第62話 悩みと家族

翌日


 大食いなぷるんくんに大量のスティックパンとヨーグルト、サラダを与え、外出の準備を終わらせたのち、早速ぷるんくんをママチャリの前かごに入れて出発。


 華月高校の制服姿の俺は、いつもの玉川上水を走るわけではなく、車道に沿って小平市役所に行き、住民票を発行してもらった。


 ぷるんくんを抱えた制服姿の俺を見て役員たち戸惑っていたな。


 教習所の手続きのための書類の発行が終わったら、牛丼屋で昼飯を済ませ、教習所へと移動。


 西武拝島線の小川駅と東大和市の真ん中に新小平自動車教習所がある。


 俺はぷるんくんを頭の上に乗せて中に入った。


「少々お待ちくださいね!」

「はい!」

 

 受付のお姉さんに必要な書類とお金を渡して、待つことしばし。


「ん……あの……臼倉さん」

「はい!」

「えっと……」

「なんでしょうか」


 受付のお姉さんは困ったように俺の頭の上にあるぷるんくんを見ている。


「テイムしたモンスターの持ち込みはできません」

「な!?」

「ぷるん?」

 

 予期せぬことが起きてしまった。


 いつも俺とぷるんくんは行動を共にしていたから、同然教習所にも一緒に通えるとばかり思っていたけど、それができないとは……


 考えてみれば、運転を学ぶところにわざわざモンスターを連れていく理由がないもんな。


 俺は絶望した。


 跪いて手を地面についていると、受付のお姉さんが慌てたように口を開いた。


「ま、まあ!初日ですし、小さなスライムだから問題ないと思いますので、今日だけは入ってもいいですよ。他の職員たちには伝えておきますので!」

「ありがとうございます」

「でも、次からはダメですからね」

「は、はい……」


 つまり、俺がここにいる間に、ぷるんくんは別のところへ行くのか。

 

 ぷるんくん……

 

 寂しがり屋なのに。

 

 ぷるんくんに寂しい思いをさせたのは俺なのに……


 一つ悩みが出来た。


 家で待たせたら、またぷるんくんはまた泣くだろう。


「……」

 

 悩みを抱えたまま、俺は視力検査、運転適性検査、実技検査を済ませた。


 終わった後は、秋月家へ。

 

 送られた住所通りに行くと巨大なタワーマンションが現れた。


 そして、


 華月高校の制服を着た美少女の姿も。


「あ!大志!こっちこち!」


 花凛が手を振って自転車に乗っている俺とぷるんくんのところへ走ってきた。


「花凛、こんばんは」

「こんばんは!ぷるんくんもこんばんは」


 花凛は前かごにいるぷるんくんの頭をそっと撫でる。


 ぷるんくんは最初こそぷるっと体を震わせたが、次第に花凛の手を受け入れる。


 花凛は口の端を上げて大喜び。


 だけど、彼女は俺の顔を見て顔色が変わる。


「大志、どうした?」

「え?」

「何かあった?」

「い、いや……別に」

「ふうん……」


 花凛は目を細めて手を後ろに組んだまま俺を見つめてくる。

 

 だけど、追求することはせず、笑顔を浮かべた。


「行こうね!最上級神戸牛が食べ放題だよ!」

「ぷるううううんん!!!」

 

 花凛の言葉にぷるんくんが前かごからジャンプして地面に着地し、ぴょんぴょん飛びながら喜んでいる。


 子供のように喜ぶぷるんくん。


 だけど、俺は喜べなかった。


 そんな俺を花凛が横目で見つめてくる。


X X X


タワーマンションにあるBBQ施設


「お久しぶりです。秋月さん、彩音さん」

「臼倉くん、久しぶりだ」

「ふふ、大志くんこんばんは」


 なぜか、二人とも全体的に若返った感じがする。


 特に彩音さんは前見た時より皮膚もツヤツヤで、肉がついている。


 メリハリのある体つき。


 整った目鼻たち。


 柔らかくて長い亜麻色の髪。


 死ぬ寸前の彼女を見たことがある俺にとってこの姿はあまりにもギャップがありすぎていまだに慣れてない。

 

 そんな彼女は、表情こそ柔らかいが、俺の瞳をじっと見つめている。


「……」


 俺が目を逸らそうとしても、彩音さんは離さんと言わんばかりに凝視する。


 しばし経つと、彩音さんがにっこり笑いながら口を開いた。


「ふふ、これから炭火で神戸牛をいっぱい焼いであげるわよ〜」

「ぷるん!!!」


 デニムに白いシャツを着た彩音さんが元気溢れる表情でいうと、ぷるんくんがまたぴょんぴょん跳ねながら喜んだ。


 しばし経つと彩音さんが神戸牛を焼き終えた。


「さあ、ぷるんちゃん〜あん〜」

「ぷりゅん〜」

「はい、どうぞ」

「んぐんぐ……んんんん!!!ぷりゅううううんん!!」


 彩音さんから美味しく焼けた神戸牛をもらったぷるんくんは体をブルブルさせながら走り回っている。


 そして俺の前に止まって、目をキラキラさせていた。


 そんなぷるんくんを俺は撫でながら言う。


「いっぱい食べてね」

「ん?」


 いつもははしゃいで肉を貪るはずのぷるんくんは、キョトンとしながら俺を見上げてきた。


 俺はぷるんくんの目を合わせることができなかった。


 すると、


 花凛が突然、俺の手を強く握ってくる。


「っ!?」

「大志、また一人で何か抱えているよね?」

「……」


 花凛は手に更なる力を入れ、俺を至近距離で見つめてきた。


 そしたら、花凛の父が驚いたように目を丸くし、彩音さんが切ない表情で俺を見つめてきた。


 彩音さん。


 なぜあんな表情を向けてくるのだろう。


 彩音さんは悲しさと嬉しさが混じった表情で言う。


「大志くん、言っていいよ。ううん。大志くんだから言わないといけないの」

「……」

 

