第60話 ダンジョントラフグ料理、そして乗り物

X X X


銀座の料亭『辰巳』


「お待ちかねのダンジョントラフグ刺しだ。ぷるんくんの分はこっちの大きな皿だからね」


「「おおお……」」

「ぷるる……」


 前菜をあらかた食べていると、辰巳さんが着物を着た女性たちを連れてダンジョントラフグ刺しがいっぱい乗った皿二つを持ってきてくれた。


 一つは小さな皿で俺と高原さんが食べるためのもので、片方はぷるんくん用の巨大な皿だ。

 

 うすく切られたダンジョントラフグの刺身は円を描くように並べられており、芸術に域に達していると言っても過言ではない。


 その美しい見た目たるや、食べるのが勿体無いと思えるほどである。


「オヤジ……こんなにいっぱい作ってくれて……他の客も楽しみにしてるはずなのによ」


 高原さんが感動しながらも心配の視線を向けてくる。


「なに、気にすることはない。ダンジョンタラバガニを持ってきてくれた臼倉くんとぷるんくんのことだ。僕に最高の思い出をプレゼントしてくれた二人がまたここにやってきてくれたから、最高のおもてなしをするのが料理人というものだよ」


 辰巳さんはドヤ顔を浮かべて俺とぷるんくんを見つめてきた。


「あ、ありがとうございます……」


 俺が辰巳さんに頭を下げていると、ぷるんくんが俺に倣い顔を俯かせる。


 辰巳さんはお年寄り独特の微笑みを湛えて口を開いた。


「ははは、いっぱい食べてくれ。君たちは育ち盛りだからな」 


 そう言って辰巳さんは着物を着た女性たちと立ち去る。

 

 向かい合っている俺と高原さん、そして俺の隣に敷かれた5枚の座布団の上に鎮座するぷるんくん。


 ふぐ刺しのビジュアルに見惚れていることしばし。


「よし!食べるぞおおお!」


 高原さんの掛け声に俺とぷるんくんは右手を上げて答える


「おおお!」

「ぷるん!」


「これはもみじおろしを入れたポン酢でいただかないとな!どれどれ……ん……っ!!おおお……美味ししい!!!」


 高原さんは禿頭をさらに輝かせて目も輝かせている。


 ま、眩しい。


 じゃ、俺もいただくとしようか。


「お、俺は刺身醤油で……むぐむぐ……お、美味しい……美味しい!!」

「ほお、臼倉もこの美味しさがわかるか!?」

「はい!ふぐは回転寿司屋のふぐ寿司しか食べたことないので……それと比べると本当に美味しすぎます!」

「なかなか悲しいこと言うじゃねーか。もちろん回転寿司も美味しいっちゃ美味しいけどよ、こっちはこっちの楽しみ方っちゅうものがあるぜ!!もっと食べな!」

「はい!」


 他の刺身と全然違う。


 歯ごたえのある食感、噛めば噛むほど滲み出る旨味と甘味。


 かと言ってしつこい感じはせず、とても上品な風味だ。


 こんなにうまいものがこの世の中に存在したとは……


 もちろん、レッドドラゴンやキングブァッファロー、ダンジョンタラバガニ、燃えるミミズみたいな美味しいモンスターもあるが、こうやって毎回毎回美味しい食材を味わうたびに、俺は衝撃を受けてしまう。


「ぷりゅりゅ……」


 俺の様子を見てぷるんくんは期待に体をぶるぶる震わせたのちジャンプをした。


 そして、大量のダンジョントラフグ刺しが入っている皿に着地。

 

 すでに味付けされているふぐ刺しをぷるんくんはゆっくり吸収していく。


「ぷるぷる……」


 目を瞑ってじっくり吟味するぷるんくん。


 やがて、


「ぷるっ!」


 目を大きく開けてから


 目を『><』にし口も『︶』にして


「んんんんんんんんんんんん!!!!」


 身震いしながら喜ぶぷるんくん。


 どうやら気に入ってくれたようだ。


 ぷるんくんはあっという間にふぐ刺しを食べ尽くし、俺の胸にペチャっと引っ付く。


 それから凄まじい勢いで俺の頬をすりすりする。


「ん!ん!ん!ん!ん!ん!」

 

 ぷるんくん、そんなに激しくすりすりすると、俺のほっぺたがすり減ってしまうよ。


 ただでさえほっぺたが落ちてしまいそうなのに、ぷるんくんのぷるんぷるん攻撃まで加わるとなると打つ手がない。


 俺はやれやれと言わんばかりにぷるんくんをなでなでしてあげる。


 その光景を見て、高原さんが感心したように口を開いた。


「本当に二人って仲いいんだな。こんな微笑ましい光景を目の当たりにしたら酒も進むもんだ。今日は代行呼べばいいから心ゆくまで飲もうかああ!」


 と言って、高原さんは徳利に入っているお酒を酒器に注いで一気飲みする。


「ぐああああ!!これはいいぜ!」


 俺に甘えているぷるんくんは酒を飲んでよがっている高原さんを不思議そうに見ている。


「お、ぷるんくん!お前も飲んでみるか?」

「ぷるっ?」

「え?ぷるんくんにお酒?」


 まあ、フグの毒であるテトロドトキシンより5000万倍強いダンジョン猛毒キノコを食べてもびくともしないぷるんくんのことだ。


 問題はないはず。


「まあ、無理にとは言わんけど、ちょっとだけならな」


 と、気持ちよさそうな高原さんが酒器に酒を少量注いでそれをテーブルにそっと置いた。


 ぷるんくんは俺から離れ、机に着地して酒の入った酒器を見た後、俺を見つめてくる。


 うん……

 

