第61話 神戸牛
高原さんと別れてから家に着いた俺とぷるんくんは風呂を浴びてさっぱりした状態である。
今日は柚子の香りがする炭酸入り入浴剤を使ったため、俺とぷるんくんからは柚子の香りが漂っていた。
「ぷるっ、ぷるぷるっ」
ぷるんくんはジェフさんからもらった古い座布団の上でジャンプをしたり、体を擦り付けたりしている。
まるで座布団に自分の存在を認識させている気がした。
なんだか猫っぽい感じがなきにしもあらずだが、黄色い物体が座布団の上で動いている姿を見ていると、やはり癒される。
ベッドで横になっている俺はぷるんくんを見たのち、スマホの画面を見つめた。
「まずは教習所からか。一発試験だと合格はできそうにないしな……教習所を卒業した後は学科試験と技能試験を受けないといけないのか」
やはり物事には順序というものがある。
しっかりバイクを運転するためのスキルを身につけるべきだ。
どうせバイクは日本でも乗ることになると思うから、免許を取るのは理にかなっている。
バイクの購入は後で考えるとして。
そんなことを考えながら、俺はスマホをそっと横に置く。
「んんん!ぷるっ」
ぷるんくんは相変わらず座布団を堪能中である。
壁時計の秒針が時を刻む音と、ベッドのシーツと寝巻きの生地が擦れる音、ぷるんくんのぷるんぷるん音が部屋を満たしてる。
俺は無意識のうちに口角が吊り上がった。
ずっと強迫観念に駆られてきた。
家にいたとしても、心の安らぎを感じることはできなかった。
だけど、
今の俺はとても落ち着いている。
まるで玉川上水のように乱れる様子がない。
心の余裕ってやつだろうか。
これまで自分一人の世話もろくにできてなかったのに、今となっては他の人のことが気になる。
花凛。
そういえば、彼女は俺にいつも積極的に話しかけてくれたな。
彼女が俺に近づくことはあっても、俺から彼女に近づいたことは恩返しの件以外ほぼない。
花凛は俺の事情を全て知っている唯一の理解者だ。
そして、
俺たちは仲良しだ。
俺はドヤ顔をして早速花凛に電話をかける。
すると2秒も経たないうちに花凛が電話に出る。
『た、大志!?私がかけようとし……えっへん!こんばんは』
「こんばんは」
『珍しいね。大志から連絡してくるなんて』
「俺たち、仲良しだからな」
『そ、そうね……そうよ!私たちはめっちゃ仲良しなの!誰よりも仲良しだわ!』
「ふふ、彩音さんは元気?」
『うん!ママね、とっても元気なの。癌に罹る前よりキラキラしてる!なんか大志がくれた松茸を食べてからは若返って、道歩くと姉妹だと勘違いする人もいるの』
「そ、そうか……」
最上級ダンジョン松茸、恐るべし……
『それはそうとして、燃えるミミズのことはどうなったの?』
「あ、それか」
『うん!私、ずっと気になってた。今日もクラスで大志とぷるんくんのこと考えてたよ』
「そうか」
俺は花凛にことの顛末を包み隠すことなく全て話した。
ぷるんくんが絶対零度とぷるんこんスピナーを使い、見事燃えるミミズを倒した話。
燃えるミミズの肉は美味しくて滋養強壮に効く話。
ぷるんくんが座布団を気に入った話。
ぷるんくんからミスリルの剣をプレゼントされた話。
そして火属性を持つようになった話。
属性の話をしたときの花凛はびっくり仰天しながらも、俺を祝ってくれた。
あと、バイクの話まで。
小一時間は話したが、花凛は相打ちをしながら俺の話を全部聞き入ってくれた。
「わ、悪い……俺ばっか話してて」
『ううん。いいの。聞いてて本当に楽しいよ!本当に……大志はすごいね』
「すごい?」
『うん!大志はすごいよ!』
そういえば、今日高原さんからも同じことを言われた気がする。
別に俺は全然すごくないし、ぷるんくんに救われたしがない高校生なだけなのに。
ぷるんくんがないと、俺は張りぼてより虚しい存在だ。
むしろ、すごいのは……
「いや……むしろ花凛の方こそすごいと思うよ」
『え?なんで?』
「それはな……」
俺が言おうとしたけど
『あ、大志、ちょっと待って、ママ?どうした!?』
花凛はそう言うと、沈黙が続いた。
どうやら花凛の部屋に彩音さんがやってきたようだ。
俺がスマホを耳に近づけた状態で待つことしばし。
『大志くん♫』
「彩音さん……」
声をかけたのは花凛じゃなくて彼女の母だった。
『話は花凛から聞いたのよ〜バイクの免許を取るんだって?』
「は、はい!」
『明日が初日?』
「そ、そうですね!」
