもかかわらず足元が濡れてくる。
だけど、木々が雨をある程度守ってくれていて、サンダルを履いているから問題なし。
ぷるんくんはというと雨に当たっていることも気にせず、不思議そうに玉川上水の緑道を見ている。
そういえば、ぷるんくんが来てから一度も雨が降った事がなかった。
異世界で燃えるミミズを倒した時は雨が降ったが、この草木が伸び育ってよくしげている玉川上水に雨が降った光景は初めて見るんだろう。
雨に濡れた草木、濡れた土から発せられる自然の香り、普段より大きいなせせらぎの音、横の舗装道路から聞こえてくるバスが雨道を進む音。
雨が降ると、玉川上水は別の世界になるのだ。
「ぷる……」
緑道を這って進むぷるんくん。
そんなぷるんくんを後ろから見守りながら歩む俺。
今度はぷるんくんに俺が合わせることにしよう。
ぷるんくんが行きたい道に進めばいい。
俺はそんなぷるんくんを撮影するんだ。
俺はドヤ顔をして、スマホを取り出した。
そしてカメラアプリを立ち上げる。
新しく買ったスマホのカメラ性能は抜群だ。
今回は写真じゃなくて動画を撮るぞ!
と、俺は録画ボタンを押してぷるんくんを撮影する。
緑道を進むぷるんくん。
「ぷるっ!?」
ぷるんくんは何かを発見したように体をひくつかせる。
ぷるんくんが見ているもの。
それは青色の紫陽花である。
とっても大きな紫陽花である。
ぷるんくんより大きいな。
ぷるんくんは目を丸くし、目の前にある紫陽花と睨めっこをする。
「ぷるるん……」
おそらく紫陽花を警戒しているようだ。
ぷるんくん、それは敵じゃないよ。
綺麗な花だよ。
ぷるんくんはちっこい手を生えさせ、でかい紫陽花を突き出した。
「ぷる、ぷるぷる」
揺れる紫陽花を見てぷるんくんは目を細めるが、やがて警戒を解いて紫陽花に自分の顔を近づける。
紫陽花に黄色いスライムが顔をスリスリしている。
「んんんんん!!」
ぷるんくん喜んでる。
とても、とてもとてもかわいい場面だ。
後でこの動画を花凛に送っちゃおっと。
紫陽花と戯れるぷるんくん。
俺がニヤニヤしていると、ぷるんくんはまた何かに気がついたらしく「ぷるっ!?」と目を見開いた。
視線の先は木の上。
「ぷるるるるん!!」
ぷるんくんは気合を入れて雨で濡れた木の上をよじ登る。
「ぷるっ!ぷるるん!ぷるるるるるん!!」
木の上にいるぷるんくんは他の木にジャンプして移動したり忙しない。
まるで訓練をしているようにぷるんくんの動きは実にすばしこい。
「おおお、ぷるんくんすごい!」
「ぷるん!ぷるん!」
俺に褒められたぷるんくんはより興奮した様子で木の上を移動する。
これがレベル778の最強スライムの動きか。
俺も強くならないといけないんだ。
ちゃんとぷるんくんの動きを覚えて今後の訓練の時に活かそう。
と、意気込んでいる俺は一生懸命スマホのカメラでぷるんくんの動きを追う。
そしたら
ぷるんくんが木の上から飛び降りて
「ぷるうううううううううううううううん!!!!!」
ターザンを彷彿とさせる大きな声をあげながら
玉川上水に落ちた。
「ぷるんくん!?」
「ぷるううううん!!」
追記
雨に濡れた紫陽花とぷるんくんの組み合わせ、一度書いてみたかったです(๑╹ω╹๑ )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます