第73話 試練
花凛side
朝
目が覚めた。
タワーマンションの高いところに位置する秋月家。
朝を知らせる日差しが顔に差し込み花凛は目をこずってベッドから降りる。
部屋は今をときめくJKっぽい内装で机には本棚があり、いろんな書籍が置いてある。
高校の勉強のための参考書、ファッション雑誌、そしてダンジョンの研究に関する論文と書籍。
花凛は立ったまま伸びをした。
すると、胸のところが強調される。
伸びを終えた花凛はドアを開けてリビングへと向かう。
「あら、花凛、おはよう。朝ご飯できたよ」
「ママ、おはよう。パパは?」
「仕事。国会議員たちがダンジョン関連の企業の偉い人を招いて、SSランクのダンジョン攻略のためのガイドラインを作るらしいわよ」
「そう?まだAランクのダンジョンの攻略もままならないじゃん」
と言って、花凛は食卓の椅子に腰をかける。
「いただきます」
「いっぱい食べてね。ふふ」
食事を始める花凛。
いつものリビング、いつもの風景、そして
生きている自分の母。
嬉しいことがあれば時間が経つにつれてその感情も徐々に薄れていくのが世の常だ。
だけど、
今こうやっておっとりしている自分の母を目にすると、とてつもなく嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
一度失いかけたからこそ、絶望のどん底へ落ちたからこそ、この嬉しさは長続きしていると思う。
自分にこの幸せを味わわせてくれたのは
他ならぬ彼。
「あら、花凛。最近ずっとニコニコしてるわね。何かいいことでもあった」
「……な、なんでもないわ」
「ふふふ、大志くん免許取ったから一緒にドライブでもしに行けば?」
「ヴッ!!ママ!なんでいきなり大志の話が出るのよ!」
「顔、赤いわよ」
「んもう……」
花凛は頬をピンク色に染めながら食べるスピードを上げ続ける。
食後は制服に着替えて学校へ。
専属の運転手さんの車に乗った花凛は車窓越しに広がる風景を眺めながら想いを馳せる。
臼倉大志。
初対面の時の彼はとても暗かった。
頼りなくて、陰キャで、なんの力もなくて、貧乏。
だけど、
今の彼は……
最強スライムを手に入れた。
そのスライムと共にSSランクのダンジョンのモンスターを軽く倒した。
お金をいっぱい稼いだ。
誰も知らない異世界という存在を知り、そこでレベルアップをしてぷるんくんと会話できるスキルを手に入れるという目標を定めた
葛西を倒した。
免許を取得した。
日増しに成長する彼の姿を思い出すたびに胸とお腹がとても熱くなる。
この男はどこまで成長していくのか。
最初、葛西にいじめられていた彼に向けていた感情は同情だった。
しかし、今は違う。
憧れ。
そして……
時々見せる彼の優しさを思うと、胸がドキドキする。
「はあ……」
どうしてこんなにも胸がヤキモキするのだろう。
今日、大志は何をするんだろう。
どんな人に会って、どういう会話をするんだろう。
ぷるんくんと何を食べるんだろう。
気がつけば花凛の頭には大志のことでいっぱいになっていた。
大志がつけた足跡、大志の人生。
彼女は大志という名の宇宙の中に閉ざされているように虚な目をしている。
大志が花凛に与えたものたちがより一層花凛を縛り付けた。
学校についてからも。
「あ、花凛っち!おはよう」
「おはよう」
「……」
いつも行動を共にする女友達二人が挨拶をしてきた。
小悪魔っぽい神谷奈々と大人しい西田詩織。
だが、二人は花凛を見て目を丸くした。
二人の挨拶を聞いても反応がなかった花凛。
「花凛っち!花凛っち!!」
「……奈々」
小悪魔っぽい奈々によってやっと我に返る花凛。
「花凛っち、また大志っちのこと考えてた?」
「……」
「これは重症ね。いっそのこと告白すれば?」
「……」
告白。
もちろんそれも考えた。
だけど、
告白より大事なことがある。
異世界。
自分は異世界に行けない。
彼のそばにいられないのに、自分の気持ちを一方的に彼にぶつけると、それこそ大迷惑だ。
大志は優しくて繊細な子だ。
それをよく知っているから……
大志と異世界に行きたい。
大志とかわいいぷるんくんと終わりなき旅をしたい。
異世界がどういうところなのか、自分のスキルで分析し研究したい。
だけど、自分はまだ……
さっきまでは恋する乙女のような様子だったが、現実の辛さを知った花凛は悲しい表情で顔を俯かせる。
「花凛、どうした?」
そんな花凛の様子を変に思った詩織が小首を傾げて問うてきた。
「……」
だけど、花凛は返事をしない。
落ち込んでいる花凛を見て詩織がにっこり笑い、口を開く。
「きっといいことがあるよ。だから頑張って」
優しい詩織の声音に、花凛の心に微かに残っている希望が芽生え始める。
「うん!私、頑張る!」
