第68話 ペルさんはコミュ障2

「わわわ、わたしは……しょの……うう」


 ペルさんは花凛から目を逸らして消え入りそうな声で言う。


 なので俺は代わりに言ってやることにした。


「この人はペルセポネさん。前にも言ったと思うけど、ダンジョンを管理するノルンという女神様の代理人だよ。俺はペルさんって呼んでる」

「ほお……この人がペルさん。綺麗……」


 花凛は顎に手をやり、ペルさんをじっと見つめている。


 そしたら、ペルさんが体をぶるぶる震わせて俺を盾がわりにして隠れた。


 普段の花凛のキレ長の目から放たれる視線には鋭いものがある。


 しかし、今の花凛はいつにも増して表情がちょっと怖い。


「主人くん……あの子怖い……」

「いやいや……あんた、ぷるんくんと全力で40日も戦って称号まで与えた強者じゃないですか?」

「しょ……しょれでもあの綺麗な子は怖いよおおお……」

「……」


 俺が無言のままぷるんくんに目を見やると、ぷるんくんはやれやれと言わんばかりに深々とため息をついた。


 おそらくぷるんくんもペルさんに対して思うところがいっぱいあるだろう。


 俺はペルさんを諭すように言う。


「花凛は怖くないですよ。いつも俺を助けてくれる家族同然の優しい女の子です」

「た、大志……」

「そ、そうなんだ……主人くんをね……」


 ペルさんはうんうんと頷いて、俺から離れた。


 そして何かを決心したように握り拳を作り、口をキリリと惹き結んで花凛の方へ歩いた。


 一体何をするつもりだろう。


 ぷるんくんはいつしか俺の肩に上り、目力を込めて二人を見つめた。 


 俺もぷるんくんに釣られる形で二人を凝視する。


「ぺ、ペルさんですよね……な、なんですか?」

「花凛さん……私……」

「……」

「私……」

「……」

「人の彼氏を奪う趣味はないのおおお……」


「「え!?!!」」


 俺と花凛は目を丸くした。


「私……こんな性格だから、友達一人も作れないボッチなったのおお……ちびっ子くんが唯一の友達よおおお」

 

 どうやらペルさんは誤解をしているようだ。


「い、いや……ペルさん。俺と花凛、まだ付き合ってないんですけど!」

「そそそそそ……そうなの!?ご、ごめんね!!やっぱり私、空気読めなすぎりゅう……私なんか灰色だらけの神殿でノルン様に仕える方は性に合うよおお……もう面倒臭いから100年くらい寝よう」 


 いや100年って……


 時間の感覚、俺たちと違いすぎやしないか。


 落ち込むペルさん。


「……まだなんだ」

 

 途中、花凛が口の端を上げ意味深な表情で何かを呟いた気がするけど、今はペルさんを慰めるのが先だ。


「いやいや……ペルさん落ち込まないでください!」

「でも……でも……私、うう……」


 どうしよう。


 ぷるんくんは困り顔だし、花凛は妙に嬉しそうだし、ペルさんはしゃがみ込んでしゅんとしている。


 ここはぷるんくんの主人としていいところ見せないとな!


 ペルさんはノルン様と会話ができる。


 だとしたら……


 俺はふむと頷いたのち、ペルさんに声をかける。


「あの……ペルさん」

「うん?」

「神戸牛食べたいですよね?」

「おお!!た……たべりゅうう!!」


 ペルさんは急に立ち上がり、目をキラキラさせている。


 切り替わりの早い人だ。

 

 俺がドン引きしていると、花凛が俺の隣にやってきて口を開いた。


「ペルさんも一緒で良くない?私も神戸牛また食べたいし」

「!そうしようか!」

「うん!私は大丈夫よ!ペルさん。紹介が遅れましてすみません。私は秋月花凛と申します」

「……」


 花凛が頭を下げて礼儀正しくいうと、ペルさんは目をパチパチしたのち、突然俺の後ろに隠れた。


「あ、あの……ペルさん?」


 俺が問うと、ペルさんが小声で言う。


「やっぱりあの子怖いい……」


「「「……」」」


 どう考えてもSSランクのキングブァッファローを20秒で仕留めて持ってくるような人の言うセリフじゃないな。


 俺は話題を変えるべく、神戸牛の話をした。


「そういえば、彩音さんが用意した神戸牛全部食べたよな?」

「あ、うん。そうね。もうないわ」

「この辺りで神戸牛美味しいところってあるかな。ん……神戸に行ったらすぐお店見つかると思うけどな」


 と、スマホを取り出して俺が言うと、ペルさんが食いついてきた。


「神戸……に行ったら、神戸牛食べられる?」

「あ、はい。まあ、神戸ですからそうでしょうね」

「私が連れて行ってあげるうう!!!」


「「ええ?」」


 いや、ペルさん。それは流石に……


「ペルさん……ここは東京ですよ。神戸までは新幹線に乗っても3時間くらいはかかるんで……」

「そ、そうです。大志の言う通りですよ。東京でもやってるお店を探した方が……」

「大丈夫!!」


「「いや!全然大丈夫じゃない!」」


 俺と花凛が全力で叫んでみるが、どうやらペルさんの頭の中には神戸牛しか入ってないらしい。


 ペルさんはドヤ顔で指を鳴らした。


 すると、ペルさんの体が光り出し巨大なドラゴンになった。


 人々が行き交うところでツノが2本生えた巨大なドラゴンと化したのだ。


「「ええええええええ!?!?!?」」

「ぷるん!」

  

