第65話 葛西の父とスマホ
葛西を始末した後、俺は必死に走った。
15分ほど走ると国分寺駅が出てきた。
駐輪場に行って自転車を止め、彩音さんからもらったキーカードを使いエントランスを通る。
エレベーターに乗り、ボタンを押して待つことしばし。
上に登るにつれて俺の心臓も高鳴る。
もうすぐぷるんくんの姿が見れる。
と、思いながら秋月家の玄関ドアの前に立つ。
このドアの向こうには誰がいるんだろう。
もしかして、
誰もいないんじゃないだろうか。
ぷるんくんも花凛も彩音さんも花凛の父も、遠いところに行ってしまって俺はまた一人になるのではなかろうか。
なんでこんな気持ちが湧いてくるんだろう。
「……」
虚しい感じがするが、俺は勇気を振り絞ってキーカードをかざしてドアを開ける。
するとそこには
「ぷる……」
玄関前にぷるんくんが俺を見上げながら目を潤ませていた。
「ぷるんくん……」
ぷるんくんは今にも泣きそうだ。
虚しい気持ちはもうしない。
その代わりに申し訳ない気持ちが湧いてきた。
俺は両手を広げていう。
「帰ってきたよ」
「ぷりゅん!!!!」
ぷるんくんはジャンプして俺の胸にペチャってくっついた。
「んんん!!んんんん!!んんんん!!」
ぷるんくんは俺の胸と喉に全力でぷるんぷるんと体を擦り付ける。
目を『><』にしてすりすりするぷるんくんはかわいい。
俺はそんなぷるんくんをなでなでする。
特に十字傷あたりを優しく撫でてあげた。
ずっと俺を待ってくれていたんだね。
「大志!!!!」
「大志くん〜」
「臼倉くん」
俺がぷるんくんをモミモミしていたらリビングから3人が現れた。
私服姿の彩音さん。
制服姿の花凛。
スーツ姿の秋月さん。
ぷるんくんを預けた時は彩音さんしかいなかったけど、花凛と秋月さんは様子から察するに帰ったばかりのようだ。
俺が3人に向かって手を振っていると、3人は目を丸くして驚愕する。
「大志!なんでボロボロなの!?」
花凛が言って、俺に近づいてきた。
そしたら彩音さんが心配そうに言う。
「一回電話かけてみたけど、出なかったから心配していたわよ。なんでそんなになっちゃったの?」
彩音さんが言い終えると、花凛の父が目を光らせて続きを促した。
ぷるんくんを抱えたままの俺はにっこり笑顔を浮かべていう。
「ちょっと転んだだけです。あはは」
葛西のことを言って雰囲気を壊しても申し訳ない。
ここは誤魔化して正解だろう。
そう思っていると、
3人は頬を緩めて優しく微笑みをかけてくれた。
よし。
このままやり過ごすぞ!
と思っていたら
「大志……」
「ん?」
花凛が俺の名前を言った途端に3人が急に表情を変える。
「「「嘘はダメ」」」
「えええ!?!?」
「ぷる?」
俺は結局3人に根掘り葉掘り聞かれて全部吐いてしまった。
リビングのソファーのサイドテーブルには俺の壊れたスマホが置いてある。
「葛西くん、退学になったのにまたあんなことを……本当に酷すぎるよ!許さない!」
「そうね。私、結構怒れてきたわ」
「ちょ、ちょっと!落ち着いてください!二人とも……」
花凛は握り拳を握って怒り、彩音さんは背中から真っ黒なオーラを漂わせ色褪せた目をしている。
怖い。
怖いよ。この二人。
俺が二人を落ち着かせながらチラッと花凛の父の顔を窺ってみたけど、彼は何かを考え込む仕草を見せている。
「ん……葛西……葛西……葛西段ボール株式会社……」
「ん?」
「そういえば、葛西段ボール株式会社の社長の息子も華月高校に通っているって言われた気がする」
彼は何かを呟きつつスマホを取り出す。
どうやら誰かに電話をかけているようだ。
「俺だ。谷本専務。一つ聞いていいか。ああ。葛西段ボール株式会社の社長の息子のことだけど。ああ。うん。そうか。うん。わかった」
一体なんの話をしているんだろう。
普通の会話ではなさそうだ。
葛西段ボール株式会社。
葛西。
うん……
俺が固唾を飲んでいると、
「谷本専務、これは業務命令だ。葛西段ボール株式会社との取引を全部中止にしろ。他の段ボール会社をこれから探せ。当てはあるから困ったら連絡していい」
「え、ええ?」
俺の考えが正しければ、葛西段ボール株式会社の社長は葛西の父だ。
葛西はある会社の社長の息子って聞いたけど、段ボール会社だったんだな。
『いやいやいや!!!葛西段ボール株式会社の売上の9割ほどは秋月グループとの取引によるものなんですよ!なんの理由もなしに中止にすると……』
慌てる谷本専務さんの声がスマホ越しに聞こえてくる。
だが花凛の父は表情一つ変えずに返答した。
「理由はある。やつは取り返しのつかないことをしてしまった。後で話すから、今後一切葛西段ボール株式会社との取引はない」
彼はそう告げて、スマホを閉じる。
俺をずっといじめた葛西。
やつの父は秋月グループに段ボールを納品する会社の社長。
なんという運命の悪戯だ。
取引中止になったら葛西の父の会社の売上の90%が消えてしまう。
世間は狭いとはよく言ったものだ。
でも、俺は一つ納得がいかなかった。
なので俺は口を開く。
「あの……間違いを犯したのは葛西なんですけど、なんで葛西の父の会社が被害を被るんですか?」
俺の問いに花凛の父が俺の肩に手をそっと乗せて、とても真面目な表情を浮かべる。
「臼倉くん。君はまだ若いから理解できないかもしれないが……」
「……」
「子供は親の鏡だ。人苦しめる子供に育てたあの親にも責任がある。特に、今の臼倉くんに被害を与えたのではたまったもんじゃない」
俺が秋月グループ専属の探索者だから気にかけてくれているのだろうか。
「そうね。他ならぬムk……大志くんをいじめたからね」
彩音さんも俺の肩を持っている。
うん。
異世界もいいけど、ちゃんと探索者としても活躍しようではないか。
そう思っていると花凛の両親が俺を見て目を輝かせた。
(二人の心の声:未来の婿だもの)
よし!
