第56話 お礼

 ミミズを倒したことで、一番幼い戦士が猫族の村に行って全員を連れてきた。


「本当はああ!本当に燃えるミミズが倒れたああ!」


 猫族の長であるジェフさんが真っ二つに割れた燃えるミミズを見て目を丸くしてびっくり仰天。


 途中ステップを踏み間違えて倒れそうになったが、レンさんが機敏に動いて支えてくれた。

 

「涼しいわ……氷を見るのはいつぶりかしら……」

「もう燃えるミミズの脅威は無くなったから子供を安全に育てられる……」

「こんな日が来るなんて……」


 猫族の女性たちも感動したように涙を流しながら話し合っていた。

 

 苦しんだのは戦士たちだけじゃない。


 子供を育てる女性たちも燃えるミミズという脅威に晒されながら不安な日々を送っていたのだろう。


 ご先祖たちが代々守ってきたこのエルドラドという場所を離れることなくずっと生きてきたというのは本当にすごいことだ。


 と、俺が喜ぶ戦士たちと女性たちを見て感心していると、銀色の髪をした猫耳少女が俺の方へ走ってくる。


「タイシお兄ちゃん!!!」


 ぎこちない走り方で俺の前にやってきたのはネコナだった。


「ネコナちゃん。まだ足治ってないから走っちゃダメだよ」


 と言って、俺がネコナの頭をなでなですると、ネコナは切ない表情で目を潤ませていた。


「ありがとう……本当にありがとうにゃん……うう……」


 ネコナは俺のお腹に頭をこずりつけて泣きじゃくる。


 花凛が俺を慰めてくれたように、俺もネコナを慰めよう。


 そう思いつつネコナの背中を優しくさすってあげた。

 

 すると、ネコナが腫れ上がった目をキラキラさせて俺に上目遣いして言う。


「燃えるミミズが無くなったから、これからはいっぱい雨が降ることになるにゃん!お水いっぱいくれるという約束……タイシお兄ちゃんは、ちゃんと約束を守ってくれる良い人だにゃん!」

「っ!」


 俺は目を丸くして体をひくつかせる。

 

 嬉しい気持ちもあるが、その奥底には名状し難い後ろめたさがあった。


 相反する感情は俺の心の中で渦巻き、一つの解を示す。


 俺は下を向けた。


 すると


「ぷりゅ……」


 感動したように俺たちを見つめるぷるんくんが視界に入った。


 40センチほどの小さな黄色いスライム。


 左目の横には十字傷があるスライム。

 

 強くて可愛いぷるんくん。


 俺はドヤ顔をし、両手でぷるんくんを抑えた。


 レベル500越えのモンスターを倒せるほどの規格外な強さを持っているのに、大人しく俺の手に収まっているぷるんくん。


 俺はそんなぷるんくんを高く持ち上げて大声でネコナに言う。


「全部ぷるんくんのおかげだよ!!!!」


 俺はにまっと笑った。

 

 すると、ネコナがまた不思議な視線を向けて小さくつぶやく。


「やっぱり、タイシお兄ちゃんは不思議な人だにゃん。ふふふ……」


 声が小さすぎたので聞き取れなかったが、ネコナは頬を緩め、とても優しく微笑みを浮かべる。


 そんな彼女の表情を見ると、なぜか心が落ち着く。


 俺がぷるんくんを高く持ち上げたことで、周りの猫族たちは全員跪いた。

 

 いつもは地面を這うぷるんくんだが、今のぷるんくんは俺の手の上から猫族たちを見下ろしている。


 そして、


 ぐうううううううう!!!!!!


 お腹を鳴らせた。


「あ、ぷるんくん。お腹空いたんだね」

「ぷりゅ……」


 跪いた猫族たちはそんなぷるんくんを見てクスッと笑う。


「周りにハイエナが散らばっているから、今日は腕によりをかけて、ぷるん様に美味しいハイエナ肉の料理を作るわよ!」

「私も協力するわ!」

「「おおおおお!!」」


 なぜか女性たちの謎のスイッチが入ったようだ。


 だけど、どうせ作るならハイエナじゃなくて……


「あの……」


 ぷるんくんを持ち上げている俺が口を開くと、みんなが俺に視線を向ける。


 なので、俺はまたドヤ顔で話す。


「燃えるミミズの肉も食べられるんですよ!なんでも、滋養強壮に効くとか」


 俺の話を聞いた女性陣は猫耳をぴょこんと動かしたのち、凍った巨大なミミズを見て怖い顔して口角を吊り上げる。


 おお……


 なんか一瞬鳥肌が立ってしまった。


X X X


猫族の村


「肉美味しい!!!」

「力が漲ってくるぜえええええ!!!」

「俺たちをさんざん苦しめてきたミミズの肉の味は最高だな!」


 戦士たちはミミズの肉の料理を食べながら雄叫びを上げている。


「ミミズという割にはしっかりした味ね!」

「なんだか元気になる味だわ」

「当分肉には困らない生活が送れそう。全部ぷるん様とタイシ様のおかげよ!」


 料理を作ってくれた女性陣も大満足。


 そして


「ぷるぷる……んん!!ぷる!!んん!!ぷるぷるん!!んんん!」


 ぷるんくんも大興奮しながらミミズの肉が入ったスープを美味しくいただいている。

 

 味自体は上品な燻製肉の味がするから、俺も一部を家に持ち帰るとしよう。


 食事が終わった。


 族長とレンさんが連れて行きたいところがあると言って、俺とぷるんくんはまたミミズが凍っているところへやってきた。


 族長が謎の呪文を唱える。


 すると、地面が割れ、通路みたいなものが現れた。


 通路を通ると、入口のようなドアが鎮座していて族長がそこに魔法をかける。


 すると、ドアが開き、そこには


「す、すご……」

「ぷる……」


 色とりどりの宝石、黄金、工芸品、祭壇などが魔石の光によって輝いている。


 族長のジェフさんが俺たちを見て説明を始める。


「ここは我々の始祖、ガイア様が与えてくださった宝物庫です。ここには人族が欲しがる最上級鉱物がたくさん埋葬されております。なので、噂を聞きつけてやってきた不埒な人族をずっと追い払ってきました」

「なるほど」


 だからここの猫族は人族を嫌っていたのか。


「でも、燃えるミミズがここに現れてから、私たちはガイア様の宝物庫に足を運ぶことができなくなってしまった。この祭壇でガイア様に祈りを捧げることはエルドラドの猫族にとってとても大事なことです」

「……」


 悲しい表情をする族長とレンさん。


 だけど、やがて明るさを取り戻して


「しかし、奇跡が起きました。タイシ様とぷるん様のおかげで、このようにまたガイア様の宝物庫に行けましたから!どうぞ好きなようにここにある宝をお取りくださいませ。あなた方は我々を救ってくださった命の恩人であり、家族です」


 と言って、族長は頭を下げる。


 レンさんも釣られる形で跪く。


 家族……


 俺はやるせない気持ちになった。


 そしたら、レンさんと目が合う。


 彼は


 頬を緩めて頷いてくれた。


「それじゃ……ちょっと見て回ります。ぷるんくんも一緒に」

「ぷる」

 

 俺はぷるんくんと広々としている洞窟の中を歩き始める。


 どの宝石や工芸品もとても高そうだ。


 虹色のダイアモンドっぽい鉱物なんか、売ればどれくらい貰えるんだろう。

 

 そんなことを思っていると、ぷるんくんが止まっていることに気がついた。


「ぷるんくん?」


 ぷるんくんが向けた視線の先にあるもの。


 それは祭壇にある古い座布団だった。


 ぷるんくんは俺の声に反応することなく、その座布団を穴が開くほど見つめる。


 俺は静かにぷるんくんを抱えてその座布団がある祭壇に行く。


 そして、座布団の前にぷるんくんを下ろした。


 すると、


「ぷるっ」


 ぷるんくんが早速ジャンプをして、古い座布団に着地する。


「んんんんんんん!!」


 ぷるんくんは喜んだ。


「おお……ぷるんくん、この座布団が気に入ったか?」

「ぷるるるるるん!!!」


 ぷるんくんはぴょんぴょん跳ねて返事をした。


「い、いや、この座布団は数百年間使われたとても古いものでして、燃えるミミズに襲撃される前は、そろそろ新しい座布団に変えようと思っていましたけど……」


「んんんんん!!!」 


 族長の言葉を全然聞いてないぷるんくんは古い座布団に頭をこずっている。


 幸せそうなぷるんくん。


 見ている俺も幸せになる。


 俺は族長に話す。


「この座布団、もらいますね。これだけで十分です」


「「じゅ、十分!?」」


 族長とレンさんは目を丸くして、お互いを見つめ合っていた。


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