 俺と花凛は目を丸くした。


「ペルさん!!こんなところでドラゴンになったらダメですよ!!」

「す、すごい……これがペルさんの本当の姿……」

「大丈夫なのおお……認識操作を使ったから、人々に私たちの姿は映らないことになっている」

「そうですか……」

 

 そういえば、結構な数の人たちが歩いているのに、俺たちの存在に全然気がついてない様子だ。

 

「3人とも私の体に乗ってええ……神戸がどこにあるのか教えてくれれば連れて行ってあげる。あっという間だから」


 巨大な濃い紫色のドラゴン姿のペルさんに言われると、俺の肩にいたぷるんくんがぷるんとジャンプをし、ペルさんの背中に乗った。


「ぷるん!!ぷるぷる!!ぷるん!ぷるん!!」


 ぷるんくんがぴょんぴょん跳ねながら俺たちを見ている。


 どうやら『早く来てえええ……神戸牛大好きいい』と言っているようだ。


「……花凛、乗ろうか」

「うん。大志が行くなら私も行く」


 と、俺たちもペルさんの背中に乗った。


 俺がペルさんに神戸がどこにあるのかざっくり伝えると、巨大な翼を羽ばたかせ、飛び上がった。


 さっきのオドオドだったペルさんと今のペルさんとのギャップがあまりにも大きすぎるため、俺は開いた口を塞がらなかった。


 花凛も同じようで、目を丸くして、周囲を見渡した。


「すごい……大志、これはすごいよ。私たち本当に空を飛んでいる……」

「ああ」

「ぷるっ!」


 驚いている俺たちとは違ってぷるんくんは余裕がある表情だ。


 ひょっとして以前もペルさんの背中に乗ったことがあるのだろうか。


 ペルさん、さっき自分の唯一の友達はぷるんくんって言ってたしな。


 一体ぷるんくんの過去に何があったのだろうか。


 ふとそんな疑問が脳裏をよぎる。


 だけど、この疑問は跡形もなく消え去った。


 ペルさんが凄まじいスピードで神戸へと飛び始めたからである。


「うわあああああ!!!」

「きゃああああああ!!!!」

「ぷるるるるるるるるる」


 あまりにも速度が速すぎて俺たちは悲鳴をあげてしまった。


 ぷるんくんはぷるんぷるんした体が風によってすごく触れているけど、大丈夫そうだ。


 てかこれ、速すぎだろ……


 幸い、ぷるんくんが俺たちに防護幕をかけてくれたおかげで、物理的ダメージはないが、いくらなんでも怖すぎるだろこれ!!!

 

 ジェットコースターと比べ物にならないほどの怖さ。


 速度だって、これまで経験したことのない速さだ。


 しかも、めっちゃ揺れてるし!


「ペルさん!!ちょっと速度抑えてください!!!」

「これは速すぎるよ!!!!」

 

 俺と花凛の切実な叫びはペルさんには届かない。


「神戸牛ううううう!!!!ぬあああ!!神戸牛ううううううううう!!!今食べに……行くううううううううん!!!」


 完全に神戸牛の虜になってるじゃねーか!!!


 てか、飛べながら涎垂らさないで!!


「「ああああああああああ!!!!!!」」


「ぷるるるるるる!!!」


5分後


神戸三宮センター街


「みんな!!ついたよおおおお!!!降りて降りて!!」

 

 どれくらい時間が経ったのかはわからないが、とりあえず俺と花凛はペルさんの背中から地面に降り立った(ぷるんくんも)。

 

 ペルさんは人間の姿に戻った。


「神戸牛ううう……ジュル。いっぱいたべりゅ、ん?」


 ペルさんは俺と花凛の様子を見て首を捻る。


「ううえええええ……俺、吐きそう……」

「大志……私も……ううう……薬局……薬局どこ……」


「ぬはっ!!二人とも……私がスピード出しすぎたばかりに……ごめん……ごめんよ……やっぱり私は神殿で引きこもった方がマシだよおお……迷惑ばかりかけちゃうから」


「ぷる……」


 ぷるんくんはしゃがみ込んで地面に何かを描いているペルさんとゲロ吐きそうな俺たちを交互に見ては冷や汗をかいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る