暇があればレッドドラゴンでも捕まえてくるぞ!
そう意気込んでいると、外からベルが鳴った。
「あら、来ちゃったみたいね〜」
彩音さんが手を叩いて言う。
俺は問うた。
「何がですか?」
「ピッツァ50枚よ!!」
「え!?!?50枚!?」
俺は目を丸くして驚く。
「ぷりゅんん!!!!」
そして流れるように食事が始まった。
「んんん!!!ぷるううう!!!んんんんん!!!!んんん!!んんん!!!!」
ぷるんくんは凄まじい勢いで床に散らばっているピザを吸収していく。
どうやらお腹が結構空いたようだ。
俺たちはキッチンのテーブルで食べているけど、ぷるんくんの食べっぷりがあまりも凄すぎて俺たちは食べるのも忘れてぷるんくんに夢中だ。
「ぷるっ!んんんん!!ぷるっ!んんんん!!」
3秒で一枚を完食するぷるんくん。
うん。
確かに食べるのもいいけどよ……
やっぱり……
「ぷるんくん!!」
「ぷる!?」
床に並べられたピザをもぐもぐしているぷるんくんは、俺に呼ばれてぷるっと体をひくつかせ、俺の方を見つめる。
「ピザ食べるのもいいけど、コーラを飲まないとな!」
ドヤ顔で言って俺は1.5Lのコーラの蓋を開けてぷるんくんにちょいちょいと手招く。
そしたらぷるんくんがジャンプをして俺の膝に座る。
俺はコーラをぷるんくんの口にブッ刺して飲ませた。
「んぐんぐんぐ……」
全部飲み終わったぷるんくん。
ぷるんくんがコーラ色になって目を『><』にして
「んんんんんんんん!!!!!!」
体をブルブル震わせる。
そしてぷるんくんは床に飛んでピザをまた食べ始める。
本当に40センチほどのちっこいスライムなのによく食べるな。
あのぷるん具合……
見てるだけでお腹いっぱいになれそうだ。
ぷるんくんが元の色を取り戻す前に記念として写真を撮っておこうか。
そう考えていたが、
「あ……」
俺のスマホ壊れちゃってるよな。
俺が絶望していると、俺の横に座っている花凛が口を開く。
「ん、大志?どうした?」
「ぷるんくんの姿を撮りたいけど、スマホ壊れちゃっているからな。ぷるんくんの写真、いっぱい入っていたのに……」
俺が壊れたスマホを見て自重気味に笑うと、花凛は口角を吊り上げて得意げな面持ちで自分のスマホを取り出す。
「私ので撮ればいいの」
「え?」
そうか。
俺のじゃなくて花凛のスマホでぷるんくんを撮ればいいんだ。
「んぐ……スマホは壊れていても、データはよほどのことがない限り消えたりはしない。データ復元の専門家を知っている。その人に頼んでやる」
花凛の父がそう言って、ワインを飲んだ。
「あ、ありがとうございます!」
俺が頭を下げると、今度は彩音さんが口を開く。
「あとね、スマホは新しものを買えばいいのよ。大志ちゃんのはカメラが一個しかない古いものだから、3個ついている機種を買えば、ぷるんちゃんがより鮮明に映るのよ」
「ぷ、ぷるんくんがより鮮明に!?」
スマホは高いから、両親が買ってくれた格安スマホをずっと使い続けていた。
「大志くん、明日は土曜日だから花凛と一緒にスマホ買いに行けば?」
「か、花凛と一緒にですか!?」
「ええ。ふふ」
俺は無意識のうちに花凛を見てみる。
「おおおお!!ぷるんくんよく食べるね!かわいい……このもちもち感がたまらない……はあ……ぷるんくん、こっち見てみて」
花凛は夢中になってぷるんくんを撮っている。
追記
スマホ編はペルさんのかわいい姿が見れるかも
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