意気込んでいる花凛を見て二人は優しく微笑んだ。
X X X
花凛は授業中、ずっと虚な目をして断続的にため息をついた。
勉強の内容は全く頭に入ってこず、手が止まっている。
ペルさんと別れてから結構経っているというのに、何も変わってない。
大志へ気持ち、異世界に行けない悲しい現実による悲しさが渦巻く。
こんな感じで昼飯を食べ、再び奈々と詩織に勇気づけられてから午後の授業を聞く。
相変わらず授業の内容は全く頭に入ってこない。
スキルを使えば授業の内容はあっというまに理解することができるが、今の花凛はそれどころではない。
開けっぱなしの窓から入ってくる微風とお腹が満たされた事による安心感は不安を払い除け、微睡を誘う。
「……」
いつも真面目に授業を聞いて生徒の模範となる彼女は
目を瞑った。
意識が霞んでゆく。
だけど、決して気持ち悪くない。
「花凛」
「……」
「花凛」
誰かが自分の名前を呼んでいる。
初めてきく女の子の声だ。
「かああありん」
「……」
意識がだんだん鮮やかになってゆく。
「花凛!!!!!!!」
「っ!!は、はい!」
「やっと起きたのね」
「こ、ここは一体……ていうか、あなたは……」
真っ白な空間。
玉座に座っているのは翼を持つ女性。
ギリシャ神話に出てきそうな服を着ている。
「私の名はノルン。ダンジョンを管理する女神なの」
「ノルン……大志が言っていた……」
「ほお、大志は私のことを君に言ったんだね」
「……」
「大志に信頼されてるじゃない」
ノルンは目を細めて花凛を捉える。
彼女の鋭い視線と威厳に花凛は萎縮した。
気が強くてペルセポネ相手にも怯まない彼女とは思えないほどの萎縮っぷりだ。
「君は異世界に行きたいよね」
「っ!はい!行きたいです!」
ノルンの声に花凛は目を丸くして食いついた。
「異世界に行けるためには条件がある」
「じょ、条件……」
「そう。まず、ダンジョンに生息する全てのモンスターより強くなければならない。つまり、頂点に立つ存在。大志がそれに当たる」
「た、大志が最強?」
「そう。大志はダンジョンで最も強いモンスターを倒して最強になったぷるんの支配者なの」
「ぷるんくんの支配者……」
「弱い存在が最も強い存在を支配する。一見矛盾しているように見えるよね?」
「……」
花凛は恐れながら頭を縦に振る。
「でもね、決して矛盾じゃないの」
「え?なんでですか……」
「大志には70億を超える人たちの中で頂点に立つほどの強さがあるからよ」
「それは……」
「優しさ」
「あ、」
花凛は目を丸くしたが、やがて納得したように頷く。
「最も弱いスライムを強い敵から守ってあげた優しさ、見向きもしないそのスライムに名前をつけてくれた優しさ、そして、ぷるんと約束を交わしてぷるんを特別な存在にした優しさ……」
「……」
「最弱モンスターだったぷるんが血涙を流しながらも諦めなかった理由……それは間違いなく大志の優しさよ。それが最強を誕生させた。そして大志は最強の支配者になった。大志は優しさの塊のような人よ」
「なるほど……」
花凛は納得顔でいるが、ノルンは深刻な表情で玉座から立ち上がった。
そして、降りて花凛の前にやってきた。
「でもさ、ほとんどの人族はそんな優しさを持つ人間が大っ嫌いなの」
「え?」
「優しさにつけ込んで、利用して、使い潰して、美味しいところを吸いまくる。その優しい人の心がだんだん闇に染まって壊れていくことも知らずに……いや、知ったとしてもそれはそいつらにとってどうでもいいことよ。見下して、嘲笑って、笑いものにすることで楽しめばそれでいい。自分だけ良ければそれでいい。なぜなら優しい人は自分達の餌食だから。でも奴らは決して利用してないと、貴方のためだと、使い潰してないと言うんだろうね。その優しい人は全部気付いていることも知らずに」
「……」
「最近の大志はちょっと成長しているっぽいけど、まだまだ赤ちゃんよ」
「……」
「花凛」
「はい」
「半端な気持ちで大志に近づかないで」
「ち、違います!私は!」
花凛が抗議しようとするが、ノルンが手で制止する。
「異世界に行くためのもう一つの条件。それは、異世界に行ける存在と特別な関係にある或いはなる予定の存在の中で私が認めたもののみ」
「……」
「もし、あなたが異世界に行ったとしても、他の人族のように大志の優しさを悪用したら、もうあなたは大志とは特別な関係ではなくなっちゃうわ」
「……」
「そうなったらね」
ノルンは一旦切って、息を深く吸ってから花凛を指差して言う、
「花凛、あなたは死ぬ。存在自体がなくなる」
「え?」
「だから半端な気持ちで大志に近づかないで」
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