第63話 帰ってくるよ
翌日
秋月家
「それじゃ、ぷるんくんをよろしくお願いします」
「任せてね!」
俺からぷるんくんを受け取った彩音さんはおっとりとした微笑みを湛える。
「ぷる……ぷるうう」
彩音さんに抱かれているぷるんくんは手を生えさせ、力無く俺の方へ伸ばす。
どうやらぷるんくんが不安がっているようだ。
なので俺はぷるんくんの手を両手でぎゅっと握りしめてあげた。
「ぷる」
「ぷるんくん。俺、帰ってくるから!ここで大人しく待てね」
俺はぷるんくんを真っ直ぐ見つめる。
そしたらぷるんくんは目を輝かせ、俺に魔法をかけてくれた。
防御幕と殺身成仁。
ぷるんくんは俺を心配してくれているようだ。
「ありがとう。ぷるんくん」
そう告げて俺はぷるんくんの傷口を優しくなでなでした。
彩音さんはそんな俺たちを見ながら微笑んだのち、俺の頭を撫でる。
「ふふ、行ってらっしゃい。美味しいご飯を用意しておくわよ」
X X X
「……」
自転車に乗って教習所に向かっている俺。
いつもの風景、いつもの住宅街、いつもの人々、いつもの車。
だけど、前かごにぷるんくんはいない。
不思議だ。
ぷるんくんは1キログラム以下の軽いスライムなのに、やけに自転車が軽い。
ぷるんくんがいるいないでこんなに違うなんて。
「そう言えば、俺、両親死んでからずっとこんな感じだったよな」
そうだ。
俺はずっと一人だった。
一人で行動するのが当たり前だった。
それになんの疑問を投げかけることなく生きてきた。
昔の俺は死んだ魚のような目をして、美しい玉川上水の風景も白黒写真のように感じていた。
だが、
俺は今一人だけど、ぷるんくんと築いた思い出がある。
ぷるんくんと共に歩みながら残した足跡。
そのことを思いだすと、力が漲ってくる気がした。
「よし!早く免許取ろう!」
俺は足に力を入れてペダルを漕ぐ。
ぷるんくんがぷるんぷるんしながら俺に引っ付く場面を想像しながら、俺は教習所に向かった。
X X X
ぷるんくんside
主人を見送ったぷるんくんは、彩音から降りてきた。
「ぷるんちゃん?」
「ぷりゅ」
ぷるんくんは床を這い、ベランダの方へ移動する。
窓が閉まってあるので、ぷるんくんは窓ガラス越しに広がる街並みを眺めている。
窓からは日差しが差し込んでおり、ぷるんくんの黄色い体を照らしている。
黙々と佇むぷるんくんの後ろ姿を見る彩音。
彩音は微笑みつつ、声をかける。
「ぷるんちゃん、お茶いる?」
彼女の提案にぷるんくんは体を左右に振って断るという意志を示した。
彩音は自分用のお茶を入れて、それを持ってソファーに腰掛ける。
お茶を飲み終えた彩音は優雅に立ち上がり、ぷるんくんをそっと覗き込む。
ぷるんくんは相変わらず窓越しに広がる風景を眺めるだけだった。
まるで誰かを探しているような表情のぷるんくん。
彩音はピアノがある隅っこへ行き、椅子を引いて座る。
そして鍵盤蓋を開け、ピアノを弾き始めた。
モーツァルトが持つ独特の軽快な旋律がリビングに鳴り響く。
「ぷる?」
初めて聴く音に、ぷるんくんはキョトンとしながらピアノを弾く彩音に視線を向けてきた。
彩音はぷるんくんの視線を気にすることなく演奏に夢中である。
指の動き、表情、音。
彩音が演奏を終えると、
「あら、ぷるんちゃん」
ぷるんくんが彩音の横で彼女を見上げていた。
「これはね、ピアノという楽器なの。私は昔からこの楽器を学んでね、こうやって気分転換に弾いてるの」
「ぷる……」
ぷるんくんはピアノと彩音を交互に見ながら不思議そうな顔をしている。
「ふふ、音楽は人を癒す効果があるけど、ぷるんくんはどうかな?もっと聴きたい?」
「……」
笑顔で問うてきた彩音にぷるんくんは、這ってまたベランダの窓のほうへいく。
その姿を見て彩音は残念そうに短く息をつく。
だけど、
「ぷる!」
ぷるんくんはベランダの方から彩音を見て頷いた。
彩音はそんなぷるんくんを見て、子供を見守る母の表情をし、再びピアノを弾き始める。
しばらくの間、彩音はピアノを弾き続けた。
