第66話 スマホ、花凛、ぷるんくん

翌日


土曜日


 目が覚めた。

 

 心臓が高鳴る。


 今日は花凛と一緒に立川あたりでスマホを買う約束をした。


 そういえば花凛と土曜日に一緒に遊ぶのは初めてだな。


 学校ではマドンナとして通っている彼女は非常にモテる女の子だ。


 西山先輩のようなイケメンたちが目星をつけ、普通の男子たちは話をかけることすら憚れる。


 そんな彼女と一緒に行動を共にする。


 これはもしかしてデート……


 彩音さんから許可はもらったから問題にはならないはずだ。


 だけど、


 あんな美少女と……


 そんなことを思っていると、


「ん……」

 

 俺の腕にぷるんぷるんした感触が伝わってきた。


 ぷるんくん。


 昨日の帰り道にぷるんくんは自転車の前かごに入ることなく、俺の肩の上に乗って離れなかった。


 家についてからもぷるんくんはずっと俺のそばにいた。


 うん。


 今日の主役は他ならぬぷるんくんだ。


 俺はすやすや眠っているぷるんくんを撫でる。


 ぷるん


 ぷるんぷるん


 まるでプリンのように揺れる体をみていたら、もっと触りたくなる。


 ぷるんぷるんぷるん


 ああ、柔らかくて気持ちい。


 俺は猛烈な勢いでぷるんくんをモミモミする。


 すると、


「ぷる」

「んぐ」


 ぷるんくんが突然俺の顔に引っ付いた。


 眠っていながら防御をするとはな。


 やはり俺のスライムは最強である。


 ぷるんくんを引っぺがしたら、俺は自分に『何やってんだ』と戒めたあと、小さく呟く。


「ご飯作ろう」


X X X

 

 ぷるんくんと朝ごはんを食べ、以前買っておいた私服を着て自転車に乗っている俺たち。


 前かごに乗っているぷるんくんは朝の風にあたりながら目を瞑っている。


 今日の天気は晴れだ。


 ここのところ、ずっと晴れが続いている。


 だが、いつか雨が降るだろう。


 もうすぐ紫陽花が咲きほころ頃合いだ。


 雨に濡れた紫陽花が咲く玉川上水。

 

 その風景が見てみたいものだ。


 雨が降っても、雪が降っても、俺はぷるんくんとこの道を進むことになるんだろう。


 東京は新宿といった東側あたりが注目されがちだが、多摩地方とも武蔵野台地とも呼ばれるここが俺は好きだ。


 でも、俺は異世界に行かなければならない。


 その時はこの古びたママチャリではなく、最新型のバイクに乗っていることだろう。


 その前にまずはスマホだ。


 俺は自転車で立川まで走った。


 駐輪場に自転車をとめ、ぷるんくんを抱え、待ち合わせ場所である立川駅前に赤いデッキアーチに行けば、


「あの子めっちゃかわいい」

「すっげ美人」

「モデルかな?」


 と、道ゆく人たちが感嘆する。


 俺も釣られる形で視線を向けると、そこには一人の女の子が立っていた。


 亜麻色の長い髪、キレ長の目、幼い感じは残っているものの整った目鼻立ち。


 短い黒いスカートに白いシャツ、灰色のカーディガン。


 そして、高校生の割には大きい方に属する胸。

 

 腰は細く足は長い。


 本当にモデルみたいだ。


 制服姿の彼女しか見たことなかったからか、私服姿の彼女が醸し出す迫力は相当なものと感じてしまう。


 彼女は俺を見つけるなり、凄まじい勢いで走ってきた。


「大志いいいいいいい!!!!!!!」


 花凛は止まろうとしたが、結局俺とぶつかってしまった。


 彼女はステップを踏み外して躓こうとしたが、俺は咄嗟に手を伸ばし、花凛の腕を握り締めて立たせる。


「花凛、こんにちは」

「あ、う、うん……こんにちは。ごめんね、ちょっと盛り上がっちゃって」

「いいよ」

「ぷるんくんもこんにちは!」

「ぷるっ!」

「えへへ……ぷるんくんが挨拶してくれた」


 ぷるんくんが手を振って挨拶してくれたことで、花凛は両手を自分の頬に当てて喜んでいる。


 さっきまでは踏み込めない美少女オーラを漂わせていたけど、今の花凛を見ていたら、やはり俺の知っている花凛だ。


 俺が頬を緩めたら花凛が突然表情を変え、俺の腕を強く掴んで持ち上げた。


「大志!行くわよ!!ぷるんくんを鮮明に映してくれるカメラがついたスマホを買いに!!」


 花凛の声を聞いたぷるんくんも手を上げてドヤ顔をした。


「ぷるん!!」


 おお、ぷるんくんもやる気満々のようだ。


(謎の視線)



家電量販チェーンにある携帯ショップ。


「めっちゃあるな」


 折りたたみ式もあれば、インダクションのようなカメラが3個ついているもの、5個もついているものもある。

 

