第70話 西山先輩
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神戸での思い出を胸に俺は免許を取ることに集中した。
ぷるんくんを彩音さんに預けて俺は教習所でバイクのスキルを体に叩き込む。
新たな人生を切り開くための第一関門だと思ったら、やる気が漲る。
だけど教習所にいる間はぷるんくんと離れないといけないから、心の穴がぽかんと開いた気がする。
時間が経てば慣れるものだと思っていたのだが、不思議とぷるんくんがそばにいないだけで、俺が虚しい気持ちになった。
しかし、教習所が終わればかわいいぷるんくんが見れるわけだから、この事実が俺に安らぎを与えてくれた。
ぷるんくんも
「んんん!!ぷるん!!」
俺が花凛の家に行けば、玄関のドアで俺を迎えてくれる。
一回だけじゃない。
一週間が経っても、二週間が経っても、
ぷるんくんは毎回毎回玄関で俺を待ってくれた。
俺を待ってくれる存在がいるだけでこんなに違うものなんだと、俺は気づくことができた。
一回大切な存在を失ったからこそ、この気持ちを大切にして行きたい。
花凛とも円満な関係が築けている。
しかし、一つ心配なことがある。
異世界。
もし、ノルン様が花凛を認めてくれなかったら、花凛はきっと落ち込むんだろう。
認めたとしても、花凛の両親に異世界のことを言わないといけない。
葛西から、貧困から解放されたと思いきや、悩みは後を絶たない。
高校生である俺が言うのも烏滸がましいと思うが、これが人生なのだろう。
とりあえず、未来のことは後回しにして今は自分にできることをやろう。
そう考えながら俺は頑張った。
教習所を卒業した。
そして府中にある運転免許試験場で本免学科試験を受ける。
もちろん合格。
様々な手続きを経ていよいよ普通二輪免許証が俺の手に入った。
その日は花凛と花凛の両親が盛大に祝ってくれた。
五つ星のホテルにあるレストランに俺とぷるんくんを連れて行ってご馳走してくれた。
正直、免許を取った時はそこまで嬉しくはなかった。
俺が死に物狂いで努力して稼いだお金は家賃やガス水道光熱代によってなくなるか葛西によって奪われた。
よって俺の努力で何かを得たらきっとそれはなんらかの原因によってなくなる。
そんな考えが俺を支配していた。
しかし、3人は俺に何も要求することなく祝ってくれた。
頑張ったねって言ってくれた。
そんな優しい一言が、何故か俺に途轍もない喜びを与えた。
花凛と両親とお別れしてからシャワーをしてぷるんくんと一緒にベッドで横になった。
「明日はバイクを買おうか。高原さんから知り合いにバイクの業者がいるって言われたし、明日電話かけてみよう」
「ぷる……」
「ん?ぷるんくん」
ぷるんくんはスマホをいじりながら考え込む俺をじっと見つめる。
「ぷるん!」
ぷるんくんは目を『^^』にしてにっこり笑ってくれた。
俺はそんなぷるんくんをなでなでして言う。
「ふふ、ぷるんくん。どうしたの?」
「ぷる!んんん!ぷるぷる!ぷるん!ぷるるるん!!」
ぷるんくんは熱心に何かを話している。
その様子は本当にかわいいが、
「あははは……ごめん、何言ってるかわからないや」
「ぷるっ!?うううううん……」
ぷるんくんは落ち込んだ。
今すぐにでもレベル153になって上級テイムスキルを覚えたいところだが、俺はまだ弱い。
でも、
「ぷるんくん!」
「ん?」
「俺、今まで以上に頑張ってレベルアップしまくるから!俺が上級テイムスキルを覚えたら、いっぱい話そうね!お互いのこと全部な!」
ぷるんくんは俺の言葉を聞いてしばし考える仕草を見せる。
それから、とても暗い表情をし、俯いた。
だが、ぷるんくんは顔を上げて、明るく笑う。
「ぷるん!」
「ぷるんくん……」
暗い表情。
そして十字傷。
俺の心は熱くなった。
横になった状態で、ぷるんくんを両手で抑えて胸にくっつけた。
「俺、ぷるんくんの痛みを受け止められるほど強い主人になるから!」
「ぷる……」
「俺、強くなるよ」
「……」
俺はぷるんくんを抱きしめ続けた。
しばし経つと、ぷるんくんは眠りについた。
俺もそろそろ寝たほうがいいのだろうかと思った瞬間、
スマホが鳴った。
誰からの電話だろう。
気になって画面を見たら
学園長先生からだ。
「もしもし」
