第49話 猫族の女の子の決意は揺るがない

「ほら、水だよ。飲んで」


 俺は仰向けになっている耳つき尻尾つきの小さな女の子の上半身を起こして500mlのペットボトルの蓋を開けてそれを彼女の口に近づける。

 

「ん……あなたは……だれだにゃん……」


 俺の腕によって支えられている女の子は俺を見つめる。


 銀色の髪、そして猫っぽい耳と目。


 動きやすい明るい系のドレス。


 全体的に痩せ細っているが顔自体は整っている。


 年齢的には小学生のように見える。


 だけど、身体中にかすり傷があって、足の方に切り傷があった。


「あなたは……人族かにゃん……」

「人族?」

 

 まあ、確かに強いて言えば俺は人族だが、こんなふうに直接言われると、俺が異世界にいるんだなと実感できる。


 しかしこの子、なかなか水を飲もうとしない。


 俺が心配そうに彼女を見ていると、彼女は俺を威嚇する。


「しゃああ……ん!んん!」


 猫のように爪で引っ掻こうとするけど、動きが鈍かったので簡単に避けることができた。


 まあ、当たったとしてもぷるんくんの防御膜と殺身成仁があるから問題ないと思うが。


 現にぷるんくんは少女を見るだけで、敵意をあらわしたりはしない。

 

 どうやらこの子は人族に対して悪い記憶があるようだ。


 トラウマ。


 こんなにボロボロな体になっても抵抗してしまうほどのトラウマがあるのか。


 俺は


 暴れる彼女をずっと待ってあげた。


 途中で、爪が俺の皮膚を引っ掻いたが、ぷるんくんの防御膜のおかげで無傷である。


 やがて力が尽きた猫耳の少女は息を弾ませた。


 報復が怖いのか、両手で自分の顔を覆ってブルブル体を震えさせる。


「ううう……」

 

 俺は怖がる少女に言う。


「お水いるよね?」

「……」


 俺の声を聞いた猫耳少女は耳をぷるっと動かしたのち、指の間から俺を恐る恐る覗き込む。


「冷たいから美味しいよ」

  

 と、俺は再び500mlの天然水を彼女の口に近づける。


 すると、彼女は震えながら口を開ける。


 俺は待ってましたと言わんばかりに、彼女に水を飲ませ始める。


「んん……んっ!」


 一口飲んだ後、驚いたように目を丸くして口を離す少女。


「冷たくて美味しいにゃん……こんなに美味しい水、初めて飲むかも……」


 口を半開きにして俺を見つめる彼女に俺はまた言葉をかける。


「いっぱい飲んで」

「……」

 

 猫耳の少女は両手で俺の手にあるペットボトルをぎゅっと握り込む。


 俺はそっと手を離してあげた。


「んく……んくんく」


 彼女は勢いよく500mlのお水を飲み干した。


「ぷは!本当に……本当に気持ちがいいにゃん……」

「よかったね」

「ぷるん!」

 

 俺とぷるんくんが笑顔を向けると、猫耳の少女は突然暗い表情をして俯く。


「ごめんにゃさい……私、暴れたりして……」


 謝る彼女。


 でも、今は話をしている余裕はない。


「足見せてくれる?」

「ふえ?」

「切り傷、あるだろ?」

「……」


 俺の催促に彼女は素直に足を伸ばして傷があるところを見せてくれた。


 うん。


 これは早く手当した方がよさそうだ。


 爛れた傷口に砂が入っており、全体的に衛生的ではない。


 俺は早速他の500mlの水を取り出してそれを傷口に出し惜しみせず注いだ。


「も、もったいないことするでないにゃん!こんな貴重な水を……私の傷口なんかに」

「水より君の傷を治す方が大事だ」

「……」


 俺は彼女を見ずに行った。


 俺は丁寧に傷口を洗ってゆく。


 だけど、水で流しても傷の奥深いところにある砂や血はまだ残っている。


 消毒できるアルコルとか傷口を拭く布は持ってきてないんだよな。


 絆創膏と軟膏はあるけど……


 もっと綺麗に拭かないとダメだ。


 どうしたものかと悩んでいると、ぷるんくんが近寄ってきた。


「ぷるんくん?」


 ぷるんくんは彼女の足にある切口をじっと見つめている。


 ぷるんくんは自己修復能力はあっても、他人をヒールできる能力は持ち合わせてないはずだ。


「傷、綺麗にできるか?」

「ぷる!」


 ぷるんくんは頷いたのち、小さくジャンプしてこの子の足にペチャっと引っ付く。


 すると、


「おお……綺麗になっていく……」

 

 おそらくスキル『溶かし』を使って傷のところを綺麗にしたのだろう。


「ぷるっ!」


 やがて、ぷるんくんは地面に着地した。


 猫耳少女の足の切り傷はとても綺麗な状態になっていた。

 