 いっぱいついているものがいいスマホかな。


 俺が選びあぐねていると、店員さんがやってきた。


「何かお探しですか?」


 親切な店員お兄さんが声をかけてくれた。


 おお、これは助かる。


 なので俺は腕に収まっているぷるんくんを両手で抑え、店員のお兄さんに突き出してドヤ顔を浮かべる。


「この子が鮮明に映るスマホを探してますよ!!」

「ぷるるるるるるるるん!!!!!」

 

 そしたらぷるんくんも俺に倣い、得意げな顔をする。


 花凛はちょっと離れたところから俺たちを見てくすっと笑っていた。


「あ、あ……はい……要するにカメラの性能が良ければいいですよね?」

「との通りです」

「ぷるぷるん!」

「で、でしたら……こちらのスマホがおすすめです。えっと、こちらは画面が大きくてカメラも五つもついているモデルで主に男性が好みます。そしてこちらはさっきのモデルと比べると小さいんですけど、インタフェースとかデザインが綺麗で主に女性客たちが購入するモデルですね。カメラは三つあるけど、とても綺麗に写りますよ」


 ふむ。


 女性客たちが購入するスマホは花凛が使うものと一緒だな。


 これはぷるんくんの姿を記録するために必要なものだ。


 適当に決めるのはできまい。


 血が騒ぐぜ。


 俺はぷるんくんをテーブルにそっとおいて、早速スマホのテストに入る。


 スピードとか、ゲームでのパフォーマンスとかはいらない。


 必要なのは


 カメラ性能オンリー!!


「おおお、お客様!?」

「大志、頑張れ!」

「え、もしかして彼女さん?」


 俺は花凛と同じモデルのスマホを握り早速カメラアプリを立ち上げてぷるんくんを映した。


「ふむ……光沢よし、ぷるん度よし、もちもち感……ベリーグッド!可愛さ非常に良し」

「……」

 

 店員のお兄さんが戸惑いながら俺を見つめている気がする。


 あとは、ズームの具合を確認と。


 テストが終わったら心の中で点数をつける。


 89点。


 あとは、カメラが5個もついているでっかいスマホだ。

 

「おお……これも似たり寄ったりか……甲乙付け難い」

 

 と、渋い顔で言ってみる。

 

 すると


「え?接写モード?」


 画面の下側に『接写モード』というボタンがある。


 それをポチッと押すと、画面が切り替わった。


 俺はぷるんくんに近づいてぷるんくんを映してみた。


「おお……おおおお……ぷるんくん……ぷるんくん……」

「ぷる?」

「大志、どうしたの?」

「ぷるんくんは拡大しても、めっちゃ綺麗な黄色い体してる……」

「え?本当!?私もみるみる!!本当だ!!汚れが全くないよ!!きれい!!」

「だろ!」


「な、なんなんだこのカップル……スライムの体を拡大して喜んでる……」


 店員のお兄さんがドン引きしながら俺たちをみている気がする。


「ん?120倍ズーム?どれどれ」


 俺は右下にある『120倍ズーム』のボタンを押すとまた画面が切り替わる。


 俺は性能を確かめるため、遠いところを映してみる。


「すごい……こんなに離れているのに、ちゃんと鮮明に写っている!!!」


 俺がこのスマホの性能に感嘆しているといつしか画面の中に入ってきて花凛が入ってピースをした。


 やっぱり綺麗だよな。


 ぷるんくんだけじゃなくて花凛も綺麗に映してくれる。


 俺が嘆息を漏らしていたら、



 謎の視線が感じられた。


 なぜか知らないけど、俺を非常に苛立たせる視線である。

 

 入り口あたりか。 


 俺は早速スマホを入り口の方へ向ける。


 するとそこには客の出たり入ったりする様子が見えるだけだった。


 ん……


 気のせいだろうか。


 いつのまにか花凛が俺のいるところへ戻った。


 何はともあれ、これも点数をつけるべきだろう。


「大志、どうかしたの?」

「95点」

「ん??」

「ああ……すまん。俺これにするわ」

「わかりました。それじゃ早速プランの説明に入りましょうか」


 プランか。


 2年縛りとか、そういう概念が出てくるんだろう。


 嫌だな。


「い、いいえ。この機種、一回払いで購入します」

「ええ?そ、そうですか?これは18万円もするんですよ。大丈夫ですか?」

「は、はい」

「おお……能力者ですね」

「え?」


 店員のお兄さんは感心したように俺と花凛を交互に見つめてくる。


「はい!わかりました。ではこちらへ」


 これでいよいよ新しいスマホが手に入った。


 前のデータをここに移植すれば言うことなしだ。

 


ペルセポネside


 黒いドレスを着ているペルセポネは高層ビルの屋上に腰掛けて、大志がいる家電量販店を見下ろした。


「ぎゅううううううう……ぎゅうううううううう……神戸牛うううううううう」






追記


次回は葛西の父の会社がちょっと出たあと、ペルさんもいっぱい出ます


 

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