『臼倉くん……夜分遅くにすまない』
「い、いいえ。大丈夫です。なんの御用でしょうか」
『えっと……活動報告書のことで……提出をしてくれないと困るんじゃが……いつになったらもらえるのかの……』
あ
そういえばすっかり忘れてたな。
「明日提出しに学校行きます」
『おお……わかった』
予期せぬことが起こってしまった。
明日は学校か。
X X X
翌日
朝
活動報告書を作るのにちょっと時間がかかってしまった。
Bランクのダンジョンに潜った時の経験に基づいて活動報告書を作成した。
いきなりAランクとかSSランクの話を書くよりかはこうやって格下のダンジョンの内容から書いて行った方が後々のことを考えると困らないだろう。
にしても、登校か。
本当に久しぶりだ。
ぷるんくんを錆びついた自転車の前かごに乗せて、玉川上水を歩いている生徒たちを横切るのは気分がいい。
最初の頃はいじめられる姿を見られたくないから、ぷるんくんを学校に連れて行くのが嫌だったけど、今は気持ちが軽くなった。
清流のせせらぎ、笑いさざめく生徒たち、柴犬の鳴き声、バスの音。
聞こえてくる全ての音が心地いい。
華月学校についた俺とぷるんくん。
まずは花凛に挨拶しにクラスにでも行こうか。
俺とぷるんくんは並んで、クラスの中に入った。
するとそこにはいつものクラスの男女がいる。
その中には当然異彩を放つ存在がいるわけで、
何を隠そう。
花凛である。
「え、え!?大志!!」
「花凛!おはよう」
「ぷるん!」
「ぷるんくんも!」
「「「っ!」」」
花凛はぴょんぴょん跳ぶぷるんくんと俺を見るなり立ち上がって早足でやってくる。
他のクラスの連中は当惑したように視線を泳がせていた。
「どうして学校に?」
「活動報告書を提出しろと昨夜、学園長先生から連絡があってね……」
「あはは……それは仕方ないね」
「まあ、ついでに学校での花凛の姿が見てみたかったから来たって感じかな」
「た、大志……いつも見てるでしょ……」
と、花凛は自分の腕で俺の腕を軽く打つ。
「ねえ、あの二人めっちゃ仲良いんだけど……」
「へえ……臼倉が秋月さんとね……へえ……」
「いや、臼倉を見下すんじゃねーよ。西山先輩が激怒しちゃうぞ……」
「羨ましすぎる……」
クラスの人たちが俺たちを見て何かを呟いている気がしたけど、あまりよく聞こえない。
俺は気になることを花凛に聞いてみることにした。
「そういえば、葛西がいないな」
「あ、葛西くんね、もう退学よ」
「そっか。残念だったな」
「そうね」
と、俺は葛西のいる席に視線を向けてみる。
すると、彼の隣席にいる男子二人(葛西と連んでた奴ら)が俺を一瞥したのち、気まずそうに俯いた。
花凛はというと、周りの生徒たちを睥睨してから得意げな表情を浮かべ、大きな胸をムンとそらす。
そしてわざとらしく大声で言う。
「そういえば、大志ってこの前、葛西くんを一人でボコボコにしたよね?」
い、いや……
「花凛!人聞きの悪いことは言わないでよ……あれは葛西がバイクで俺を轢いたから仕方なくボコっただけだから」
「あはは!結局ボコったじゃん!」
「ま、まあ……そうだけど」
花凛は楽しそうにあははと笑って、俺の方へ近づいた。
そして耳打ちする。
「時間大丈夫なら、お昼ご飯一緒に食べる?」
「あ、ああ……」
花凛はすっと離れてまた口を開く。
「大志、また後でね!ぷるんくんも!」
花凛の明るい姿に、ぷるんくんが手を生えさせサムズアップした。
「あの二人、何を言ったの?」
「葛西のやつ、臼倉に負けたか?」
「マジかよ……あの葛西が……臼倉に?」
「羨ましい」
「すっげー」
「なんか臼倉、前より余裕あるっぽくない?」
「確かに……怯んだりしないね……」
「あの臼倉がね……へえ……」
周りの人たちがまたコソコソしているが、俺は気にすることなくぷるんくんと一緒にクラスを出た。
目指すは学園長室。
まだ予鈴は鳴ってないから、廊下には生徒たちの姿が結構見える。
その中でも、目を引くイケメンが一人歩いている。
彼と俺は目がばったりあった。
「臼倉くん……」
「西山先輩」
校内で結構なイケメンで通っている金髪の爽やかイケメンである西山先輩は深刻そうな表情で俺の方へやってきた。
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