『初日は書類の提出や適性検査などもあるから結構時間かかると思うわ。全部終わらせたら夕方になるのかしら』
「確かに……」
『晩御飯を食べないといけないわよね』
「は、はい」
『よかったら私たちの家で食べていかない?』
「彩音さんのお家でですか!?」
『そうよ。この前、キングブァッファロー肉を振る舞ってくれたわよね。それに、最上級ダンジョン松茸ももらったし。いくら将来のムk ……えっへん!とにかく、お礼がしたいから、大志くんとぷるんちゃんさえ時間大丈夫なら来てちょうだい。とっても美味しいものを用意するわよ』
「お、美味しいもの?」
と、俺が言うと、隅っこにある座布団で遊んでいたぷるんくんが『っ!?』と敏感に反応したのち、俺のいるベッドにやってきた。
『そうよ。知り合いから最上級の神戸牛をもらう機会ができちゃってね』
「こ、神戸牛ですと!?!?」
おお……
牛肉は安い牛丼屋くらいでしか食べたことがない。
最近は肉屋でいい部位を買って花凛に寸胴鍋すき焼きを作ってあげたことがあるが、神戸牛となると、これらとはレベルが違う。
しかも、最上級神戸牛とな……
「ぷる!んんん!!んん!!」
ぷるんくんが身震いしながら期待に満ちた視線を俺に向けてきた。
『あら〜ぷるんちゃんも隣にいるのね。ぷるんちゃん、神戸牛はとても美味しいのよ。肉質は、とても細く柔らかく、鮮やかな紅に脂肪がきめ細かく入り混じった最上の霜降り肉なの。口に入れた瞬間、甘みと香りが口の中に充満し、噛めば噛むほどその甘みは増していく。飲み込んだ後もその上品な香りは長く残り続けるの。キングブァッファロー肉とは違う美味さで、味にこだわる日本人の知恵が集まった珠玉の一点、ぜひ味わってほしいわ〜』
「……」
彩音さん……
料理アニメに出てくる解説役顔負けの説明で、俺までもが魅了されてしまいそうだ。
「ぷりゅううううううう……」
「ぬわっ!ぷるんくん!涎!シーツ濡れてるよおお!!」
黄色い涎を垂れ流すぷるんくんに俺は慌てふためいていると、彩音さんが笑いながら話す。
『うふふ……ぷるんちゃんのために、最上級神戸牛を100人前を用意するわ』
「ひゃ、ひゃく!?」
『くるよね?』
「もも、もちろんですとも!」
『決まりね!大志くんとぷるんちゃんには話したいことがいっぱいあるからね。花凛も大志にとても会いたがっているし。花凛ったらしょっちゅう大志のことばかり話すから』
『ちょっ!ママ!』
『ふふ、家の住所はアインで送るね』
「は、はい!あと、お体に気をつけてください!」
『ありがとう。また明日ね♫』
おお……
なんだか嵐が去った気分だ。
なんか彩音ささん、以前よりエネルギーが溢れている気がする。
「ぷりゅ……」
俺がため息をついていると、ぷるんくんが横になっている俺をじっと見つめる。
なぜ見つめているかは把握済みだ。
俺は上半身を起こして話す。
「ぷるんくん、明日は一緒に神戸牛をお腹いっぱいになるまで食べるぞおお!!!」
「ぷるるるるるるるるるるるるん!!!!」
俺の言葉を聞いた途端に、ぷるんくんは興奮しながら家中を走り回る。
そして、
ペチャ!
俺の胸にペチャっと引っ付いたぷるんくん。
ぷるんくんは俺を見上げて笑っている。
俺はそんなぷるんくんを撫でながらいう。
「そうだな。何やるにしても、一緒に美味しいものを食べるのは大事だ」
「んんん!」
「日本にいても、異世界にいても、やることは変わらない」
「ぷるん!」
ダンジョン攻略にせよ、異世界攻略にせよ、レベル上げにせよ
その中には
美味しいものがある。
そしてぷるんくんがいる。
ノルンside
天界
喜ぶ大志とぷるんくんを見て頬を緩める女神・ノルン。
「かわいいぷるん、かわいい大志……ふふ。抱きしめてあげたい」
ノルンは大志を見て呟く。
「その距離感でいいのよ。もっといろんな人と関わって、もっと強くなるのよ。大志にはやらないといけないことがいっぱいあるから……弱くて強い大志」
まるで子供を見守る親のような表情をしたノルン。
彼女は急にげんなりする。
「ペルセポネ!!!ややこしい!!混ぜてもらえよ!」
ノルンは大志の住むアパートに佇んでいる紫色の髪をした綺麗な女性を怒鳴りつけた。
「わわわ、私が行くと二人が迷惑しちゃいましゅ……ううう……でも神戸牛……食べたいい……ジュル」
ノルンは深々とため息をついて頭を抑える。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます