第53話 ぷるんくんが大志にひれ伏す意味
「本当に帰ってくるにゃん?」
「ううん。明日の朝、またここにくるから」
食事を終えた俺とぷるんくんは家に帰るべく、村を出ようとしたらネコナ含む猫族たちが名残惜しそうにいう。
だが、明日戦闘に参加するレンさんと他の戦士たちの表情には緊張感が感じられた。
おそらく俺とぷるんくんがいなくなったら燃えるミミズの件をみんなにいうんだろう。
他の猫族たちは俺の返事を聞いて胸を撫で下ろし、「ガイア様の信託を受けるために聖なる場所に行くんだよ」みたいなことを言って納得してくれた。
だが、ネコナは依然として釈然としない面持ちだ。
俺はそんな彼女の猫耳と頭を撫でながらいう。
「約束、守るから」
「え?約束はもう守ったはずじゃん」
「それは一時的なものだよ。俺は絶対約束を果たすから」
俺は真面目な表情をネコナに向けた。
すると、彼女はまた俺に不思議そうな表情で視線を向ける。
俺とぷるんくんは猫族の村を離れてしばらく歩んだ。
時間は17時。
誰もいない砂漠の真ん中に立った俺とぷるんくん。
俺はゲートを使ってぷるんくんと一緒に中に入った。
「帰った……」
見慣れた光景が目に入る。
ボロボロな部屋。
窓からは斜陽が差し込んでおり、光の粒子が舞い上がる。
流し台の蛇口からはポトポトと水滴が落ちていて、古いアパート独特の名状し難い匂いが俺の鼻を通り抜けた。
「ぷりゅん……」
ぷるんくんはジャンプをして俺のベットに着地した。
そして俺を見上げる。
ぷるんくんにはまだ燃えるミミズを討伐する件について話してない。
俺は申し訳ない気持ちをなんとか抑えながら口を開いた。
「あのさ、ぷるんくん」
「ん?」
「明日、レンさん率いる戦士たちと燃えるミミズと戦う約束をしたんだ」
「んっ!?」
初耳のぷるんくんは目を見開いて俺を見つめる。
俺は暗い表情をして言う。
「ごめん」
俺は唇を噛み締めながら頭を下げた。
これまでお金を稼いだり、モンスターを退治したりしてきたのだが、あれは生き残るためにやったようなもので、それは自分にとって当たり前のことだ。
だけど、今回の件は……
自分の気持ちがぷるんくんを巻き込んでしまった。
「ぷるん……」
俺に謝られたぷるんくんは何か思いついたらしく、ベッドから降りて移動する。
「ぷるんくん?」
ぷるんくんは玄関へと行き、手を生えさせドアを指した。
「外行きたい?」
「ぷりゅん!」
ぷるんくんは頷く。
ドアを開けると、ぷるんくんは階段を降りて古びた俺のママチャリへ向かい、そのまま前かごに入る。
どうやらぷるんくんはドライブがしたいようだ。
「気晴らしに遠出しようか」
「ん!」
ぷるんくんは一回跳んだ。
俺は自転車に乗ってペダルを漕ぐ。
時間的にそろそろ夕食の時間なので、斜陽が住宅街を照らし、家に帰る学生や食材がいっぱい詰まったビニール袋を前かごに置いて自転車を走らせる主婦の姿が見える。
今日は玉川上水ではなく、違うところへ向かっている。
西武廃島線の踏切を渡って住宅街を通り抜けてさらに進むと上り坂が出てくる。
そこを真っ直ぐ登れば村山貯水池が出てくるのだ。
ここは多摩湖という通称で語られることが多い場所で、東京都内の他県にまたがらない湖の中では最大である。
ぷるんくんに出会う前に、俺は息詰まったらここを訪れてきた。
広々とした湖とドーム状の建物を見ていると、なぜか心が落ち着く。
そして、ここから眺める東大和市の風景は俺を苦しみから一時的に解放してくれる。
ぷるんくんはというと、走る自転車の前かごで多摩湖の風景を見ながらまんまるなお目目を輝かせている。
「ぷりゅ……」
ずっと玉川上水の自然を見せたわけだから、初めて見るこの風景におそらく圧倒されているのだろう。
俺は水辺のところに自転車を止め、ぷるんくんを抱えながら降りた。
それから地べたに座り込んで、体育座りでぷるんくんを膝に乗っけた。
俺は口を開いく。
「証明して見せたかった」
「ん?」
「俺がちゃんと約束を最後まで守れる人であることを……」
「……」
「でも、俺のこんな気持ちが結果的にぷるんくんを巻き込んでしまった。だからね、ごめんよ。ぷるんくん」
ぷるんくんとの約束を守れなかった俺がぷるんくんを利用して自分は約束を守れる人であることを証明する。
なんという皮肉な話だ。
俺は複雑な表情でぷるんくんをぎゅっと抱きしめた。
こんな主人でごめん。
もっとぷるんくんを幸せにしてあげたかったのに。
ぷるんくんも辛い思いをいっぱいしてきたはずなのに、俺の気持ちばかり優先して……
そんな考えが脳内で渦舞くごろ、ぷるんくんは俺から離れた。
水辺にいるぷるんくん。
俺の目を見るぷるんくん。
それから
「ぷりゅっ!」
ぷるんくんは俺に平伏した。
「ぷるんくん……」
こんな主人の俺にぷるんくんは平伏した。
そして頭を上げたぷるんくんは両手を生えさせ動かしながら何かを言い始める。
「ぷるっ!ぷるぷる!ぷるるん!ぷるぷる!ぷるっ!ぷるるる!」
何を言っているのかはわからない。
だけど、ぷるんくんは俺に勇気づけてくれているように思えてくる。
言い終えたぷるんくんはサムズアップしてくれた。
俺は込み上げてくる感情を抑えた。
ぷるんくんが俺のために動いてくれるのだら、俺だって……
もうぷるんくんの強さに隠れるようなことはしない。
俺はぷるんくんを指差した。
「ぷるんくん!!」
「ぷるっ!」
「俺もぷるんくんと一緒に戦う!!」
「っ!んんん!!」
ぷるんくんは頭を左右に振って拒否反応を示した。
そんなぷるんくんを両手で持ち上げて俺は大声で言う。
「俺、上級テイムスキルを覚えて、ぷるんくんといっぱい喋りたいんだ!!」
「ぷるっ!?」
「そのためには戦うしかない!戦ってレベルを上げて、強くならないといけないんだ!」
「……」
「属性持ちじゃないから魔法は使えないけど、ネコナちゃんを助けた時のように石くらいは投げれるさ!!ぷるんくんが頑張ってくれる分、俺も頑張らないと!!!」
と、自信満々に言う俺をぷるんくんは見つめる。
ぷるんくんのお目目はどこまでも澄み渡っており、澱みがない。
ぷるんくんは何かを決心したときのように頷いて手で自分の体の一部をちぎった。
そしてぷるんくんはそれに魔力を流し込むと、剣の形をした青色の金属が出来上がった。
この光沢、色、質感。
間違いなく、これはミスリルだ。
以前、ぷるんくんはミスリル化を使い、ダンジョンのモンスターを倒したことがある。
その時見たミスリルと瓜二つだ。
ぷるんくんはミスリルの剣を俺に差し出した。
俺はぷるんくんが作ってくれたミスリルの剣を握りしめた。
X X X
「おやすみ。明日は忙しくなるぞ!」
「ぷりゅん」
いつも通っているラーメン屋さんで夕食を済ませ、風呂に入ってから寝ようとする俺たち。
でも、
「んんん……んんん」
ぷるんくんが横になっている俺をじっと見つめながら不安な様子で何かを言っている。
俺はそんなぷるんくんをぎゅっと抱きしめる。
俺は……
俺は……
「大丈夫。俺はずっとぷるんくんの主人だ」
と告げると、ぷるんくんは落ち着きを取り戻し、やがて目を瞑った。
眠りについたぷるんくんを見て安堵する俺。
すると、ベッドに置いてあるスマホがなる。
花凛からの電話だ。
「花凛」
『大志!今日本にいるの?』
「ああ。戻ったよ。明日また行かないとだけど」
『そうか……異世界、どんな感じだったの?』
「異世界ね」
俺は今日あったことを花凛に全部話した。
猫族とのこと、燃えるミミズのこと、そしてぷるんくんとのことも。
『そんなことがあったのね』
「あ、ああ……」
『大志』
「ん?」
『大志はとても頑張っているの。そんな大志を私は応援するわ』
「ありがとう」
『でも、頑張ればいつか疲れてくるものよ。そしていつの間にか自分が嫌になってくる』
「そう……かな」
『うん。私がそうだったから。だからね、疲れたら私のところにきて』
「……そう言ってくれて助かる。とりあえず今は頑張ってみる!」
『ふふ、異世界から戻ってきても大志は大志ね』
「え?」
『また連絡するよ。おやすみ』
一つ確かなこと
俺には話し合える良き友がいて、可愛いぷるんくんがいる事。
俺はぷるんくんを撫で撫でしながら眠りについた。
至らぬところが多い主人だけど、俺は頑張る。
さっきも言ったように俺はぷるんくんの主人だ。
X X X
花凛side
彼との電話を終えた花凛は悶々としている。
「大志……」
やるせない表情を浮かべた花凛は小さい声で呟くのだ。
「大志と一緒にいたい……やっぱり、ほっとけない」
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