第67話 神戸……ぎゅうううううう
東京都にあるとあるゴルフ場
「はあ!この新調したドライバー、なかなかのものじゃないか」
「葛西社長、素晴らしいです」
「ナイスショット!」
50代と思しき太ったおじさんのスイングに取り巻き二人は拍手する。
バーコード髪、野太い声、膨らんだお腹。
葛西社長は得意げにいう。
「うへへへ!この調子ならプロデビューもいけるんじゃないかな」
と、ふんぞりかえる葛西社長。
そんな彼に電話がかかってきた。
「あ?誰だ?こんな忙しい時に。現場の岩本か。なんだ」
『か、葛西社長、大変です!!』
「はあ?何慌ててんだ」
『パートたちが有給休暇の取得と残業代の支給を求めて暴動を起こしました!!』
「な、なに!?」
『最近の若者は賢いんですよ!もう昔のやり方は通用しません!これはパートたちの要求を聞いてあげるしかないかと!!じゃないと労基か……』
「黙れ!!なんとか誤魔化せろ!あんな奴らの要求をいちいち聞いてあげると、経費が増える一方だろ!」
『し、しかし、法は守らないと……』
「ごまかせ!じゃないと追い出して新しいパートを探せば済む話だ!」
と、葛西社長は鼻息を荒げてスマホをズボンの中に入れる。
「全く!最近の若者はありがたみっちゅうーもんがないな!働けるだけで幸せにならねーのかよ!ったく!ちょっとは俺の息子を見習ってほしいな〜」
葛西社長は自分の息子を思い出して頬を緩める。
「息子さんって翔太くんでしたよね」
「ああ!翔太はよ、俺からもらったお小遣いを貯めてバイクを買うような節約の出来るいい子だよ。それに引き換え、最近の若者ときたら本当に努力が足りないな〜うへへへへ!!成人したら翔太に高い車を買ってやろうか。お金はいっぱいあるからな!」
と自慢げに笑う葛西社長。
彼にまた電話がかかってきた。
「今度はなん……え?秋月グループ……」
彼は目を丸くして電話に出た。
「か、葛西段ボールです!」
『かくかくしかじか……』
葛西社長の表情は次第に変わり、絶望の顔になる。
「すべての取引を……中止……」
彼は全身を痙攣させ、スマホを落とした。
「あれ?葛西社長?」
「どうしたんですか?」
取り巻き二人が問うも、彼は恐怖しながら震えるだけだった。
X X X
立川駅付近のパスタ屋
「ぷるうううう……んんんんん!!ぷるううう……んんんんん!!」
「す、すごい……あのスライムめっちゃ食べてる……」
「なんかかわいいかも……」
「お母さん!プリンみたいなものがパスタをいっぱい食べてりゅ!」
「そうね!あんなにちっこいのに……」
「てか、あの女の子可愛くない?向かい側でスライム撮ってる男子ってカメラマン?」
堆く積まれてゆくぱパスタ用お皿。
ペストジェノベーゼ、タラコソース シシリー風、ミートソース ボロニア風、カルボナーラ、ペペロンチーノ、イカの墨入りスパゲッティ、などなど……
凄まじい量のパスタを吸ってゆくぷるんくん。
俺は新しく買ったスマホのカメラを使い、ぷるんくんを撮りまくっている。
「はあ……ぷるんくんがこんなに鮮明に映るなんて……幸せ……」
と、俺が頬を緩めてぷるんくんの可愛さに癒されていると、ぷるんくんが食べることをやめ、俺の胸に自分の体を擦ってきた。
「んんんん!」
どうやら『美味しいいいいいいよ。あるじいいいい』と言っているようだ。
俺はぷるんくんを撫でながらいう。
「このお店を教えてくれたのは花凛だよ。だから花凛にもありがとうって言わないとな」
と俺がぷるんくんに優しく語りかけると、ぷるんくんは俺の向かいに座っている花凛を見つめる。
「ぷるんくん……」
「ぷる……」
花凛をしばし見続けた後、ぷるんくんはドヤ顔でサムズアップしてくれた。
ぷるんくんの反応を見て花凛は感動したように言う。
「はあ……ぷるんくん!これから美味しいところいっぱい紹介してあげるからね!一緒に味巡りしようね!」
「ぷるっ!!」
「大志、ぷるんくんが好きそうなお店調べておくから、時間あれば私も混ぜてね?」
「もちろんだよ」
「ふふふ」
花凛は嬉しそうに微笑みながらパスタを食べ始める。
基本、俺がぷるんくんの料理を作るわけだが、気分転換に花凛と一緒にお店で食べるって感じでいいよな。
俺が胸を躍らせていると、花凛が何かを思い出したかのように突然暗い表情をする。
「あ、」
「ん?花凛?どうかした」
「なんでもないよ。あはは」
彼女はごまかし笑いを浮かべてパスタを食べてゆく。
俺は彼女が気になった。
食事を終えた俺たち。
スマホを買うという目的は達成した。
加えて昼飯も食べた。
ゆえに俺たちが一緒にいる理由は無くなった。
理由。
理由って必要だろうか。
「……」
「……」
「ぷる?」
