第75話 親の許可

数日後


「「異世界?」」


 土曜日の夕方に秋月家を訪れ異世界という単語を言い出した途端、彩音さんと花凛の父は目を丸くした。

 

 そりゃそうだろう。


 ダンジョンの向こうにまた別の世界があるとは誰も思いもしないだろう。

 

 だが、それより心配なのはこの二方が俺の話を信じてくれるか否か。


「はい。ダンジョンの向こうにはこことは全く違う世界が広がっているんですよ」


 花凛の両親は口をぽかんと開けており、互いを見つめ合っている。


 俺が不安がっていると、隣に座っている花凛が俺の手をぎゅっと握ってくれた。


 俺は異世界について話し始めた。


 ペルさんのこと、ノルン様のこと、ぷるんくんがここにおいて最強モンスターであること、ダンジョンはこの世界と異世界の衝突を防ぐ緩衝地帯であること、人類はダンジョンを絶対攻略できないこと、俺が強くなってぷるんくんと会話するための高級テイムスキルを取得のを目指すこと、バイクの免許を取った理由。そして、花凛がダンジョンへ行くことを望んでノルン様に認められた話。


 壊れたスマホのデータを復元したものの中で猫族とぷるんくんが一緒に踊っている姿が写っている写真を見せたりもした。


 俺の話を聞いて早速反応したのは花凛の父だった。


「臼倉くん……」

「は、はい」


 ソファーに座っている彼は握り拳を作って体を震わせた。


 な、なんだろう。


 もしかして、信じてくれないのか。


 だから怒っているのか。


 焦燥感に駆られる俺に彼は立ち上がり、俺の方へ来て俺の両肩を抑える。


「なんぜそんなすごい情報を今まで黙って言ってくれなかったんだ!!!!」

「すすすすすすみません!!でも、本当なんで……え?」

「ダンジョンは攻略不可能な場所だったのか……」

「は、はい……」

「これは本当に貴重な情報だ。政治界や財界だとダンジョンは攻略可能な場所という前提で動いているからな。この間は総理大臣に呼ばれて、SSランクのダンジョン攻略のためのガイドラインを定めるための会議をした」

「そ、総理大臣……」


 次元が違いすぎて感覚が麻痺してしまいそうだ。


 花凛の父って本当にすごい人だな……


「にしても、女神とか女神の代理人とか、他の人たちは信じてくれないんだろうな。それに、このタイミングに言ったってことは、臼倉くんもこのことを口外することを望んでないはず」


 彼が俺に鋭い視線を向けた。


 俺は緊張しながらもごくりと頷く。


「うん。わかった。このことは4人だけの秘密だ。むしろ言わない方が秋月グループのためだ。ふふふ」

「っ!」


 花凛の父は口角を吊り上げてガッツポーズをした。

 