彼女がピアノを弾くだけで、ここはまるで異世界と化した。
まるでこの空間そのものが宇宙を漂っているようだ。
いつしかぷるんくんの表情には柔らかさが宿っている。
弾き終えた彩音。
ぷるんくんは相変わらず窓越しの世界を見ている。
ぷるんくんは何かを決心したような表情をし、ジャンプをした。
「ぷるっ!」
ぷるんくんがベランダの窓ガラスにジャンプをしたのだ。
ペチャ
ぷるんくんはカタツムリのようにガラスにくっついている。
ぷるんペチャ
「ぷるんちゃん?」
ピアノ椅子から立ち上がった彩音はガラスに引っ付いているぷるんくんを見て小首を傾げた。
だが、何かに気がついたらしく、彩音は笑顔を浮かべぷるんくんのところへいく。
「ぷるんちゃん、外行こうか」
「ん?」
彩音はベランダの窓を開けた。
そしたら、ガラスに引っ付いていたぷるんくんが床に落ちて、彩音と一緒に外へ行く。
心地よい微風が彩音の柔らかい亜麻色の髪を撫でるように通り抜ける。
ぷるんくんは彩音を見上げる。
「ぷるんちゃん」
「ん?」
「ありがとうね。大志くんとぷるんちゃんのおかげで私はこうやって新たな人生を手に入れたの」
「……」
「私ね、大志くんを見るたびに、心が痛くなるの」
「んん?」
「大志くんは理不尽な社会によって……人によって散々苦しめられた可哀想な子なの。でもね、グレて恵まれた人たちを呪い尽くすこともできたのに、あの子は……死んでゆく私にとても真面目な表情を向けてくれたわ。何かを強く我慢するような……私を呪うどころか、私が感じていた死への恐怖を理解してくれるような表情……」
「……」
「だからね、私、大志のこと、応援したくなったんだ。幸せになってほしい。あの子は絶対幸せにならないといけないの」
「……」
「花凛も大志くんのことをちゃんと見ているんだ。ふふ、大志くん、花凛に踏み込んでも全然いいのにね。でも、これはこれでありかも。見てて楽しいし。横取りしようとする不埒な女狐さえ現れなければ」
「ぷる!?」
ぷるんくんはいきなり彩音がヤンデレモードになったことで、体を震わせる。
彩音は早速元の顔に戻って風景を眺める。
ぷるんくんは
彩音との距離を詰めて、彼女と同じく景色を眺める。
「ぷるんちゃん。一緒に待とうね」
「ぷるん!」
X X X
教習所
「よし!早速ぷるんくんに会いに行くぞおお!!」
授業を終えた俺は早速リュックサックを引っ提げて駐輪場へ行く。
早くこの前かごにぷるんくんを入れて走りたいものだ。
今日は何を食べようかな。
彩音さんが美味しいものを用意するって言ってたし、ちょっと申し訳ない気持ちもある。
昨日は散々迷惑をかけて神戸牛までご馳走になったのに。
もし、時間があれば、ぷるんくんとSSランクのダンジョン潜って最上級ダンジョン松茸でも採ってプレゼントしよう。
あとは、
花凛のことも気になる。
『私も……異世界、行きたいかも』
まさか、花凛も行きたがっていたとはな。
これはペルさんに相談しといた方がいいかな。
俺はノルン様と直接会話することができないから、ノルン様の代理人であるペルさんのいる神殿に行ってみようか。
そんなことを考えながら俺が自転車で教習所を出ると、
「クッソ……いつか絶対潰すから」
「あはは!陰キャにやられっぱなしなのがウケるぜ」
「黙れ!!クッソ!!俺のことが怖いからあいつ逃げてるだけだ」
ヤンキーか。
やだな。
俺が最も苦手なタイプの人種たちだ。
あんなにギャーギャーうるさく喋らないと死ぬ病気でも罹ったのか。
私服姿の3名。
全員バイクを持っており、タバコを吸っている。
ガタイのいい男が一人、体は細いけど腕に刺青を入れた男が一人。
そして、
非常に人をよくいじめそうな金髪やろうが一人。
「葛西……」
葛西と俺は目がばったりあった。
「臼倉じゃん。一人か」
葛西は醜くほくそ笑んだ。
葛西と他校の不良二人。
俺が鳥肌がたった。
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