「す、すごいにゃん……スライムが綺麗にしてくれたにゃん……」


 傷を癒やす事は出来なくても綺麗に消毒することはできるのか。


 俺は早速収納ボックスから軟膏と絆創膏を取り出した。


「ちょっと失礼するよ」


 俺は軟膏を彼女の足に塗りたくって大きな絆創膏を貼ってあげた。


「よし!これでなんとかなるはずだよ。よかった」

「ぷりゅう……」

「あ、ぷるんくん、この子の傷を綺麗にしてくれてありがとう」

「ん!」


 俺がぷるんくんに感謝の言葉を言って額の汗を手で拭う仕草を見せると、猫耳の女の子が俺を不思議そうに見つめる。


「なんか、私がみてきた人族とは大違いだにゃん……」

「他の人族?」

「傷を治して治してくれてありがとにゃん!あなたたち、名前を教えてくれにゃん!」


 今度は興味津々な目をして俺たちに問うてくる。


「俺は臼倉大志。大志って呼んでいいよ」

「タイシ……」

「それとな……」


 俺は一旦切って息を大きく吸う。


 そして、俺に褒められたことで喜んでいるぷるんくんを両手で丁寧に持ち上げて、少女に突きつけた。


「この子はぷるんくん!めっちゃ強くて可愛い俺の相棒だよ!」

「ぷるん!!」


 ぷるんはドヤ顔をして目を輝かせていた。

  

 うん。


 子供に優しいぷるんくん最高にいい。


 小金井公園でもぷるんくん、子供と楽しそうに遊んでたからな。


「あはは!スライムが相棒だなんて、やっぱりおかしな人族のお兄ちゃんだにゃん!私は猫族のネコナだにゃん!」

「ネコナちゃんか……可愛い名前だな」

「可愛い……人族に可愛いと言われちゃ……っ!!いたたた!」


 ネコナは立ち上がろうとしたけど、切り傷のある方の足を抑えてまた横になる。


「ネコナちゃん!無理しちゃだめだよ」

「……」

「両親のいるところに連れて行ってやるから」

 

 俺はぷるんくんを下ろして、ネコナのところに背を向けてそのまま跪いた。


 彼女は軽いはずなので、このままおぶってもそんなに重たく感じないはずだ。


 と思ったが、ネコナは困り顔で横にある大きな桶に目を見やる。


「私、お水いっぱい必要だにゃん……みんな頑張っているのに、私一人だけ守られるのは嫌にゃん……だから私は置いといてタイシお兄ちゃんは他の所に行ってくれにゃん……この恩はいつか必ず返すかりゃ」

   

 ネコナは悲壮感漂う表情で言った。


 体は小さいが、彼女の瞳には闘志が宿っているように写る。


 こんな荒野で子供一人が水を探すのはとても大変だ。 

 

 モンスターに襲われて辛い思いをしたのに……


 しかし、この子の表情に嘘は見当たらない。

 

 昔の俺より立派な子だ。


 俺は悲しくなった。


 だけど、我慢して息を深く吸ったのち、口を開く。


「ネコナちゃん。お水の場所、ちゃんと探せる?」

「……」

「その足だと歩くのは無理だよ」

「でも……でも……私、探すもん!探すもん!!!!死んでゆくみんなのために、私、ちゃんと役に立つ猫になるもん!!絶対お水を探すから!!お父様とお母様の目を盗んでここまでやってきたにゃん!!私の決意は揺るがないにゃああああああああああん!!!!」

「……」

 

 彼女は俺より勇気のある子だ。


 心が張り裂けそうに痛い。


 過去を思い出した俺。


 あの時の俺も親に対してこんなふうに強気でいられたら……


 俺は

 

 感情を抑えてドヤ顔を浮かべてネコナにサムズアップした。


「だったら、お兄ちゃんがなんとかしてあげるよ!!」

「え?」

「お水いっぱいくれてやるからさ!」

「ほ、本当?」

「ああ!」

「……」


 ネコナは俺の目を見つめてきた。


 試すような目ではなく、敵意による視線でもない。


 ネコナは目をパチクリさせて俺の瞳をずっとみている。


「やっぱり……不思議な人だにゃん……」

「ん?いま何って言った?」

「んん!何でもない!じゃ、お願いしますにゃん!」


 ネコナは体を動かして、俺の方へ行く。


 俺はそんなネコナを背中に乗せた。


 やっぱり軽い。


 だが、なかなかエネルギーを使うことになるんだろう。


「ぷるんくん」

「ぷるっ?」

「ぷるんぴたをお願い」

「ん?ぷるん?」

「ぷるんぴた!」

「ん……っ!ぷりゅりゅん!!」


 俺の命令を聞いたぷるんくんは最初こそ理解できないと言わんばかりに小首を傾げたが、やがて何かを思いついたらしく、体を一回震わせ、ジャンプをし、俺の胸にピタッと引っ付いた。


「よし!みんな!行くぞ!」

「う、うん!」

「ぷるん!」


 俺たちはまた歩き出した。


 

 


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