 なんか表情が怖い。


 イケメンだからより怖さが増す。


 彼はまた俺の両肩を抑えて、俺をじっと見つめてきた。


「ああああ、あの……」

「うふふふ」


 俺がブルブル震えていると、おっとりしたトーンの声が耳を撫でる。


「あなた、落ち着きなさい。大志くんは繊細な子だから、そんなふうに迫ったら怖がるわよ」

「あ、ああ。すまん」


 彩音さんに言われた花凛の父は早速俺から離れて彩音さんの隣に再び腰掛ける、


「大志くん」

「は、はい」

「言ってくれてありがとう。やっぱり大志くんはすごいわ。自分を成長させるために新しい道を切り開こうとする」

「……」

「私、聞きたいの」

「はい?」

「大志くんがそうやっていつも頑張れる理由ってなに?」

「理、理由……」

「そう。あなたを突き動かしている力の源」


 彩音さんは真面目な表情で俺に訊ねた。


 灰色の長い髪、垂れ目、綺麗な体。


 だけど、決して踏み込めないオーラを漂わせている。


 力の源か。


 俺がずっと頑張れる理由。


 俺はベランダの窓ガラスにペチャっと引っ付いているぷるんくんを見つめた。


「……」


 俺は暗い表情をし、顔を俯かせる。


「大志……」


 そんな俺の背中を花凛が優しく摩ってあげた。


 そしたら彩音さんが口を開く。


「大志くん、頑張ることはいいことよ。でもね、頑張ればいつか必ず疲れてくるの。その時は自分を責めないで私たちを頼ってちょうだい。甘えてちょうだい」

「……」

「それができれば花凛を異世界に連れて行ってもいいわよ。あなたなは?」

「ん……彩音の言う通りだ」

「ママ……パパ……」


 花凛は感動したように目を潤ませた。


 だけど俺は相変わらず物憂げな表情を浮かべている。


 こんなに優しい人たちに頼る。


 家族認定された上に、甘える。


 果たして俺にそんな資格があるのだろうか。


 そう悩んでいたら、隣に座っている花凛が俺の背中に腕を回して、俺を抱き寄せた。


「か、花凛!?」

「ふふ、いっぱい甘えてもいいから!」

「ええ?」

「私も大志にいっぱい甘えているの。だからwinwinだよ」

「そ、そうか」


 俺がいうと、これまで蝉のようのベランダの窓ガラスにくっついていたぷるんくんが俺の背中にペチャっとくっついた。


「ぷるん!」


 ぷるんくんの様子を見た彩音さんがにっこり笑いながら言う。


「あら、ぷるんちゃんも大志くんにいっぱい甘えているわよ。ふふ」


 花凛の体温、そして彩音さんの微笑み。


 心があったまる気がする。


 俺が疲れてきたら甘える。


 そして、この人たちも疲れたら、俺が助ける。


 それで足りるのではなかろうか。


 俺は花凛の両親に向かって笑顔で言う。


「はい!疲れてきたら、頼らせていただきます!!」


 3人は俺を見て頬を緩めた。


 俺の家族は既に死んでいる。


 前と比べてだいぶ薄れているとはいえ、朝起きる時に謎の恐怖を覚えることもある。


 しかし、俺には秋月家の3人がいる。


「大志くん、ぷるんちゃん、異世界に行っても花凛のことをちゃんと守るのよ」


 彩音さんの頼みに俺とぷるんくんはドヤ顔を浮かべる。


「はい!もちろんです!」

「ぷぷる!ぷるん!」


 ぷるんくんに至ってはちっこいミスリルと化した手を生えさせ、ぷるんぷるん振っている。


 うん。


 ぷるんくんはかわいいい。

 

 花凛が俺の横で優しく笑う姿が目に入った。


 その瞬間


 俺のスマホが鳴った。


 なので、俺はポケットからスマホを取り出す。


 辰巳さんからの電話だ。


「もしもし」

『おお、臼倉くん!元気か?』

「はい!元気ですよ!辰巳さん、どうしたんですか?」

『今日はね、ダンジョン大鯛がいっぱい入ってきてね〜予約を入れた常連が急用で来れなくなって、席が空いているんだよ。よかったら来ないか?ぷるんくんが満足するほどの量を用意している。ダンジョン大鯛は美味しいよ』


 俺と辰巳さんのやりとりを聞いてぷるんくんが反応した。


 ぷるんくんは早速スマホにくっついて涎を垂らす。


「んんんん!んんんんんん!!んん!」

『あははは!ぷるんくんもいるんか。いっぱいサービスしてやるから』

「あの……辰巳さん」

『うん?』

「俺とぷるんくんの他に、3人連れて行ってもいいですか?」


 もともと一緒に晩御飯を食べる約束をしたからいいだろう。


 俺が辰巳さんに訊ねると、お年寄り独特のゆっくりとした口調で話す。


『もちろんいいとも。大志の知り合いなら大歓迎だよ』

「……家族です」


X X X


銀座の料亭『辰巳』


「ぷるぷる!!んんん!!!ぷるっ!!んんん!!!」

「ぷるんちゃん〜あーん〜」

「ぷるっ!んんんん!!」

「ふふふ、ぷるんちゃんかわいいね。私の分もいっぱい食べて!」

「ぷるるるるるるるるん!!!!」

 

 ぷるんくんは実に忙しい。


 出された凄まじい量の料理を食べながら、彩音さんからももらっているのだ。


 ダンジョン大鯛の刺身、ダンジョン大鯛の煮付け、ダンジョン大鯛の塩焼き、ダンジョン大鯛茶漬け、ダンジョン大鯛のてっちり

 

 実に豪勢だ。


「大志いいいい!!この塩焼きめっちゃ美味しい!!!やばっ、このてっちりも……んん!美味しい!!」

「俺は刺身がイケるな!身しっかりしているけど、噛んだ瞬間旨味が口の中で充満してはほろりと溶けてゆく……まさしくこれは芸術の域だ……」


 花凛と俺がダンジョン大鯛の料理を絶賛しながら食べると、花凛のパパと辰巳さんがなにやら話している。


「秋月社長……本当にびっくりしました。まさか、臼倉くんとお知り合いだったとは……」

「辰巳さんこそ、臼倉くんと知り合っていたんですね」

「はい。私はあの子に助けられました」

「ふふ、俺もです」

「そうですか。あの子は祝福をもたらす子です」

「おっしゃる通りです」


 取り憑かれたように食べる俺と花凛の向こう側で話す二人。


 すると、花凛のパパの隣にいた彩音さんが二人に耳打ちする。


 そしたら辰巳さんは納得したようにうんうん言いながら口を開いた。


「なるほど!だから家族なのか。いい男にはいい女がつくというものですな」


 俺は向かい側の3人が気になったので、食べるのをやめ小首をかしげる。


「どうかしました?」


 俺の問いに花凛のパパがドヤ顔で言う。


「臼倉くんからはまだ買い取ってないアイテムがいっぱいある。時間あれば会社に来てくれ。確定申告のやり方も教えないとだし」

「あはは……はい」


 確定申告か。


 大人たちは難しい話をすることが好きだな。


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