 彼女の言葉と表情が痛い。


 俺の心を締め付けているようだ。


 俺は口を開く。


「いや、大丈夫です。せっかく招いてくださったのにこんな……ごめんなさい」

「大志くん」

「はい……」

「言って。誰もあなたを責めたりしないから」


 気がつくと俺は口を動かしていた。


「……教習所にはぷるんくんを連れて行くことが禁止されていると言われました」

「そ、そんな……」

 

 花凛が顔を顰める。


「ぷるんくんはとても寂しがり屋で、俺と離れただけでもトラウマを思い出して泣く子です。その……トラウマを植え付けた張本人が俺だから……待ってくれと言う言葉が言えなくて……」


 俺は握り拳を作り感情を必死に抑える。


『ぷるんくん……もっと寝てもいいよ。学校終わったら美味しいものいっぱい奢ってやるから、今日は留守番頼んでいいかな?』


 ぷるんくんを拾った次の日、葛西たちにいじめられる姿を見せたくなかったので留守番を頼んだが、


『ぷるん……うう……』


 ぷるんくんはとても寂しく目を潤ませていた。


 単なるペットなら、俺は待ってくれが言えたはずだ。


 だけど、ぷるんくん相手に俺は……


 俺が唇を噛み締めていると、


 花凛が俺を思いっきり抱きしめた。


「か、花凛……」

「そのままでいて」


 花凛の体温が感じられる。

 

 そして、


「大志くん、今はあなたを抱きしめてあげたい」


 彩音さんの体温も感じられた。


「彩音さん……」

「大志くんはもう私たちの家族なのぷるんちゃんもね」

「か、家族……」

「ええ。血は繋がってないけど、あなたは家族なの。だから一人で抱え込まずに私たちにいっぱい迷惑かけていいわよ」

「そんな……こと」


 俺が震える声でいうと、彩音さんが


「大志くんの優しさが私たちを幸せにするの。だからね、私たちも貴方を助けたい」

「……」

「ここは貴方にとってもう一つの家なの」

「もう一つの家……」


 俺を抱きしめている彩音さんはぷるんくんに視線を向けて口を開く。


「ぷるんちゃん」

「ん」

「大志くんが教習所に行っている間に、ここにいようね。私はぷるんちゃんといっぱい話がしたいの」


 彩音さんの話を聞いたぷるんくん。


 ぷるんくんは目を輝かせて俺たちを見上げる。


 しばし経つと、


「ぷるん……」


 ぷるんくんは頷いた。


「あら、ぷるんちゃんえらいわね!これからは私と一緒に大志くんを待とうね!」


 と彩音さんがいうと、花凛が悔しそうに口を開く。


「うう……私も学校じゃなければぷるんくんと一緒にいられるのに……」


 それから、花凛の父が


「臼倉くん」

「は、はい」


 彼はドヤ顔でサムズアップしてくれた。


 上着を脱いだスーツ姿の彼は最高に格好いい。


 毎度のことながら、年取るなら彼のように取りたいものだ。


 俺が美人母娘に抱きしめられていると、


 ぐううううううううううう!!!!


「ぷりゅん……」


 お腹を空かせたぷるんくんが気落ちしている。


 そういえば、ぷるんくんは神戸牛を一点食べたはず。


 なのに、俺が時間と取らせてしまったばかりにぷるんくんは食べられずにいる。


 とんだ生殺しだ。


 俺は花凛と彩音さんに微笑んでスルッと抜け出した。


 そして、眼をこずった後ドヤ顔を浮かべ、


「ぷるんくん!!」

「ぷるっ!」

「食べるぞおおおお!!」

「ぷるるるるるるるるるるるん!!!!」


 ぷるんくんは興奮したようにまた走り回って、BBQグリルの方へ行ってぴょんぴょん跳ぶ。


 ぷるんくんの様子を見て、彩音さんが意気込んだ。


「ママ、みんなのために頑張っちゃおう!!」

 

 と、彩音さんが言って再び肉を焼き始める。


 心が軽くなった気がする。


 花凛に俺の事情を言った時もそうだが、言葉を吐くだけでもこんなにスッキリするものなんだな。


 いや、ただ単に言葉を吐いただけじゃこうはならん。


 相手がこの3人だからスッキリすることができたんだ。


 家族か……


 俺なんかに家族ができて本当にいいのだろうか。 


 まだわからない。


 でも、一つ確かなことはある。

 

 この良き人たちが俺を助けてくれているように、俺もこの人たちを助けよう。


 この3人のおかげで、俺はぷるんくんと向き合うことができた気がする。


 俺は隣にいる花凛を見てみる。

 

 花凛は俺の顔を見つめていた。


 そんな彼女に対して俺は言葉を発する。


「花凛」

「何?」

「ありがとう」

「……いいよ。大志のことだし」

「花凛も、困ったことがあれば言ってくれ」

「え?」

「俺だけ助けられるのは不公平だろ?」

「あ、あはは……大志らしいね」


 彼女は前髪をかき上げて物憂げな表情をする。


「私も……異世界、行きたいかも」  


 と言った途端


「んんんん!!ぷるぷるぷる!!んんんんん!!!!んんんん!!!!!」

「あらあら!ぷるんくんは食べる姿も可愛いね〜いっぱいあるからもっと食べて!」


 ぷるんくんと彩音さんの会話が聞こえてきた。


「大志!私たちも食べようね!」

「あ、ああ」




追記


 次回、ザマ展開あるかな

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