 俺は未成年者だから飲めないけど、モンスターに酒を飲ませてはならないと言う法律は俺の知る限り存在しない。


 まずは飲んでもらい、反応をみて判断をしようではないか。


 俺はぷるんくんを見て頷く。


 すると、ぷるんくんは酒器に手を突っ込み、酒を吸収した。


 しばしたつと、


 ぷるんくんが反応する。


「っ!ぷるっ!」


 目を大きく見開いて身震いしてから


「ぷるるるるるるん!!」


 前より元気な姿でサムズアップした。


 俺は条件反射的に鑑定を使う。


ーーーー


HPが0減る代わりにぷるんくんのアルコール耐性が上がりました


ーーーー


「おお……耐性が上がったのか」

「ぷるっ!」


 つまり、ぷるんくんはお酒を楽しむ訳ではなく、克服すべき毒のような要素だと認識しているのか。


 てか、HP減らないのかよ。


 ぷるんくんの体丈夫すぎるでしょ。


 高原さんのおかげでぷるんくんの新たな一面を知ることができた。


 そんなことを思っていると、


「失礼致します。お待ちかねのふぐちりでございます」


「「おおおおおおお!!!!」」

「ぷるるるるるるるるるうううううん!!!」


 俺たちは一瞬にしてふぐ料理を平らげた。


「はあ……美味かったぜ」

「ですね」

「ぷるう……」


 3人共に満足そうにしていると、頬が少し赤い高原さんが俺に話しかけた。


「そういえば臼倉、俺に話したいことってなんだ?」

「あ、そうですね」


 ふぐ料理があまりにも美味しすぎたため、忘れていた。


「移動手段のことで……バイクとかに乗りたいんですけど、その……何もわからなくて……」

「バイク?」


 そう。


 バイクだ。


 バイクなら免許さえ取れば俺だって運転できる。


 だけど、俺にはバイクのことに関して全く知識がないのだ。


 俺をさんざんじめ抜いた葛西とかやつと連んでいた他校の連中は乗っていたんだけどな。


 ものすごく偏見かもしれないが、少なくとも俺の中ではバイクに乗る高校生=陽キャ不良と言う認識がある。違ったらごめんよ。


 つまりバイクは陰キャである俺とは全く縁のない乗り物である(涙)……


「バイクに乗りたいのか……うん……訳があるようだな」

「……ぷるんくんを乗せてもっといろんなところに行きたいので」


 流石に異世界のことは言えないが、俺の言葉に嘘はない。


 俺の言葉を吟味するように聞いた高原さん。


 やがて、


 彼はほくそ笑んだ。


「本当にバイクに乗りたいか?」


 彼の問いに俺はぷるんくんを見てみる。


 バイクさえあれば……


 バイクさえあればな……


『あははは!!!ぷるんくん!早いでしょ?これなら人族の住む王国まであっという間だよおお!!』

『ぷるるるるるるるうん!!』

『よし!ぷるんくん、最大スピードで行くから歯を食いしばってな!!』

『ぷるるるん!!』

『はははは!!そういえばぷるんくんは歯がないもんな!!あははは!!!ぷるんくん、これが俺だよ。超格好いいでしょ?』

『んんんんん!!』


 ぷるんくんを乗せたバイクを走らせる俺の姿が脳内で自動再生される。


 ああ……


 格好いい。


 想像するだけでも武者震いがする。


 バイクがあればぷるんくんに格好いい主人アピールができる。


 早くバイクを乗りこなせるようになって異世界で思う存分走るぞおお!!


 それと……


『ちゃんと掴まってな!花凛!』

『大志……うん』


 格好いいバイクに乗っている俺と後ろに乗っている花凛。


 花凛は俺のお腹に手を回す。

 

 ふと、そんな甘酸っぱいシーンが俺の脳裏をよぎる。


「っ!!」

 

 俺は目を丸くした。


 すると、俺の心を読んだのか、高原さんが口角を吊り上げた。


「どうやら、ぷるんくん以外にも別の目標があるみたいだな」

「……」

「だとしたら、小型二輪じゃなくて普通二輪をとりな」

「え?」

「それが漢ってもんだ」

「漢……」

「バイクに関して知らないことやバイク買うときは俺に言っときな。その道のプロを紹介してやるぜ」

「おお……ありがとうございます!」


 なぜか高原さんの頭がいつにも増して輝いて見える。


 眩しい……


 高原さんに話して本当によかった。


 両親が亡くなってから俺はやるにしてもずっと一人で悩んでいた。


 人に頼ろうとしたらなめられる。


 いじめられる。


 弱点を握られマウント取られる。


 そう思っていたのだが、


 ぷるんくんと再会してからは俺の固定観念が変わりつつある。


 俺の醜い過去話を聞き入って、俺の全てを受け入れてくれた花凛。


 俺を心配してくれるヤクザっぽい高原さん。


 灰色だらけの俺の人生にだんだん彩りが加わってゆく。


 だから俺はこの関係性を大事にしていこう。


 家主のお婆さん、元バイト先のイケメン店長、花凛の両親、ネコナ、猫族の方……

 

 葛西たちや親族のような悪い人もいるが、俺に優しく微笑みをかけてくれる良き方もたくさんいる。


 だから


 だから……


 もっといろんな人たちと関わっていこう。


「高原さん」

「ん?」

「俺、普通二輪取ります!!!」

「ああ。そのイキだ。応援するぜ!」






追記




次回花凛出るかも?

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