ただただ道を歩く俺たちを、俺に抱えられているぷるんくんが交互に見ている。
俺は花凛の明るさにずっと助けられた。
絶望に打ちひしがれた俺に先に話をかけてくれた。
昔の俺は自分の世話もろくにできなくて、心の余裕もなかった。
だけど、今となっては……
俺から行くのもありだと思えてきた。
「あのさ、花凛」
「うん?」
花凛は自信なさげに俺を横目で見ている。
俺は勇気を振り絞ってみることにした。
「時間大丈夫ならもうちょっと遊ばない?」
「え?あ、う、うん!いいよ!全然遊べるし!」
花凛は口角を吊り上げてサムズアップしてくれた。
「よし!ぷるんくん!花凛!遊びまくるぞおおお!!」
「おおおおお!」
「ぷるるるるるんん!!!」
俺たちは脳を空っぽにして遊びまくった。
カラオケに行ったり
「燃え尽きるほど!!!愛せよ!!!」
「ぷるうううん!!!ぷるん!!ぷるぷるんんんん!!」
ぷるんくんと花凛のデュエットは俺に強烈な印象を与えた。
あとは服屋に行ったり
「ぷるんくん!帽子めっちゃ似合う!!かわいいい!」
「ぷる?」
帽子を被ったぷるんくん。
なかなか新鮮な組み合わせであった。
(謎の視線)
プリクラを撮ったり
「大志!もっと寄ってよ」
「は、ああ……」
花凛と密着してプリクラを撮った。
もちろん真ん中にはぷるんくんがいる。
(謎の視線)
こんな感じで俺たちは遊び倒す勢いで共にいる時間を楽しんだ。
そして気がつけば午後5時である。
俺たちは3人並んで(花凛、俺、ぷるんくん)立川の街を歩いている。
「大志〜すっごく楽しかった……」
「そうだな。こんなに遊んだのは初めてかも」
「私も女友達以外だと初めてよ」
「んんんん!!」
「あ、ぷるんくんも満足したかい?」
「ぷりゅん!!ぷりゅん!!」
ぷるんくんはぴょんぴょん飛んで返事をする。
どうやらぷるんくんも大満足のようだ。
だけど、ぷるんくんは急に表情を変え、落ち込む。
グウウウウウウウウウ!!!!!
お腹が空いたようだ。
「あ、大志、よかったら私の家で食べる?ママとパパに連絡しとくから」
「い、いいよ!三日連続でお邪魔するのは申し訳ないし!」
「もう……家族だから別にいいじゃん」
「か、家族……」
「うん!」
花凛はにっこり笑い、手を後ろに組んで俺を上目遣いしてくる。
家族……
なぜこの単語を聞くだけでこんなにも心が落ち着くんだろう。
「そうだな……あ、そういえば二日前に食べた神戸牛本当に美味しかったな」
「あ、神戸牛!美味しいかったよね!ぷるんくんも大喜びで食べ……え?今視線感じなかった!?」
花凛は途中で目を丸くして俺に問うてきた。
視線。
俺も感じる。
実はスマホを買う時から怪しい視線を感じていた。
なぜかとてもイライラするような視線である。
「ああ……」
「やだ……変な人に後をつけらてるなんて……ちょっと怖い……」
花凛が俺に近づいて俺の腕に抱きついた。
「ぷるんくん、防御膜、頼んでいいか?」
「……」
「ぷるんくん?」
「ぷる……」
「うん?ぷるんくん?どうした?」
「……」
ぷるんくんは俺から目を逸らして困ったような表情をしている。
見覚えのあるぷるんくんの顔……
そして謎の視線……
神戸牛……
うん。
もしや
俺は聞こえよがしに大声で言う。
「神戸牛、お口に入れた瞬間、ほろりと舌の上で踊るように柔らかく、絶妙な旨味と甘みを残しながら消えてゆく儚さはまさしく芸術の域だ」
「ん?大志?」
「特に神戸牛の霜降り具合は日本の誇りとも言えるね。神戸牛を初めて食べた瞬間は絶対忘れられない……まるで新しい世界に俺を導いてくれるような上品な味だった……ああ、食べたいな……」
「うん?」
花凛が俺の腕を抱きしめたままキョトンと小首をかしげる。
俺は周りを検分するように見渡した。
そしたら、
俺たちの後ろにある電柱から見慣れたツノが見え隠れする。
「やっぱりか……花凛、ちょっとごめんね」
「ふえ?大志?」
俺は花凛から離れ、猛烈な勢いで電柱へと走り、そのツノを引っ張った。
「ふにゃああああああ!!!」
「ペルさん!!何やってるんですか!?」
そう。
ペルさんである。
黒いドレスを着て、長い紫色の髪を靡かせる美人お姉さん。
ノルン様の代理人にして半神半人でとてつもなく強い人だ。
そんなペルさんは涎を垂らしながら目を潤ませて神に祈るように両手を握る。
「ぎゅううううう……」
「ぎゅう?」
「ぎゅううううううううう……」
「あの……ペルさん?」
「神戸……ぎゅううううううう……」
「……」
俺が無言のまま乾いた笑いをしていると、花凛がやってきた。
「大志……この人、誰なの?」
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